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20 餌でつる椿

「大声だすなよ?」


あんたそれ、丸っきり悪役の台詞だから!!

再び耳元で囁かれる。脳髄に響く低音ボイスに腰が抜けそうだ。

このままじゃなんかヤバイ!なにがヤバイのか分からないけどとにかく回避!!


口を塞いでいる手を外そうと足掻くが無理だった。

その内、後ろに立つ人間の腕がウエストに回される。

傍から見れば完璧抱きしめられている体勢だ。今、寮には一部の生徒しか居ない。十中八九犯人は生徒会の人物だろう。寮に生徒が少ないのが救いだ。こんな場面、見られたら何を言われるか考えただけで頭痛くなりそう。

部活で帰れない生徒以外は皆、連休を利用して帰省している。椿も残り組だ。だから帰ったら一緒に勉強しようと約束していた。きっと部屋で待ってる。

なんとか逃げ出そうとなおも足掻く。


そうだ!足よ、足の甲を思い切り踏めばいいんだわ!

なんでこんな簡単な事思い浮かばなかったんだろう。

相手の怪我なんぞ知るか!お前が悪い。これは立派な正当防衛だ!!

ええい!ままよ!!


気付かれないように足を上げ、思い切り踵を甲に向かって下ろした時、「おっと!」と足を引込められてしまった。

くそっ、しくじった!


「あっぶなぁ!いきなり何すんだ、菜子!」

「ふははふははへひふへふ!(それはこっちの台詞です!)」

「口塞をいでると何言ってるか分かんないな。ってかくすぐったい」

「ふはふははひふははい!(じゃあ外してください!)」

「外すから急に大声上げるのナシな?」


口を塞がれたまま何度も頷く。

そして外されるのを見計らって一発、「ぐはっ!?」肘突き!見事に鳩尾を直撃!

どんなもんだい!

犯人は思わず後ろに蹈鞴を踏んだ。ウエストに回された腕も外れ、自由になった体ごと向き直る。

そこに居たのは、


「やっぱり四ツ谷先輩でしたか。なんですか?白昼堂々セクハラですか?」

「いいもの持ってるな。見直したぞ」

「ありがとうございます。もう部屋に戻って良いですか?荷物置きたいので」

「いや、ちょっと待て。五嶋が菜子の試験の心配してた。良ければ教えようか、ってさ」

「ご心配なく。あと、ちゃんと生徒会室に顔を出すので迎えに来るとかは絶対に止めてください、ともお伝えください」


いまだ肘がヒットした部位を押さえる先輩を残し、荷物を持って部屋に戻った。

部屋には床に仰向けで大の字で寝ている椿が居た。あたしに気付くと「おかえり~」と気の抜ける出迎えを受ける。


「ただいま。なんでそんなところで寝てるの?」

「菜子居なくてつまらなかったんだ」


『つまらなかった』と『床で寝る』はどう繋がるのか謎だが、“菜子が居なくて”と言うところが嬉しかったので気にしないことにした。

靴を脱いで部屋に上がると早速荷物の整理。持って来た夏物を自分のクローゼットに入れていく。椿は立ち上がり、ストレッチしながらその様子を見ていた。


「ねぇ、菜子。こっちのバッグは?」

「あ、そっちはサンドイッチが入ってるの。食べていいよ」

「やったぁ!もしかして菜子の手作り?」

「うん、ハムサンドとフルーツサンド。好き?」

「大好き!いただきま~す!!」


食べ物が絡むと椿は生きいきする。

荷物の整理が終わったあたしは、小さな備えつけの冷蔵庫からお茶を取り出し紙コップに入れ、椿に差し出した。口に入れ過ぎて喋れない椿は片手を上げ、「ありがとう」とジェスチャーで伝えるとお茶を一気飲みしてしまった。

相変わらず凄い食欲だわ。あっという間に平らげちゃったよ。


「ぷはぁ~。生き返った!丁度お腹空いてたんだ。夕食まで時間あるからコンビニでも行こうかと思っていたところ」

「……お昼は何食べたの?」

「部活の仲間とラーメン屋行って、醤油ラーメンとチャーハンと餃子と帰りにコンビニよってコロッケパンとチキン買って食べた」

「……椿の部活は大食い選手権でもやってるの?」

「まさかぁ!食べないと持たないのよ。あたしから言わせてもらえば菜子が食べなさすぎ」


真剣に言う椿に呆れる。

あたしは絶対平均的な量を食べている。可笑しいのは椿だ。その細い体のどこにそんな大量の食べ物が入るのか不思議……。人体の謎ね。




椿は毎回試験の前日に頭に詰め込むタイプらしく、試験明けには所謂『真っ白な灰』になるらしい。なんのこっちゃ?

詰め込みは疲れるので出来れば日にちを掛けて試験に臨みたいそうな。今日から少しずつやれば今の成績はキープできるだろう。問題は集中力が続くかどうか……。

今だって初めて30分も経たないのにペンが止まっている。良く見れば目も虚ろだ。

あたしは持っていたノートを丸め、パコン!と軽く椿の頭を叩いた。


「……バレタ?」

「バレバレ。勉強するって言いだしたのは椿でしょ?寝るなら教えないよ」

「ごめ~ん。お腹いっぱいになったら今度は睡魔が……。怒った?」

「呆れた」

「ごめん!お願い見捨てないで!菜子が頼りなの!!中学は美穂に手伝ってもらっていたんだけどクラス違うし、部屋違うし。それにあの子スパルタなんだよ!」

「へ~、美穂ってスパルタなんだ。あたしも見習おうかな?」

「勘弁してください……」


今度はせっせと問題を解きだした。余程のような美穂のスパルタは勘弁してもらいたいみたい。

しかし毎回同じ手は使えない。どうしようか……。

椿には日頃お世話になっているし、力になりたい。出来れば協力してあげたい。そこでピンッと閃いた。餌を使おう。


「ねぇ、サンドイッチ美味しかった?」

「うん。もうねぇ、あのフルーツサンドの甘さは絶品だった!」

「じゃあ、一日の勉強会のあとにお茶会ってのはどう?頑張ったご褒美にあたしがお菓子作ってあげる。さぼったらナシ。ど?」

「やる!!やる気出た!!」


ふっ。操りやすい。

実は侑吾君にも使って手なのよね。

似た者同士だから使えると思った。

問題はレパートリーだ、なおかつ日持ちする物。大量に作った方が少し作るよりお金は掛からない。




次の日、部活に行く椿を見送った後、多目的ルームに備えられたパソコンで早速お菓子のレシピ探し。

パウンドケーキ、クッキー、……あ、スノーボール美味しそう。マカロンもいいなぁ。これからはムースとか冷たいものも良いかも。

次々と探す。へ~、結構簡単に作れるのね。

選んだ物を何品か印刷し、早速材料を買いに出ることにした。まずはスノーボール。これは椿の為、というより自分のため。

食感が堪らなく好きなのよね。何度か恵さんと一緒に作ったことがあるからこれなら失敗しないで作れると思う。生地を保存すればかなり持つし。


部屋に印刷したレシピを置き、財布を持って共通玄関へ向かうと、男子寮の方から見覚えのある顔が歩いて来た。二宮君だ。あたし気付くとバツが悪そうに顔を背けたが、近くまで来ても逃げることはなかった。


「あっと……。あの時はありがと。…助かった」

「気にしなくていいよ、元気になって良かったね」

「……五嶋先輩にお前が庶務として手伝うことになったって聞いたけど、…本当か? 」

「本当だよ。あの人、口上手いよね。気付いたら罠に嵌っている感じがする。四ツ谷先輩が勝てないのも頷けるよ。生徒会の真の支配者って五嶋先輩でしょ?」

「支配者って……。まぁ、間違ってないな。中学の頃からあんな感じなんだ。で、勉強しなくていいのか?財布持ってるってことは出かけるんだろ?試験今月末なのに大丈夫なのか?」


微笑ましい会話だったのにあたしの手に有る財布を見て急に方向が変わった。

何だいなんだい!四ツ谷先輩や五嶋先輩だけでなく君もか二宮!お前までもあたしが試験で散々な結果を出すと思っているのか!?失礼な!


「これは試験対策の買い物です!なによ皆して、勉強しなくて大丈夫かって!大丈夫です!!女に二言はありません!」

「いや、そうじゃなくて。先輩もお前を心配して、」

「そのお前って止めて!下に見られるみたいで気分悪い。名前は知ってるでしょ?好きに呼んでいいよ。じゃ、あたし買い物行くから」


大人げなかったか?と思いつつ盛り上がってしまった気持ちは中々静まらない。いつもより気持ち大きめの歩幅で近くのスーパーに向かった。



買い物から戻ると早速食堂の管理者に使用許可の申請を出して作ることにした。時間は利用時間後の夜9時から11時まで。でも今回は生地作りだけなので早く終わった。

紅茶のティーバッグも買って来たし…。よし、やる気出た!明日から頑張ろう!! なんてったって明日は連休明け。と言うことは生徒会見習い始動ってことです。ご褒美なくちゃやってらんないわよ!


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