23 知らぬは本人ばかり
今回は『*****』で視点が変わります。
「菜子!?」
あたしの名前を呼ぶ声とドアの閉まる音が同時に響く。
侑吾君の肩にかけた鞄の持ち手が片方ずり落ちていた。
腰を上げ、椅子から立ち上がると体に衝撃が。あまりに突然だったので理解が追い付かなかったが、すぐ抱きしめられているのだと分かった。
柔らかな短髪が首に当たりこそばゆい。肩に埋めた侑吾君の口から安堵の息が漏れる。
「良かった、無事だな」
体を起こし、今度は上から下まで見た後そう言った。
……本当にあなたはどこまで過保護なんですか。
見てよ、四ツ谷先輩が呆れてる。
「うん、大丈夫だよ。それより勉強の邪魔しちゃったよね?ごめん」
「気にするな。菜子は俺が守るって言ったろ?」
……それは何年前の話でしょうか?
しかも二人の時に言われるならまだしも、先輩の居る前で言う事じゃないよね?あたしが恥ずかしいちゅーねん!!
「ありがと、でも心配し過ぎだよ」
「いや、菜子は我慢するからし過ぎってことはない」
「へ~。やっぱり幼馴染君は言う事が違うねぇ」
今まで見守っていた先輩が急にからかうように割り込んできた。笑顔だがどことなく引き攣って見える。
まあ確かにどうリアクションしていいか悩むよね。てか、言われてる本人がどう返せばいいのか分かりませんから!
今気付いたのかよ!ってくらい驚いた侑吾君が目で説明を求めて来た。
「生徒会の四ツ谷海先輩だよ。今日は球技大会のトーナメント作りだったの。あたしが途中で気分悪くなっちゃって、帰って休むように言ってくれたの」
本当の事を言ったらどうなるか分からないから言えなかった。嘘は結構得意。侑吾君も「そうだったのか」と納得してくれた。
「作業の関係で窓開けられなかったんだよ、それで気持ち悪くなっちゃったみたい。後は俺一人で出来るから帰って休んでもらおうと思ってさ。でも一人で帰すのは先輩としても男としてもアウトでしょ?だから誰か呼んで一緒に帰りなって言ったんだ」
立ち上がって机に寄りかかりながら先輩は言った。すごく自然な表情と仕草だったので、当事者のくせにあたしまで納得してしまいそうだ。
「生徒会、ですか。……先輩、ちょっといいですか?菜子、直ぐ済むから座って待っていて」
そう言って二人とも出て行ってしまった。と言っても閉めたドアの前で話すみたい。あんな事があった直後なので、校舎内で一人になるのは怖い。でも四ツ谷先輩がすれ違いざま「ちゃんと居るから」と言ってくれた。
小さな優しさだけど、あの人からそんな言葉が出るとは思わなかったから感動。
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菜子を部屋に残し、ドアの前で向かい合う侑吾と四ツ谷。先に口を開いたのは侑吾だ。
「今日はありがとうございます。菜子ですが、あいつ嘘ついてますよね?」
「へ~、さすがだね。結構上手く嘘つけていたと思ったのに」
「そうですね、騙せたと思ってると思いますよ。でもさすがに三歳から一緒に居れば些細な変化は見破れますから。で、何があったんですか?」
四ツ谷は周りに人が居ないのを確認し、ドアに背中を預け、ため息を吐くと「悪かった」と言った。
侑吾はその言葉を追及するのではなく、四ツ谷が説明するのを黙って待っていた。
「三橋、だっけ?お前はさ、菜子が生徒会の係わるの、反対してるだろ?」
「はい。あいつ自覚ないけど目立つし、見た目と違って売られた喧嘩は買うって言う何とも男らしい性格なんですよ。意外ですか?」
意外かと訊かれ、四ツ谷は苦笑いをしながら否定した。まだ短い付き合いだが、自分に『負けるか!』という気迫で向かい合った菜子を思い出せば、意外でもなんでもなかった。しかも四ツ谷はそこが気に入っていた。
少しキツイことを言われて泣くようでは高天の傍になど、とてもじゃないが居られない。四ツ谷が求めているのは、高天の傍に居てくれる存在だ。誰にも言っていないが、それを菜子に求めている。
「しかも、人に心配掛けるのは嫌い。頼るのも好きじゃない。そして無茶をする……。高校に入ってクラス離れたから普段の様子も分からないし……心配なんすよ、俺。どうせ今日も何か遭ったけど、聞いたら俺に迷惑かけるとか思ってるんす、あいつは」
「それとなく様子は訊いてますけど」と続けて言った。クラスメイトで菜子のルームメイト柳原椿に、菜子に変わった様子があればどんな些細な事でも報告してほしいと頼んである。
今日、椿からは何の報告も受けていない。と言うことは何かあったのは放課後のこの時間だ、と侑吾は考えた。
その考えは当たっている様で、四ツ谷は「すげぇな」と素直に侑吾に対して称賛の意を表す。
「俺達も気を付けてたんだけど、中には目を盗んで行動に移す生徒が居てな……」
そう言って説明を始めた。自分が居ない間に女生徒が来たこと。直接被害は無かったが、菜子は酷く怯えていたこと。今日だけではなく、もしかしたら嫌がらせを受ける可能性があること。生徒会のメンバーには注意して菜子を見るように頼むが、侑吾にも菜子を守って欲しいこと。
黙って聞いていた侑吾は、四ツ谷が「守って欲しい」と言うと「当たり前です」と言った。
そう、侑吾にとってそれは頼まれる事ではない、当たり前の事だ。
「悪いな、生徒会に巻き込んで。その上危険な目に遭わせるかもしれない」
「決めたのは菜子ですから。自分で決めたことは、よっぽどの事が無いと変えませんよ。あいつ頑固なので」
最後に二人は連絡先を交換して、菜子の待つ部屋に戻った。
***************
カチャっとノブを回す音がして、恐怖が蘇り思わず身構えた。でも入って来たのは四ツ谷先輩と侑吾君。ホッとして、強張った体から力が抜けていく。
待っている時間は短かったのに、何時間にも感じた。
もしかしたらどこかに行ってしまったんじゃないか?
またあの人が来るんじゃないか?
悪いことばかり浮かんでは消えた。外に出て、二人が居るか確認しようともしたが、出た瞬間にあの人が居たらと思うと出来なかった。
侑吾君はゆっくりと歩いて来て、座っているあたしを優しく抱きしめた。慣れ親しんだ体温と匂いに包まれ涙が出そうになる。
「菜子、お待たせ。帰ろう?」
「……うん」
鞄を取ろうとすると、その前に侑吾君が手を伸ばし持ってしまった。さすがにそこまで弱っていない。持つと言うと「俺が持ちたいの」と照れながら言った。
存在が近すぎて気付かなかったが、侑吾君てば……タラシ?
「侑吾君。彼女が出来ても甘やかし過ぎはダメだよ?」
思ったことをそのまま伝えると、「……菜子」と困った顔をされてしまった。
変なこと言ったか?と疑問を持ったが、直ぐに思い出した。
そうでした。侑吾君は攻略対象者でした。と言うことは、友愛か恋愛かはまだ定まっていないだろうけど、特別な感情を持っている相手に言われたら多少なりとダメージのある台詞でしたね。
でもね、侑吾君。あのバカ神がここは現実の世界で、あたしの選択次第で未来は変わるって言ったの。だから悪いけど君は選ばない。卑怯だと言われても良い、それ以上に今の関係を壊したくないのよ。10年以上幼馴染として接した時間は、予想以上に居心地の良いものだった。だからあたしはそれを守りたいの。……ごめんね。
帰ろうとするあたし達を先輩が呼び止める。忘れ物かと思いきや、連絡先を訊かれた。
「必要あります?」
「あるに決まってんだろ。体調を心配した先輩に帰寮の報告してくれないのかなぁ?」
「ゔ……。分かりました」
確かにそうだ。ここまでしてもらって連絡しないのは、逆の立場でも許せない。「心配してるのに、心配してもらっているのを分かっているのに連絡無いの!?」と怒ってしまうだろう。
携帯を出し、赤外線で連絡先を交換した。
――四ツ谷海
また一つ、新しい名前が携帯のメモリーに刻まれた。
何で前話あんな流れにしてしまったのだろう、と思わずにはいられませんでした。
か、書きづら!!!
勿体ないので活動報告の方にボツにした話を載せます。
暗いと言うか、怖くなってしまった話です。
とても短いですが、良ければどうぞ。