19 帰寮日は晴天なり。
夢と現の境界があいまいになり、意識が浮上し始める。
目を閉じていても感じる光は朝日だろう。薄く目を開けるとそこには、一カ月程しか空けていなかったのにもう懐かしく感じる天井があった。
自分以外の気配を感じ、横を見ると侑吾君が床で丸まって寝ていた。
ボンヤリする頭で考える。
あ、そっか。傍に居てってあたしが言ったんだっけ。
思い出すと自己嫌悪。何を言っちゃってんの、自分?
これはアレだ、本来なら寮で起こるはずのイベントだ。あたしが家に居るように言って、それを侑吾君が受け入れたから自室でのイベントになったのね……。
他に何を言ったか思い出そうとしたが、記憶が曖昧なので放棄した。過去(数時間前でも)の痴態は忘れよう……。
首筋を触ると熱が有る様には感じなかった。念のため体温計で計ると平熱。気分も悪くない、と言うかお腹空いた。どうやら完治したみたい。
あたしがもぞもぞしていたので侑吾君が起きてしまった。気まずさはあったがパジャマ姿を見られるなんて今更だし、寝起きだって何度も見られている。気まずいのは甘えたと言う事実だ。「おはよう」と言いながらなるべく平静を心がけた。
「おはよう。気分はどうだ?熱は?体痛くないか?」
「うん、熱下がったよ。平熱だった。お腹空いちゃった」
「食欲があるならもう大丈夫だな。ウチで食うか?」
「ううん。今日寮に戻るから買った食材食べきらなきゃいけないの、だから家で食べるよ。あ、もう一日延長しろって言うのはナシね」
「……まだ何も言ってないだろ。でも一人では帰さないからな、俺も一緒に帰る。病み上がり人の拒否は認めない」
一言目には体調確認。いつでもどこでも過保護は健在だ。
何を言われるか分かってしまうので、お互い言われそうなことを先に言った。外泊届は今日までだ。寮に連絡するのも面倒なので延長はしたくない。言い合うのも体力を使うので、仕方なく一緒に戻る約束をした。
お兄ちゃんと遊ぶって張り切っていた彰君に悪い事しちゃったな。
「あとさ、……昨日はごめんね。面倒かけちゃって」
「何言ってるんだよ、謝ることじゃないだろ?菜子を一人にしたら俺が母さんにブッ飛ばされるよ。……昔さ、おばさんに菜子は熱を出すと一人になるのを嫌がるって聞いたことがあるんだ」
何言ってくれちゃってるのよお母さん……。すごく恥ずかしいです…。
侑吾君は真剣な顔で「それに俺が傍に居たかったんだよ。菜子を一人にしたくなかったんだ」と、茹で上がってしまうような乙女ゲームに良くある台詞を言った。
また様子を見に来るからと言い残し、侑吾君は帰って行った。
「はぁ~……」
長いため息が出る。思い出したのはあのバカ神シュラのこと。夢とは言え、あれは間違いなく見せられた夢だろう。ならあいつが言ったことは本当と言うことだ。
流れを変えてもこうして違う形で戻ってしまう……。逃げられない…か。
ならその流れを利用させてもらおう!あたしを舐めんじゃなって~のよ!!
さりげなくあたし以外の人間に目を向けさせれば良い。まぁ、難しいだろうけどね。
そうと決まれば勉強しなくては。近くに居た方が何かと便利だし!
とりあえず……、ご飯食べよう!腹が減ってはなんとやらってね。
朝食を軽く食べ、余った食材はサンドイッチにして持って行くことにした。
食器を洗い、水切り籠に置く。次はゴミを集めた。これは……これも持って帰って処分かな。
使ったタオルやシーツを洗濯し、ベランダに干す。今日は突然の雨も無く、気持ちの良い晴れだ。風も吹いているので早く乾くだろう。
お昼になると侑吾君が呼びに来たので、三橋家にお邪魔した。恵さんに体調を訊かれたがあたしの様子を見て問題ないと判断したのか、答える前に「大丈夫そうね」と言って微笑んだ。
「なっちゃん!」毎度の事だが彰君はあたしの名前を呼びながら跳びついて来た。それを侑吾君に諌められ、ふて腐れてしまった。
「なんでダメなの!?」
「言っただろ?菜子は病み上がりなんだ、負担をかけるような事するな」
「あ、そうだった……。ごめん、なっちゃん。大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。それにあたしこそごめんね。侑吾君と遊べなくなっちゃって」
「気にしないで!なっちゃんの事守らない兄ちゃんは、オレみとめないもん!!」
か、可愛い……!!
思わず抱きしめて頬ずり。変な女と思われても良い、だって可愛いんだもん!
彰君は照れていたけどそれすら可愛かった。
おじさんはゴルフに行ってしまって居ないので、四人での昼食になった。お昼はデミグラスソースのオムライス。超美味!さすが恵さんです。
卵はふわとろ、中にはチーズが入っていて子供ウケが良さそうだ。彰君は無意識だろう、笑顔でパクついていた。
食器を片づけ、準備が出来たらまた来ると言い残し家に帰った。
「よし!」と気合を入れ、洗濯物を取り込み仕舞い、水回りの水気を取っていく。食器を仕舞って冷蔵庫から作ったサンドイッチを取り出し、ブレーカーを落とす。部屋に戻ると忘れ物の確認をして荷物を持って家を出た。
時刻は午後三時過ぎ。家から寮まで一時間ちょっと。暗くなる前に戻れそうだ。
三橋家に行き、挨拶を済ませる。悲しそうな目で見てくる彰君の頭を撫でながら「また来るから」と言うと「絶対だからね!」と指切りをした。急に兄だけではなく、隣の家族が居なくなってしまったので寂しかったんだろうなぁ。
最寄り駅までは歩いて15分程だが、荷物があるので恵さんが車を出してくれた。ありがたい。彰君も一緒に行くと言ったので、短いが皆でドライブだ。
ほんの5分程で着いてしまったので彰君は不服そう。侑吾君に「良い子にしてるんだぞ」と言われ「うん!!」と元気良く返事をしていた。こういう場面をみると兄弟って良いなぁと思う。
電車に揺られながらうとうとしていると、隣に座っている侑吾君が話しかけて来た。
「なぁ、本当に生徒会に入るのか?」
「うん?うん、入るよ」
「……そっか」
珍しく歯切れが悪い。そう言ったきり黙ってしまった。
それは寮に着くまで続き、口を開けたかと思うと突拍子もない事を言った。
寮監のおじさんに挨拶が終わったあと、侑吾君は左手にある男子寮に向かわず、あたしの腕を取り覚悟を決めた顔で言った。
「俺、A組は無理だけど何とかB組に入って風紀委員になる」
「えっ!?は?無理でしょ!?」
「いや、やって出来ないことはない。俺はやる!!」
呆然とするあたしを残し、「勉強だ、勉強!」と言いながら男子寮に戻ってしまった。
あたしはあまりにも現実離れした台詞に動けず、その場で侑吾君の後姿を見送った。
風紀委員に入ると言ったか?侑吾君が?
だってあなたD組よ!?しかも勉強するとラリっちゃうんでしょ??
「はぁぁぁ!!!??うぐむ!?」
我に返って思わず奇声を発すると、口を塞がれた。吃驚して固まっていると耳元で「騒がしい」とゾクッとする声で囁かれた。
囁いたのは誰でしょう(^ω^)?
まだ決めてないのよね~……。