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21 美麗痴女との遭遇。

放課後の廊下をとぼとぼと歩くあたし。校舎内に残って居る生徒は少ないとはいえ、居ることは居る。

すれ違う生徒の目は色々な感情を映し出していた。

嫉妬・好奇・同情……。

言いたいことがあるならハッキリ言えってぇのよ!バカヤロー!!



約束通り放課後生徒会室に行くと資料整理をやらされ、終わると今度は印刷室に行ってコピーを頼まれた。そこまでは良かった。

外に出るなら、と渡された物は首から下げるボード。そこには『生徒会庶務見習い中。御用の方は2-A五嶋まで』と書かれていた。


「……訊きたかないですが。なんですか、これ?」

「ん?案内板。お姉様方に絡まれたくなかったら素直に掛けた方が身のためだよ」


そして今に至る。

叩き割ってやろうかと思って振り上げたら、「へ~…。桜川さんてば人の好意をそんなふうに受け取るんだ…。へ~」と厭味ったらしく言われ、渋々掛けて外に出た。

くやしいぃぃ!!

ダメだ。あの妖怪口車には勝てない。



コピーを終え、戻る途中後ろから「ちょっと」と声を掛けられた。振り向くとこの間あたしを呼び出したお姉様3人組だった。

「あなた!……」と意気込んで言ったであろう言葉は首から下げたボードに目が釘付けで続かなかった。


「…何でしょうか?」

「いえ、あの……。大変ね」

「帰りましょう!」

「そ、そうね!お邪魔しては悪いわね」


呆気なく帰ってしまった。悔しいがボードの威力は凄い。というか“五嶋”の名前の威力か?

再び歩き出すとまた声を掛けられた。

なんなのよ!進まないじゃない!!

今度は初めて見る顔だ。ちょっと釣り目で黒髪ストレートのモデルの様な美麗女生徒。その女性とはジロジロとあたしを見た。


「なんですか?」

「アハハ。いや~、遊ばれているみたいだね。こういった事は五嶋かな?」

「はい…、そうです。よく分かりましたね」

「まあね、ククっ。変わってないなぁ。あの子たちの相手は大変だろうけど頑張ってね、これあげる。じゃあね、du bist süß(ドゥー ビスト ズュース)」


そう言って綺麗な顔のお姉様はあたしの頬に優しいキスをして去って行きました。残ったのはミルクキャンディが一つ。口に入れると溶けるような甘さが広がりました。

半分放心状態で生徒会室に戻ると、ぽーとしているのを変に思ったのか、一条先輩が近づいて来ました。


「どうしたんだ?何かあったのか?」

「先輩。この学校には美麗な痴女がいます」

「……熱でもあるのか?」

「どぅーびすとずぅーす」

「……なるほど」


入り口で固まっていたあたしの元に生徒会メンバーが集まって来た。その時あの美麗なお姉様が言い残した言葉を言うと、一条先輩は納得して、四ツ谷先輩は飲んでいたお茶でむせ、五嶋先輩は大笑い、二宮君は何とも言えない顔をしていた。


「アハハ!それ、前会長の新波しんばかおる先輩だよ。美麗な痴女って……ヤバっ!可笑しっ!」


五嶋先輩はツボに入ったらしく、机をバンバン叩いてお腹を抱えて笑っていた。この人って笑い上戸なのかも。それにしてもアレが前会長……。

ゲームでは名前しか登場しなかったからどんな人物か知らなかった。この人達を纏めていたのだからどんな凄い人かと思っていたのに……。


「あの人が前会長……。生徒会って変人しか入れないんですかね」

「菜子、それは俺らが変人って言いたいのか?」

「四ツ谷先輩はともかく、僕はまともだ!」


二宮君に一票。確かにこの中で唯一まともなのは君だけだ。


「ところで、“どぅーびすとずぅーす”って何ですか?ドイツ語っぽいけど意味が分からなくて」

「…………分かりやすく言えば……、子猫ちゃん。だ」

「……一条先輩、ワンモアプリーズ!」

「断る。休憩は終わりだ、仕事しろ」


「もう一回!」と何度言っても答えてくれませんでした。

ああ、勿体ない!なんで今ボイスレコーダーが無いの!?

能面クールな一条先輩が『子猫ちゃん』なんてプレミアものなのに!!

あ、そうだ。携帯があった!

携帯を取り出し再び「ワンモアプリーズ」とお願い。


「桜川、暇なのか?」

「仕事が無いので暇ですね。それより一条先輩、もう一度お願いします」

「桜川さんの食付き凄いね。でも暇ならこっち手伝ってね、仕事ならまだあるよ」

「ちっ、まぁいいです。仕事します」


しかたなく仕事再開。と言ってもこれまた簡単で単調な作業、あっという間に終わってしまった。再び手持ち無沙汰。


「五嶋先輩。他に仕事がないようでしたらあたし帰っても良いですか?」

「うん?そうだね、今日はもういいよ。もしかして何か用事あった?」

「いえ、何も。では今日は失礼します」


鞄を持ち、一礼して生徒会室を後にし、一目散に調理室に向かった。



実は朝一番で職員室に行き、使用許可をもらいに行くと『家庭科部』を紹介され、入部すると調理器具が使いたい放題。部費を払えば材料も割安になると聞いては入らないわけにはいけない。しかも残った材料は好きにしていいなんて……。なんて素敵なの。

使用許可は出してやるからまず見学に行ってみろ。と言われ、早速見学に行くことにしたのだ。ドア前に立つと既に甘い匂いが漂っていた。


実はこの部、『家庭科部』とは名ばかりで作る物はお菓子ばかり。つまりはお茶うけに良い物を作って活動するゆる~~い部活なんだそう。

「失礼します」と入れば中には女性徒5人ばかりが活動していた。


「あ、聞いてるよ。見学の桜川さんだね。私2年のたちばな珊瑚さんご。よろしくね。部員は、お皿洗っているのが石井いしい真奈美まなみで食ってるのが高橋たかはしらん。二人とも2年で残りはただおこぼれ目当ての友人2人」

「桜川菜子です。あとオーブンお借りしたいんですけど、良いですか?」

「全然オッケー。ここさ、こんだけ設備整ってんのに使わないのは勿体ない、って無理やり作った部なんだ。だから堅苦しくしなくて良いよ。実際部員はさっき言ったのと私の3人しか居ないし」


お礼を言い、生地を焼く。その間、橘先輩が部について教えてくれた。


家庭科部は去年作られた部で、なんと前会長の新波先輩が橘先輩に言って作らせたらしい。中等部では製菓部だったので目を付けられたのだろうと言っていた。

部にするには3人必要だから友人を巻き込んで作った。でも言い出しっぺの新波先輩はお菓子を食べに来るだけで入部はしていない。生徒会役員だから入れないのではなく、面倒くさいから入らないんだと宣言されたみたい。

すごく自分勝手だ。やはり生徒会の人間は変人。


この学園では生徒会役員でも部活動に参加できる。

「生徒会役員が部活動に参加した場合、公私混同の心配はないのか?」と生徒側から意見が出た際、新波先輩は「そんな馬鹿な人間は生徒会に入れない」と集会で言い切ったらしい。実際に見てみたかった。



焼き上がったスノーボールをお茶請けにして、皆さんとまったりしながらお話会が開催された。持ち帰る分は別に取ってあるので完食されても問題ない。

2年の中に1年が一人。プチ二宮君気分。だけどこの部の先輩方はとても気さくな人ばかりで、入部しなくてもまた遊びにおいでと言ってくれた。



そろそろ帰ろうかと思った時、「Guten Tag!(やあ!)」と言いながら長い髪を靡かせ、変態痴女……改め新波馨先輩が元気よく入って来た。


「うげっ、ジンバ先輩……」


橘先輩が迷惑そうに新波先輩を見ていた。


それにしてもなぜドイツ語?

どこからどう見ても日本人なのだけど……。出身がドイツとか?

その疑問は石井先輩が教えてくれた。


「お久しぶりです~。先輩、相変わらずドイツかぶれですかぁ?」

「失礼ね石井ちゃん。私はただドイツ語の発音が好きなだけよ。それ以外は何も知らないわ」


うわぁ。面倒な人きたぁ!

隣に座っている高橋先輩の影に隠れるように身を潜め、存在を消す。

だがそんな努力はすぐさま水の泡になった。


「du bist süß!(子猫ちゃん!)どうしてここに居るの?ああ、可愛い!見てよ蘭ちゃん、この円らな瞳。甘噛みしたくなるようなほんのり赤い頬。思わず重ねたくなるような可愛らしい唇!!」

「うわぁ……。蘭、引きます。さざ波のように引きました。先輩ノーマルだと思ったのに……」

「私ノーマルよ?可愛い子が好きなだけ、愛でるのが好きなのよ。着せ替えとかしたいわ!」

「あ、わかりますぅ。あたしも遊びたいなぁ。今度演劇部の衣装借りて着せ替えしません?」

「Es ist wunderbar!(素晴らしい!)いいわね!橘!今すぐ演劇部に行って衣装を見繕ってきてちょうだい!」


何やら不穏な流れが生まれ始めた。新波先輩は目を輝かせ、橘先輩に指示を出している。

あたしはと言うと……、


「ちょーっとまったぁ!シンバ先輩、桜川さんを見てください。全身で引いてます!目なんて死んだ魚の様に光がありません!それに今日初めて見学に来てくれたのに先輩の変態ブリを見てもう来てくれないかも。本人の意思に関係なく話を進めるのは止めましょう!」


橘先輩の言う通り、あたしはどこか遠い見えない所を見つめていました。

正に現実逃避。会話はBGM。

あ、遠くで音楽鳴ってるなぁ、といった感じ。


「あらいけない」と落ち着きを取り戻した新波先輩。喋らなければ誰もが見惚れる美貌を持っていると言うのになんて残念な人なんだ。

椅子に座り、橘先輩のお茶を一口飲み、あたしが焼いたスノーボールを一つ摘まんで口に運んだ。何でもない動作なのに、そこだけ空気がゆっくり流れているかのよう。


「ふぅ。ごめんなさいね、驚かせてしまったかな?」

「はい。関わりたくないと思ってしまいました」


正直に感想を述べると皆が笑い出す。お叱りを受けると思ったのに、なぜ?

新波先輩は目じりの涙を指で拭き、顔をほころばせた。


「面白いね。あの子たちが気に入るのも分かるよ。そう言えば名前を聞いていなかったね。もう聞いたと思うけど、私は前会長の新波馨。たまに家庭科部に来てはこうやってお茶をご馳走になってるの」

「桜川菜子です。今は生徒会の見習い庶務をやっています。家庭科部には入部届を貰い次第、入りたいと思っています」


そういえば肝心の部員の先輩方に入部の意思を伝えていなかった。いけないと思い、改めて「そう言う事ですので、これから宜しくお願いします」と言うと。なぜか新波先輩が「大歓迎よ!」と喜んだ。

勿論部員の先輩方も温かく迎え入れてくれた。



新波先輩が不安要素ではあるが、何とかなるだろう。

とりあえず、堂々と調理できる場所が確保できた。それが今日一番の成果だろうな。


クールな女会長にしようと思ったのに……。

どこでこうなった!?

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