15 天敵登場
学校と言えば保健室。
保健室と言えば養護教諭。
男と女、どちらにしようか迷った結果
こうなりました。
お昼を食べ損なったあたしは放課後、またしても先生に手伝いを頼まれた。印刷室で資料をコピーし、届け終わるとクタクタ。
教室に戻るため階段を上がる足が重い。
あぁ、お腹すいた。
その時、上から声が降って来た。
「あ、ととっ!」
男性の様で何か慌てている。そして「ポスっ、ポスっ」と軽い音と共に階段を転げ落ちて来たのは購買で販売されているパン。
目の前に転がって来た袋に入ったパンを摘み上げる。
……食べたい。
「拾ってくれたんだ、ありがとう」
「いえ、どういたしまして」
持っていたパンを名残惜しいが返すと、その人は白制服で両手にパンを抱えていた。
羨ましい…一つ恵んでくれないだろうか。
「あれ?君もしかして桜川さん?」
「そうです。良くご存知ですね」
「まあね、四ツ谷が面白い一年見つけたって騒いでたから。一緒に居て見かける度に教えてくれて、いつの間にか覚えちゃったよ」
あたしは曖昧に笑いながら『うわっ。嫌な名前聞いてしまった』と思った。
パンを持ったまま先輩は一緒に生徒会室に行かないかと誘って来たが、それどころではなかった。微妙に世界が回っている。
「遠慮させていただきます。ご迷惑になりますし、ちょっと、無理かも……」
「え、桜川さん?大丈夫!?」
「……なんとか」
答えながら地面が近づいて来た。いや、あたしが近づいて行ってる。
ああ、侑吾君。君の言った事は正しかったみたいです……。
「まったくもう!無駄な努力なんてするからこうなるのよね!」
「まぁ、十字先生。怒らないで下さいよ」
重い瞼を持ち上げ、視界にぼやけながらも映ったのは白い天井と白いカーテン。それもベッドを囲うように付けられたカーテンだ。
げっ、嫌な予感。ここには絶対来ないようにしていたのに。
しかし聞こえてくる口調は予感が当たっていることを指していた。
自分を見ればブレザーは脱がされ、ネクタイと一緒に壁に掛けられている。ワイシャツは胸元までボタンが外されていた。
シャッ、とカーテンを開けて顔を覗かせたのは此処の住人で養護教諭の十字美晴。
飴色の長い髪を一つに束ね、ナチュラルに見せる完璧メイク。白衣の似合う綺麗な人。
吃驚して思わず肌蹴た胸元を隠した。
「あら、起きたのね。いちおう熱測りなさい」
「…はい」
「大丈夫よ、あんたの裸見ても私なにも感じないから」
ちょっと女のプライドを傷つけられました。
熱を測ると平熱で、倒れたのはやはり空腹だったからのようです。
ブレザーとネクタイを取り、カーテンを開けると十字先生と先ほど会った先輩が談笑していました。
「あら、終わった?熱は?」
「ありませんでした。あの、もしかして先輩が運んでくれたんですか?」
「うん、目の前で倒れたから焦ったよ。まさかパンが当たって、ってことはないと思ったけど見て見ぬ振りなんて出来ないからね」
「そうよ~。感謝しなさいよね、ちんくしゃ。で、何で倒れたのよ?」
「お昼ごはんを食べ損ねまして」
「やっぱり!だからあんたの体はツルテンなのよ!」
『ちんくしゃ』『ツルテン』?確かに凹凸の少ない体ですけど、改めて、しかも男性の前で言うことではないでしょう?
あたしがブスッとしていると、先輩はまだ持っていたパンを差し出してきた。食べて良いと言うのでお礼を言い、ありがたく頂く。何か飲み物が欲しいと思っていると、十字先生は冷蔵庫から小さいスポーツ飲料のペットボトルを取り出し、飲むように言ったのでそれもありがたく頂いた。
ようやく空腹から解放され、人心地つくとパンをくれた先輩が誰か思い出した。
生徒会会計の五嶋悠斗先輩だ。少しタレ目で濃い茶色のオールバックの髪型をしている。
「落ち着いた?」
「はい、生き返りました。ありがとうございます」
「これに懲りたら何でも良いから胃に入れなさいよね」
「誤解されている様ですが、先生。あたしダイエットしている訳じゃないですよ。三食きっちり食べてます。今日は時間がなくて抜いてしまっただけです。あと、『ツルテン』なのは成長途中だからです!」
「その成長とやら、止まってないと良いわね」
「余計なお世話です」
「二人とも落ち着いてください。ほら、桜川さん帰ろう」
睨み合うあたしと先生を引きはがし、先輩に半ば引きずられるようにドアまで来て、何か言ってやらないと気が済まなかったあたしは去り際、
「ありがとうございました。…………美晴先生!!」
「その名前で呼ぶんじゃねぇ!!」
「コラ!行くよ!」
何が美晴さ!あんた本名美晴だろうが!
ゲームをやっていて唯一慣れなかったキャラが男性養護教諭の十字美晴先生でした(攻略対象ではないのが救い)。
なにが許せないって…。あたしは女より綺麗な男が嫌なのよ!だってだって……勝てる気しないんだも~ん!!
ええそうですよ、嫉妬ですよ。なにか悪い!?
今のあたし“菜子”なら勝てると思ったけど…。
顔で勝てても口で勝てないぃぃ!!悔しいぃぃ!!
「あんなこと言ってはダメじゃないか」
「すみません、つい…」
「反省しているなら良いけど、今度会ったら謝るんだよ」
「……」
「返事!」
「は~い」
なぜか五嶋先輩と兄妹のような会話をしながら教室に向かう階段を上った。
改めてお礼を言い、名乗ると先輩もフルネームを教えてくれました。
この先輩は一見物腰の柔らかい青年に見えますが、実はかなり厄介な性格をしています。なんせ好きな人間のタイプは『使いやすい人間』ですから……。
「あ、そうだ。四ツ谷に君が倒れたって連絡しちゃったんだった。悪いけど生徒会室まで付き合ってくれないかな。あいつ心配してたよ、珍しいよねいつも他人を馬鹿にしてるくせにさ」
「行きたくはありませんが、恩があるので付き合わせて頂きます」
そしてあたしはまた地獄への扉を開けることになりました。
と言うわけで、菜子の天敵は十字先生でした。




