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18 久しぶりの我が家。

さて、五嶋先輩の口車にまんまと乗ってしまったあたしはGW明けから“見習い庶務”として生徒会入りすることになってしまった。

なによ、見習いって。そう思い訊くと、来学期から入るための試用期間らしい。内容は雑務で書類作成補助、資料整理、コピー、等々。

『簡単』と言ってしまった手前手抜きは出来ない。これぞまさしくドツボに嵌ると言うやつだ。自ら穴を掘って飛び込んでしまった。先輩方は上から見下ろし笑っていることだろう。




そのGWの初日の今日、あたしは久しぶりに実家に足を踏み入れた。シンと静まり返り、物音一つしない。中に入って部屋を確認したが、埃っぽくは無かった。恵さんが定期的に換気していてくれたようだ。美人で優しいなんて侑吾君が羨ましい。お母さんは勿論好きだけど、恵さんは憧れ。

自室で寮に持って行く物を整理していると玄関が開き、騒がしい声と共に三橋兄弟が入って来た。帰って来て直ぐお隣にはお世話になっている挨拶をしただけでゆっくり話していない。きっと彰君が会いに来てくれたんだろう。

「なっちゃ~ん!どこ~?」彰君の元気な声が聞こえた。あたしは部屋を出て「ここだよー」と言いながら一階に下りていく。


「なっちゃん!おかえりなさい!!」

「ただいま彰君。久さしぶりだね、元気だった?」

「うん、もちろん!今日の晩ごはんはウチで食べるでしょ!?」


階段を下り切ると、彰君は猪みたいに勢い良く抱き着いてきた。少し大きくなったようだ。髪色が同じなので小さい頃の侑吾君そっくり。

ダイニングに移動し、来る途中で買ってきたお菓子を広げてお茶をする。と言っても冷蔵庫には何もないので、飲み物は侑吾君が持って来た恵さん特製の蜂蜜とレモンの紅茶。甘さがと酸味が絶妙であたしも三橋兄弟も大好きだ。


「え、なんだよそれ?俺聞いてないぞ!」

「うん、言ってないからね」

「何なに?どうしたの?」


「最近変わったことはないか?」いつもの様に訊いてきたので生徒会庶務見習いの事を話すと、侑吾君は驚いて持っていたお菓子を握りつぶしてしまった。「なにやってんだよ兄ちゃん!」彰君に怒られ、バツが悪そうに手を洗いに席を立つ。戻って来た侑吾君は少し恥ずかしそうだった。弟に怒られるとは、どっちが兄なんだか……。


「で、なんでそんな話になったんだ?生徒会にはA組の生徒しか入れないはずだろ?」

「そうだよ、だから“見習い”。来学期にはA組に入る予定。GW明けから手伝う事になってるの」

「守れないかもしれない約束するなよ!入れなかったらどうするんだ?そもそもそんな話、蹴っちゃえば良かったのに…」

「入るわよ、絶対。……売られた喧嘩は買うのが女よ」

「うわぁ、なっちゃんカッコイイ!」

「なんで菜子はそう喧嘩っ早いんだ?昔からそうだ。大人しいかと思いきや無駄に男気持ってて……。勘弁してくれ」


彰君は目を輝かせていたが、侑吾君は項垂れていた。

喧嘩っ早いとは失礼ね!と思ったが、あながち間違いではないので黙っておく。

三橋兄弟が帰ると自室に戻り、さっきの続き。寮に夏物を持って行っていないので、スーツケースに詰め込む。代わりに寮から持って来た厚めの洋服をクローゼットに戻した。



夕方になり、三橋家にお邪魔をして恵さんと夕飯の準備。食べるだけなのは心苦しいのでお手伝いだ。

「菜子ちゃんは昔から料理上手だね」恵さんに褒められ、料理は一人暮らしだったのでその時に独学で学びました。など言えるはずも無く、「ありがとうございます」と言いながら苦笑い。

今日の夕飯は野菜たっぷりヘルシーカレー。おじさんが帰って来ての夕食は、あたしと侑吾君の近状報告で盛り上がった。

侑吾君がちょっと機嫌悪そうだったのは間違いなく『生徒会見習い』のせい。

……やっぱり話すんじゃなかった。




次の日、起きて直ぐ明日家を出る準備を始めた。朝食を取りながらテレビを点けると丁度天気予報をやっていて、上空の気圧が不安定だと伝える。

家の中は掃除するところが無かったので、荷物を纏め終わると三橋兄弟と買い物に出かけた。休日はさすがにどこもかしこも混んでいる。目的も無くただぶらぶらした。三人で出かけるのは久しぶり、彰君は終始テンション高めでご機嫌だ。

ファーストフードでテイクアウトして、公園で少し遅いランチ。さすがに日差しが強く、日暮前には帰るつもりなので今日は半袖。

食べ終わると彰君が侑吾君を引っ張って行ってしまった。じゃれ合う姿は猫の兄弟みたいだ。あたしは木陰のベンチでその様子を見ていた。



晴れた空に雲が広がり始め、冷たい風が吹く。予報では夕方に雷雨になる地域もあると言っていた。まだ大丈夫だと思っていたが、これはヤバい……。

侑吾君に天気が崩れそうだから早く帰ろうと言い、急いで駅に向むかった。

「わぁ!見て、空が黒くなってきた!」電車に乗ると彰君が空を指差して言った。どうかもちますように!しかし祈り虚しく、家まで歩いて5分と言うところで雨に降られてしまった。普通の雨なら多少濡れるくらいで済むが、雷雨となると違う。そのたった5分でびしょ濡れだ。


三橋家に行くと恵さんが玄関まで出迎え、兄弟に「ストップ!そこで全部脱いで風呂直行!!」と言った。服から滴る水を見て、家に上がることを拒否したみたい。あたしにも「早く家のお風呂で温まって来なさい。落ち着いたらこっち来てね」と送り出してくれた。

浴槽にお湯を溜めている間にタオルで水気を取り、着替えを用意する。窓からは稲光が見え、雷鳴が轟く。

……お風呂、入りたくないな。

実は訳あって雷が大の苦手。お風呂は雷が去ってから入る事にし、着替えて部屋に閉じこもることにした。

一時間程すると雨が小降りになり、雷鳴ももう聞こえない。

良かった、早く終わりそう。

髪も乾かしたし、服も着替えたのにようやくお風呂に入った時には体はすっかり冷えていた。いつもより長めに浴槽に浸かり、体を温めてから上がった。



隣にお邪魔すると既に夕食の準備は整っていた。今夜はあたしの好きなトマトソースとベーコンの平麺パスタ。大好きなのに胃がムカムカして食が進まなかった。恵さんはいつもあたしの分は少なめにしてくれるので完食は出来たが、胃薬を飲んでおいた方が良さそうだ。

片付けを終え、挨拶をして家に帰ると玄関のドアを開けて中に入った瞬間、音のしない家の中に居るのが酷く寂しくなり、その場で泣き崩れてしまった。

寂しさを感じているのは分かるが、どうして泣いているのか分からなくてますます涙が止まらない。

玄関チャイムが鳴り、ドアが開けられると侑吾君が居て、「やっぱりな」と言いながら泣いているあたしの頭を撫で始めた。


「なにが、やっぱりなの…?」

「菜子、熱あるんだよ。食事中変だと思ったんだ。頬は赤いし目は潤んでるし」


熱があることと泣いていることが繋がらなかったが、原因が分かると落ち着けた。でも落ち着いたことで体がダルイと自覚してしまった。力が入らない。

「立てるか?」侑吾君の問に首を振る。すると簡単に横抱きされ、自室に運ばれた。素面なら動揺する場面だが、そんな体力も無い。ベッドに降ろされると眠気が襲ってきた。


「母さんに言って来るからその間に着替えて寝とけ」

「…うん。……戻って来る?」

「ああ、戻って来るから安心しろ」


侑吾君が出て行ったあと、ダルイ体を引きずるように着替えて、二階の洗面台で歯磨きを済ませてからベッドに倒れ込んだ。

薄暗い部屋。物音で起きると侑吾君がナイトテーブルにスポーツ飲料のペットボトルなどを置いていた。


「悪い、起こしちゃったか?」

「ううん、起きたの」

「じゃ、薬飲んで。あとこれ貼って。寒くないか?何か欲しいものあるか?」

「無い。要らないからここに居て。手握って」


いつもなら絶対に言わないであろう台詞の連発。恥ずかしい思いはあるけれど、今は人恋しいので気にならなかった。



なんでこうなったんだっけ……?

ああ、そうだ。甘えても良いって分かったからだ。

前世では風邪で寝込んでも傍に居てくれる人は居なかった。

でも今は心配してくれる両親が居る。そう思ったら安心して甘えられる今が嬉しくて、熱が出ると人の温もりをいつも求めた。

だから一人の家が寂しくて泣いてしまったんだ。

独りは怖いから……。


「手、あったかいね」

「ここに居るから安心して眠れ」

「……うん……」





真っ暗だ。自分の体さえ見えない。

さっきまで感じていた侑吾君の温もりまで消えている。

体もだるくない。と言うことは…夢だな。


「ピンポーン!!せ~かい。これは夢です。僕の事覚えてる?」


その声は近くで聞こえた。外ではなく内から。頭の中で喋っているようだ。


――憶えてるわよ、シュラでしょ?あの中途半端な神様。


「憶えてくれていたのは嬉しいけど、中途半端って……。酷い…」


――そんなことより訊きたいことがあるのよ。あなたあたしをゲームの世界に転生させたんでしょ?なのに全然記憶と違うわよ?シナリオ通りに進まないんだけど、どうなってるの?


「あ、それは簡単。シナリオ通りなんてつまらないから君の行動次第で流れが変わるようにしたんだ。最初に言ったでしょ、“ゲームを現実にした世界”って。現実世界にシナリオがある訳ないじゃない♪」


――ってことは、あたしが今まで足掻いたのは……?


「ぜ~んぶ無駄でした♪……だってこれは君が望んだことじゃないか。例えゲームや小説の中だけにしか存在しなくても愛してくれる存在が欲しい。愛せる存在が欲しい。信じさせてくれる存在が欲しいって。……忘れたの?」


――……。


忘れてない。家族でも愛してくれないのに、他人が自分に愛を向けるなんてありえないと思った。だから創作の世界にのめり込んだ。だってそこには主人公を愛する相手がちゃんと居たから。だからそれが欲しいと思った。


「憶えているみたいだね。そうだよ、だから僕は君を愛してくれる存在が居る世界に転生させたんだ。君が望んだ世界。なのに何で君は避けるんだ?それとこれとは話が違うとでも言いたいの?求めているモノは同じでしょ?逃げても無駄だよ、君は主人公なんだ。縁は生まれ続け、切れることはない」


――要らない、と言ったら?


「生まれ変わった君の人生だ、好きに生きると良い。……だけどゲームは始まり、縁は生まれた。選ぶ、選ばないは君次第……」


――あたしが望んだ世界。選ぶのはあたし……。


「そう。……覚えておいて、流れはいつも君を中心に回っている。……もう起きるみたいだね。また会おう」


声は消え、暗闇と静寂が辺りを包んだ。


ここはあたしが望んだ世界。だから回避しようとしても出会ってしまっていた?

今までの努力は全て無駄だった?

じゃあ何か?あたしが全部悪いってのか?


ふつふつと小さな怒りが今更ながら込み上げる。


――ああ、殴るの忘れた。


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