14 とにかく白を切り通せ。
お久しぶりの侑吾君です。
一条先輩に名前で呼ぶように言われた休日明け。朝、寮の食堂で侑吾君に会った。
相変わらずオレンジ色に近い茶髪をツンツン立たせ、曇りのない笑顔です。
「菜子!久しぶりだな、風邪ひいてないか?怪我してないか?」
「いつもメールありがと。体は至って健康だよ」
同じ寮、同じ学園でもタイミングが合わなければ顔を会わせることは難しいらしく、侑吾君とこうして会うのは入寮以来だ。
しかし久しぶりに会った第一声が『風邪ひいてないか?怪我してないか?』とは……。どんだけ過保護だ、あんた。と思わずにはいられない。
侑吾君は会うことはなくても頻繁にメールや電話をくれる。過保護だからだけではなく、恵さんとお母さんに頼まれたかららしい。ま、頼まれなくても彼ならやるでしょうが。
あたしと侑吾君は自然に並んで食事を取り始めた。
「ちゃんと朝は食べなきゃダメだぞ。そうでなくても菜子は食が細いし直ぐ貧血起こすんだから」
「大丈夫だよ、今だって目の前で食べてるでしょ。それに頻繁に貧血起こしたりしないよ、心配し過ぎ。それより今月末は中間考査だよ。勉強してる?」
「何言ってんだ。今月は始まったばかり、時間はある。焦る必要はない」
「……要するに、何もしてないんだね」
「おう!」
黒白学園のクラス発表の後あたしは侑吾君に『D組に入れてよかったね』と言った。A組を除いたクラスから見ればD組は中間の位置にある。勉強を見ていたあたしが驚いていると『なぁ、俺も吃驚。でも記憶ないんだよ、勉強のしすぎでラリってたんかな?』……。後で確認すると勉強で覚えた半分を忘れ、『あの時が学力のピークだったんだな』と開き直っていた。
だから今、楽観的に考えている侑吾君が心配だ。
黒白学園は新学期ごとにクラス編成がある特殊な学校で、A組でも容赦なく落とす。だから試験が近づくと上位のクラスの生徒は必死に勉強する。
侑吾君が良いなら良いのか?
でも恵さんは何て言うかな…。
黒白に入れれば何でも良いって言ってたし……。
ま、いっか。苦労するのは本人だしね。
「ところで菜子、GWどうするんだ?母さんが来るなら家掃除しておくって言ってたけど」
「あ~……。二日位は帰ろうかな、恵さんと彰君に会いたいしね。でも掃除は自分でするから大丈夫です、って伝えておいて」
「分かった。でも何で二日だけなんだ?」
「勿論、勉強のためです。寮も静かになるだろうし、ここならご飯作らなくて済むし」
GWか。本当は帰るつもりは無かったけど、恵さんに挨拶したいし、軽く掃除や換気の為に帰るのも良さそうだ。
侑吾君にそう言うと「じゃ、俺もそうすっかな」と言った。合せる必要ないのに…。
そこでハタと思い出す。GW中に侑吾君と寮でイベントが在ったことを。
「ダメだよ、せっかくの休みなんだから家にいなきゃ。彰君だって寂しがるよ、たまには遊んであげなきゃ!」
「でも菜子は寮に戻るんだろ?俺も一緒に、」
「ダ~メだって!何度言わせるの?あたしの事は気にしないで。携帯でいつでも連絡取れるじゃない。分かった?」
「…分かった。でも俺が居ない間に何かあったらすぐ呼べよ」
「うん。約束する」
約束するけど連絡はしないと思う。そもそも呼んだって女子寮に入って来られないし。
渋る侑吾君を何とか説き伏せた。だいぶ無理やりだったけど、イベントを起こしてはいけない。
問題のイベントとは、熱を出したあたしの為に侑吾君が女子寮の部屋に忍び込み、………添い寝する。という何とも心臓に悪いモノだ。
そりゃ小さい頃は一緒に寝てたわよ?
でもお互い微妙な年齢……無理でしょ!?
あたしは前世も今現在も男に対して免疫ないのよ!?
と言う理由で徹底回避させていただきます。
侑吾君と朝食を食べたその日の昼休み。真中さんと購買に行く途中、知らない女生徒達に「そこのあなた、着いて来て」と言われた。真中さんは心配そうに見ていたが、先に行くように言ってから女生徒に着いて行くと、人気の無い場所に連れて行かれた。そこは立ち入り禁止の屋上に続く階段で、昼間なのに薄暗い。
三人のお姉様方(多分年上)は不機嫌を隠そうともせず、睨んできた。
せっかく綺麗な顔しているのに勿体ない。
「あなた、一条様に慣れなれしいのよ。この間一緒に出掛けたのを見た人がいるのよ!」
「そうよ。一条様はお優しい方だから言わないだけで本当は迷惑しているの。そんなことも分からないの?」
「気安く話しかけないでちょうだい!」
あ~。やっぱり来たか。
いつか来ると思っていたが、まさか三対一での呼び出しになるとは……。
でもこそこそ嫌がらせされるよりは良い。対応が楽だからね。
あたしはこれ以上怒らせないように言葉を選びながら話し出した。
「失礼ですが訂正があります。まずあたしから話しかけたことはありません」
「言い訳が聞きたいわけじゃないわ!!」
「落ち着いてください。一条先輩に話しかけられて無視するなんて失礼なこと出来ません、そうでしょう?適当にあしらうなんて以ての外です。そっけない態度も先輩に不快な思いをさせてしまうかもしれません。だから先輩に話かけられたら誠意をもってお話しさせて頂いたんです。なにか間違っていますか?先輩を想うあなた方なら分かって下さると思いますが……」
そう言うと言葉を詰まらせ、お姉様方は顔を見合わせていた。
どうやらあたしの言った言葉に対して反論できないらしい。これは先輩を想う気持ちを利用したちょっと卑怯なやり方です。
「でも」と一人の女生徒が口を開きました。
「この間一緒に出掛けていたじゃない!それはどう説明するのよ!」
「それも勘違いです。第一、二人でなんて出かけていません」
「でも貴女と一条様を見たって人がいるのよ!?」
「見間違いです。絶対にあたしだったと言う証拠があるんですか?ありきたりな言い方かもしれませんが、世の中には同じ顔をした人物が三人居ると言います。これは水掛け論に等しい会話ですよ?敏い先輩方は分かって下さいますよね?」
証拠がないものほど丸め込むのが簡単なものはない。
こう言った場合に大切なのは自信を持って白を切ること。要するに言った者勝ちである。そしてそこに嘘と真実を混ぜて話すと、より騙しやすい。
こんなせこい事、やっちゃいけないけどこの状況は仕方ないよね。
「……今回は見逃してあげるわ」そう言って帰って行きました。
「憶えてろよ!」と同等のなんて素敵な捨て台詞……。
外のウッドベンチに行くと真中さんは「大丈夫だった!?」と訊いてきた。
あたしが「うん、何も無かったよ」と笑って言えば、安心したのか封を切っていないパンを勢い良く食べ始めた。
「もう!本当に心配したんだからね、なかなか戻ってこないし!」
「ごめんね、でも大丈夫だったよ。話したら分かってくれたもの」
「ナチが謝ることじゃないでしょ!?ホント、生徒会ファンって性質が悪いんだから!!」
どうやら真中さんは食べずに待っていてくれたみたいで、呼び出した先輩方に腹を立てながら忙しく口を動かしていた。
真中さんがあたしを『ナチ』と呼ぶようになったのは、こうしてお昼を一緒に取るようになってからだ。
『なっちゃん』から『っ』と『ゃん』を抜いて『ナチ』になったもようです。
……ややこしい。
「ねぇ、真中さん、」
「ちょっと!美穂で良いってゆったでしょ!?」
「じゃ、美穂。予鈴鳴ったよ」
「キャー!!早く言って!」
授業には間に合いましたが、お昼は食べそこなってしまいました。




