26 初めての共同作業??
叫んだあと、五嶋先輩は冷静に言った、
「一番五月蠅いのは桜川さんだね」
なんと言う嫌味!!
ええ、どうせあたしは五月蠅いですよ。女なんてそんなもんさ。じゃなかったら“姦”なんて漢字は出来ていませんから!!
そう切り返すと穏やかに笑って「確かにそうだね」と簡単に切り捨てられてしまった。
もうホント、本当に嫌味な男だよ。アンタは!!
「まだ怒ってんのか?」
「怒っていませんけど!?」
「う~ん。見事に拗ねているね」
あたしは四ツ谷先輩と五嶋先輩の二人と一緒に明日行われる球技大会の用意をしていた。と言っても会場は各部活の生徒が用意してくれるのであまりやることは無い。流れの確認や、先生方との打ち合わせくらいだ。トーナメントは昨日あれから四ツ谷先輩が仕上げてくれていた。貼り出しは当日になるのでそれは生徒会室に置いてある。
今日は“五嶋ボード”は提げていない。何故なら本人が居るから。歩く度にボクボク鳴らないのでいい。なにより身軽だしね。
「よし、こんなものかな」
「そうだな。球技大会はやること少ないから楽で助かる」
「お前は他では楽をしていないとでも言いたいのか……?」
「よし、終わり!菜子、戻るぞ!!」
四ツ谷先輩の“楽”発言に黒い笑顔が発動した。
おぉ怖!
とりあえず終わったようです。良かった、ようやく終わった。
生徒会室を出てから職員室→第一体育館→第二体育館→校庭→職員室と歩き回ったので疲れた。視線半端ないし……。てかこの学校生徒数が多くないのに施設作り過ぎ。校庭広すぎ。
別にあたしは着いて来なくても良かったのでは?そう思い訊くと、「餌なんだから一緒に居ないとね」だって。
今日は生徒が大勢残って居る。その中をくまなく歩いて、より多くの生徒に見せることが目的らしい。「ネズミ取り式にごっそりと……ね?」そう言った先輩の顔は生きいきしていた。
生徒会室に戻ると今日はもう終わりだと言われたので、「どうしても部活に顔を出したい」と伝えると、こんな時に何言ってんだ?皆の顔にそう顔に書いてあった。
「明日差し入れするって約束したんです」
「んー。じゃ、皆で行こうか」
五嶋先輩の発言により、なんと生徒会室メンバー全員で家庭科部に行くことになってしまった。
ごめんなさい橘先輩……。面倒な人達を連れて行く罪をお許しください……。
白制服の中に一人黒が混ざっているので、すれ違う生徒は興味津々で見てくる。どうにか無事に家庭科室のまでたどり着いた。中からは既に甘い香りと、先輩たちの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
中に入ると窓際の机に集まって居た。こちらに背を向けて座っていた橘先輩と高橋先輩は気付いていないが、石井先輩はあたしの後ろに立つ人達を見て、大きな目をより一層開き丸くした。それから「にやぁ」と笑い、
「わぁお。桜ちゃん、憧れの逆ハーレムだぁ」と言った。
憧れたことなどありませんけど?なんならここのポディション変わって欲しいくらいです。
石井先輩の「逆ハーレム」発言に、ようやく部外者が入って来た事を知った橘先輩たちは『開いた口が塞がらない』を、体現していました。
ああ、ごめんなさい。ホントすみません。橘先輩が新波先輩のせいで面倒事を嫌うのを知っていて連れて来てしまいました。
「すみません」と何度も平謝りのあたしに橘先輩は気にするなと言ってくれた。
うっ、何て優しいお言葉。
「桜ちゃんも可哀想に……。君も巻き込まれてしまう人生なんだね」
「……橘先輩、なんか微妙に悔しいのは何故でしょう?」
「それはそこに君の都合と言う言葉が欠けているからだよ」
成程、都合ね。確かに決めたのはあたしの意思ではあるけど、都合は丸で無視だ。橘先輩も自分の意思で新波先輩に付き合っているけど、家庭科部は本人の都合を無視で進められた話だし。
今は部活動を楽しんでいるから良いけど、と言っていたのを思い出した。いつかあたしも生徒会が楽しくなるのだろうか……。
来てしまったのは仕方ない。開き直った橘先輩は生徒会の人達の分のお茶とお菓子を用意し始めた。あたしも手伝いながら皆の様子を盗み見る。
一つの机に全員が集まっている光景は何とも奇妙だ。
腕と足を組んで座る一条先輩は話に入らず、瞑想でもしているの?と思ってしまいそうな悟りを開いた顔で目を閉じていた。
二宮君は石井先輩に「君はぁ、ちょっと意固地だねぇ」とからかわれ、それを五嶋先輩にも笑われ怒っていた。
「蘭は結構好きだよ?」と高橋先輩も悪乗り。そこに便乗する四ツ谷先輩。
家庭科部の先輩たちはA組の生徒でも生徒会役員でも顔が良くても騒いだりしない。だから皆は変に構えたりしていないのだと思う。
あたしがお茶を持ち、橘先輩がお菓子を持って行く。全員に行き渡ったのを確認して、自分の作業に移ろうとした時、高橋先輩が爆弾発言。
「桜ちゃんのお気に入りって誰?蘭はそれが気になるな」
キラキラした目で訊かれても答えられる内容じゃありません。
橘先輩が慌てて止めようとするも高橋先輩は答えを求めてくる。ここの先輩たちがこんな話を振って来るなんて……。もしかして意味が有るのでは?そう思った。
「いないです。今のところ色恋に興味無いので」
「やっぱり、そう思った。だから君たち、ちょっと特別だからって良い気になって桜ちゃんを振り回したら蘭たちが許さないよ?」
「蘭、良い事言ったねぇ。そうそう。桜ちゃんはぁ家庭科部の大切な部員でもあるんだから、束縛したらシンバ先輩と一緒に乗りこんじゃうからぁ」
言われた生徒会メンバーはちょっと吃驚していた。こんなことを言われたの、初めてなんじゃないかな?
五嶋先輩は「ふ~ん」と言っていつもの黒い笑顔になっていた。
「桜川さんを可愛がってくれるのはありがたいけど、彼女を必要としているのはこちらも同じなんだよ?」
「知ってますー。でもあたしたち、きゃーきゃー言ってるバカ娘と違って、君たちの事特別だと思ったことないのぉ」
「蘭も好きじゃない。あの取り巻きどうにかしてよ、超邪魔だよねぇ」
凄い……。言いたい放題言われている生徒会を見るのは初めてかもしれない。双方の間には見えない火花が散っているかの様に、穏やかな口調ながら言い合いが続いている。
あたしの話からずれたようなので、改めて差し入れ作りに取り掛かった。
前以て冷蔵庫に入れておいたレモンを取り出し、早速作業に取り掛かろうとすると、後ろに気配を感じた。なんだ?と思って振り返ると一条先輩だった。ずっとつまらなそうにしていたので、帰ると言い出すのかと思いきや出た言葉は「手伝う」……。
ありがたい申し出を丁寧に断ると、何故が表情は変わらないのに雰囲気が落ち込んでいるのが分かった。諦めたのかと思っていると、
「誰かと何かをするべきだと言ったのは桜川だったと思うが?」
「……よく覚えていますね」
自分の言った事には責任持てや。と言いたいらしい。そんなにやりたいなら手伝っていただきましょう!
まず、レモンを渡して良く洗ってもらう。「農薬やワックスが付いていることもあるので、丁寧にしっかり洗ってください」と言うと「分かった」と言って洗い始めた。
洗い終わったレモンを受け取り、薄くスライスしていく。それもやりたそうにじっと見ていたので、仕方なく交代した。
包丁を持ったまま固まる一条先輩。まさかと思い「使い方、分かりますか?」と訊けば答えは「否」。
おいおい。いくらお坊ちゃんだからって、使ったことは無くても見た事くらいあるだろう!?
やんわり訊くとそれも無いと言った。
仕方なく一からレクチャーすることに。
「親指と人差し指で刃元の真ん中を握ってください。で、残りの指で柄を握って…。そうです。まな板と平行に立ってください。レモンを左手で持って、猫手って分かります?人差指と中指の第一関節を刃の側面に当てて切ってください。親指は伸ばさないでくださいね、怪我しますよ。包丁は手前から奥に押すように使います」
ここはお料理教室か!?
危ない手つきで刃物を握る先輩の横で、見本を見せながら説明する。薄く切ると言うことが難しいらしく、普段以上に無口だ。眉間に皺が寄る程集中しているらしい。
先輩が一つ切り終わるころ、あたしは残りのレモンを洗って切り終わっていた。
まな板の上には素人の男の握力で可哀想に潰れたレモン……。思わず笑う。
「すまない」
「いえ、面白かったので良いです」
すまなそうに落ち込む先輩に笑って答えた。今度はそれがお気に召さなかったようでまたやりたいと言い出した。どうやら意外と負けず嫌いらしい。
タッパーを取り出し、レモンを並べ、浸かるくらい蜂蜜を入れる。後は冷蔵庫に入れるだけ。
簡単な作業は予期せぬお料理教室となったが、ちょっと楽しかったので良しとしよう。片づけも手伝ってくれたしね。
**********
菜子と一条が並んでレモンの蜂蜜漬けを作っている姿を、生徒会の面々と家庭科部の部員は生易しい目で見守っていた。
「あの二人って、いつもああなのぉ?」
石井が頬杖を付きながら訪ねる。
「違います!」と言い切った二宮を無視して五嶋が答えた。
「う~ん。いつもじゃないかな、最近一条が良く絡んでいるみたいだよ。ね、四ツ谷?」
「さ~ね~。珍しいから興味持ったんじゃないの?」
お菓子をパクつきながらぞんざいに四ツ谷は答えた。菜子が淹れたお茶を飲みきり、口を付けていない一条の分に手を伸ばす。
「でもどう見ても、蘭は桜ちゃんには特別な感情があるように見えない」
「そうね、あれはデカい猫に懐かれた通行人って感じがするわね」
高橋に橘も同意した。一条を猫扱いされ、二宮は言い返そうとしたが、楽しそうに初めての事にチャレンジしている憧れの一条を見て止めた。
「あれって、初めての共同作業……?」
「……真奈美、あんた……」
「変なこと言わないでよ~!!」と高橋が笑い出し、「た、確かに!!」と五嶋が上戸に入った。
なんとなしに出た石井の言葉に盛り上がる一同。それは菜子たちが戻って来るまで続いた。
戻って来た菜子が顔を引きつらせて「……カオスだ」と呟いた声すら聞こえない程の盛り上がりだった。
家庭科部の石井真奈美先輩の特徴は、語尾をのばします。
高橋蘭先輩は自分を名前で呼びます。
そんな感で一応書きわけてます