16 同級生の男の子
「こんにちはー。いや~、遅れてごめん」
「遅いぞ五嶋…って菜子!?倒れたって聞いたけど?」
「大丈夫です、ただの空腹でしたから。五嶋先輩にパンを頂いたら体調は戻りました」
生徒会室に行くと室内には四ツ谷先輩しか居なくて、あたしが来ると机に突っ伏していた先輩は駆け寄って来てくれました。
なんだ、良いとこあるじゃない。そう思ったのに次の言葉で前言撤回です。
「良かったぁ。俺の楽しみが減ったらどうしようかと思ったよ」
「……四ツ谷先輩を楽しませようなんて思った事、一度も有りませんけど?」
「は~い、二人ともいい加減にしようか。四ツ谷はどうせ二宮に仕事やるように言われてるんだろ?やらないとうるさいよ、あの子。お前もたまには生徒会の役に立ってほしいものだね。それに桜川さんもいちいち相手にしない、切がないだろ?そう言うのを時間の無駄と言うんだ。分かる?」
「相変わらず、キツイな…」
「五嶋先輩、素敵です。師匠と呼ばせて下さい」
「丁重に断らせて頂くよ」
優しく笑って却下されてしまいました、残念。でも心の師とさせていただきます。
とりあえず無事な姿を見せたことだし帰ろうとすると、何やらニコニコと押し切られ、仕事を手伝う事になっていて、気付いた時には五嶋先輩の横で片手に紙とホッチキスを持ち、黙々と留めていました。
どうやらこれは生徒会が月一で各クラスに配布しているものらしい。……ごめんなさい、知りませんでした。
作業も残り半分を切った時、一条先輩と二宮君が帰ってきた。一条先輩は「来ていたのか」と案外普通なリアクション。二宮君はと言うとやはり無言で睨んでいた。
あたしは何かしたのだろうか?
ん?したな。でもその前から良く睨んでいたし…。なんでだ??
作業中、二宮君は不機嫌な視線をあたしに向けていましたが、良く見ると顔が赤い様な?
あまりに腹が立って興奮したのでしょうか?
「ふぅ。五嶋先輩、終わりました」
「ありがとう、助かったよ。うち人数少ないから毎回大変なんだ。良かったらこれからも手伝ってくれないかな?」
「何を言ってるんですか、五嶋先輩!!第一なんでまたこいつがここに居るんですか!?許可がないと生徒は入れないはずですが!」
「僕が許可した。ここに連れて来たのも僕。不満があるなら桜川さんではなく僕に言えば良い。……二宮、さっきから見ていれば態度悪いよ。目障りだ」
「おい、五嶋。さすがにそれは言い過ぎ、」
「分かりましたよ!僕が出て行きます!!」
そう言うと二宮君は鞄を持って勢いよく出て行ってしまいました。事の原因であるあたしは暫く思考停止状態でしたが、一条先輩の「二宮は急にどうしたんだ」と言う何とも間抜けな台詞で我に返りました。
五嶋先輩は素知らぬ顔で仕事を続けています。
「先輩、何であんなこと言ったんですか?四ツ谷先輩の言う通りさすがに言い過ぎです」
「僕は思ったことを言っただけだよ。それにね、あいつもいい加減素直にならなきゃいけないんだ。いつまでも中学生のガキじゃ困るんだよ。理想を持つことは良い事だけど、それに縛られ過ぎるのは良くない。これ、分かる?」
「自分を受け入れろ、ってことですか?」
「まぁそんなとこ。二宮はそれが怖くて出来ない。理想に向かって努力しているのに自分は近付けない、でもそれを認めたくない。……子供なんだ、要するに」
「五嶋の言うことは小難しいな。で、どうするんだあいつ。放っておくのか?」
「……桜川さんお願いできるかな?あいつ君にコンプレックス持っているみたいだから」
「余計悪化すると思いますが、行ってきます」
プリントを五嶋先輩に渡し、絶対こじれる。と思いながらも探しに出た。
廊下に出ると窓から外を見る、下には中庭が在って噴水を囲むように石畳が敷かれ、日当たりの良いベンチが在る。そこから視線を奥にやると一階の廊下に肩を落として歩く二宮君を見つけた。
よりによって反対校舎!?なんて遠い所に居るの!
ゆっくり歩いているとはいえ、相手は男の子。あたしの歩幅より広い歩みでは追いつく前に帰ってしまう可能性がある。
運動は得意ではないので走っても足は遅いが問題を任された身。考えるより体が先に動いていた。
「まっ、まって…」足がもつれながらもなんとか追いつき、逃げられないように手首を掴んだ。「何だお前は!?」と言われたが、息が上がっていて返事が出来ない。空いている手で少し待つように伝え、息が整うのを待った。その間、二宮君は困惑していたが手を振り払おうとはしなかった。
「は~…、やっと落ち着いた。ごめんね、待ってもらっちゃって」
「いや……。それより何の用だ?いい加減腕を放せ」
「ちょっとね。放しても良いけど、帰らない?帰らないって言うまで放さないよ」
「…分かった。だから放せ」
疲れたので近くの階段に座り、逃げることはないと思ったが念のため秘かにジャケットの裾を掴んだ。
あまり使われない階段なのか、今いる階に人の気配は無く、上の階にもシンとした空気が漂っている。
口を開いたのは二宮君だ。
「さっきは…悪かった。最近むしゃくしゃして……八つ当たりだった」
「別に気にしてないよ。でも何でいつも睨まれるのか、それが分からない。あたし何かした?」
「………僕は会長の様になりたかった。あの人はいつも完璧で、目標の為なら努力を惜しまない人なんだ。中には融通が利かないって言う人も居るけど、それでも会長は正しいと思うことをして、最後にはそんな人をも認めさせる……」
ぽつぽつと話す二宮君。この場にあたしだけしか居ないから話すことが出来るんだろう。
上級生の中で一年が一人。足を引っ張らないように、邪魔にならないように、役に立てるように……。色んな想いが積み重なって、窮屈になっていたのかもしれない。
理想の一条先輩のようになりたくて努力して。でも近くに先輩が居るせいで、どんなに頑張っても自分は成長できていないのではないかという焦りが二宮君を追い詰める。
そんな中にあたしという部外者が入り込んだことで狂い始めた。
「会長が最近変わったんだ……。あの人は身内以外気にしない人なのに、入学式の後から『変な女生徒に会った』って言って、四ツ谷先輩から話を聞く度に表情が変わって行って……。僕は見たことなかった!何年も一緒に居たのに!なのにお前はパッと出て来て会長を変えた!だから……!!」
そう言って手で顔を覆ったかと思うと前にのめりに倒れ込む。
「危ない!」咄嗟に手を伸ばし、何とか廊下との激突は防げたが……。やっぱり熱い。
さっき手首を掴んだ時あたしの体温より高く、顔が赤かった。生徒会室で顔が赤いと思ったのは熱があったからだったのか。
このままここに居る訳にもいかない。こうしている間にも二宮君の容体は悪化している。額に手をやれば汗をかいていた。
「二宮君!」呼びかけてもまともな返事が返ってこない。人の気配はない。
「ふんっ!!」あたしは何とか背負い、半ば引きずるように保健室に運んだ。
保健室のドアを開けるなり、「助けて~。重い~」と言いながら力尽き、二宮君共々潰れそうになる。何とか堪え、十字先生に抱えられてベッドに寝かされるのを見届けてから、…潰れた。
「ほら、そんなところで寝られると邪魔よ。こっち座んなさい」
「……」
「聞いてるの?ちんくしゃ」
「…すみません、先生。聞いていますが足に力が入りません…」
「……世話が焼けるわねぇ」
そう言ってあたしを抱え起こすと膝裏に腕を入れ、ひょいっ。っと軽々お姫様抱っこ。
女の人にお姫様抱っこされてるー!!と思ったけど、先生は男性だった。見た目は完璧な女性でも腕力は男。加えてあたしはこの間の身体測定で発覚したが平均身長以下の細身の女。そりゃ持てるよね。
パイプ椅子に座らされると、机にコトンとカップが置かれた。中身は緑茶だった。
「温く入れてあるけどゆっくり飲みなさい。まったく、自分より重い男を背負って来るなんて無茶して!誰か呼ぶとか考えつかなかったの?」
「考えましたけど、呼びに言っている間に一人で帰っちゃうかもしれないし、考えている時間があったら運んじゃおうと思ったんです。でもさすがに疲れました」
「考えるより行動か…、あんた意外と野性的なのね。で、何があったのよ」
「……何でなにかあったと思うんですか?」
「舐めんじゃないわ、私は養護教諭よ。生徒の機微に気付かない女じゃないわ」
男じゃん。と思ったけど今言う事ではないし、真剣に聞こうとしている先生に対して失礼だ。 二宮君が気になったが、先生が「ぐっすり寝ているから大丈夫よ」と言ったので、階段での二宮君とのことを話す事にした。
二宮君……。
君は本当に可愛いな。




