13 不意の笑顔は予想外の破壊力。
ダラダラと長くなってしまいました(--;)
「今の時期でも昼間は日差しが強いものなんだな」
「……そ~ですね」
「いやぁ、一条先輩と一緒だと注目の的ですね。みんな振り返ってすよ」
と、椿は楽しそうに言った。あたしは全く楽しくない。注目されることに慣れていないからだ。でもさすがに一時間も視線の渦の中に居れば気にならなくなった。一人じゃないし、気にしすぎも良くないですから。
駅で待ち合わせして一緒に目的地まで歩いている訳だが……。同じ寮から時間を決めて待ち合わせしたんだ、結局同じ電車になるだろうと思っていたら本当にそうなった。
電車を降り、改札を出て西口に向かう途中で会長を発見した。背筋を伸ばし颯爽と、優雅に歩く姿が綺麗で思わず見とれたのは絶対に内緒。
「もう少し観察しよう」と言う椿を引っ張り、一人待つ会長に話しかけると一斉に近くにいた女性からの視線を感じ、怖くなったが気にしていたのはあたし一人……。会長は無反応、椿は関しては気にしていなかった。
会長に関しては慣れているだろうから分かるとして、椿は?
そう思って見れば会長に「いい天気ですね!」と体育会系のノリで話しかけている。
…気にしていないと言うより、気付かないが正解みたいです。
会長も普通に受け答えしているのを見ると、椿は苦手な人間ではなさそう。彼は苦手な人間、または嫌いな人間に関して手加減を知らなそうですからね。
「お前に割く時間など無い」とか素で言っちゃいそう……。
あの綺麗な顔で表情無く言われたらトラウマになってもおかしくありません。学園で遠巻きに見ているファンの子の中には、既に言われた子もいると思いますが、それでも見たいと思うガッツのある子は絶対に居るはずです。そう言う子が牙を向くと厄介です。
……もっと厄介なのは陰で真剣に思っている子ですが。
目的地のショッピングモールに着くと、まず洋服を買います。手持ちのバッグは小さいので服を買った袋に購入した商品を入れるのが慣例。一つに纏められるので結構楽です。
あたしがカーディガンを探し店内を歩いていると、会長は一歩後ろをキープしつつ無表情で着いて来ました。
「何を探しているんだ?」
「カーディガンです。軽く羽織る物が欲しくて。……それより会長、無理して着いて来なくて良いんですよ?辛いなら帰ったらどうですか?」
「いや、こういった事は経験がないからな。案外面白い」
「経験がない?買い物がですか?」
「誰かと買い物に出かけたことがないんだ。必要な物は頼めば直ぐ用意されていたし、不要なことはしなかったからな。のんびり休日を過ごすことも久しぶりだ」
そう言えばこの人はお育ちの良いお坊ちゃまだった。確か両親は上流階級の位置にいるにも拘わらず、穏やかで優しい普通の感覚を持った人間のはず。ゲームの中ではそういう設定だった。まさか設定まで変わっている訳ないだろうから、これは会長本来の性格が大きそうだ。
しかし、友人と出かけることが不要のカテゴリーに入っているのは何と言うか……。
あたしみたいな本当の一般人がこんな風に思うのは烏滸がましいかもしれないけれど、可哀想なことなのではないか?
それが当たり前だと思っている会長は大丈夫なのだろうか……。
なんか将来が心配になって来た。
「会長は四ツ谷先輩と友人なんですよね?一緒に遊んだりとかは…?」
「ないな。海もそう言うタイプではないし、何より俺達は外に出ること自体少ないから」
あっちゃ~…。唯一と言って良い友人の四ツ谷先輩まで同じ人種とは……。
ああ、だからあの人あんなに性格黒いんだ。それだけがあの裏の性格の原因ではないだろうが、一因ではある気がする。
これだから知識と地位ばかり高くて人に揉まれて来なかったお坊ちゃまはダメなんだよ。
かと言ってあたしがどうこうする事ではないし。
でも話聞いちゃったし……。
あ゛~~!もう!!
「会長、大人の社会で学ぶことはその時が来れば嫌でも学べます。高校生でいる内に学ぶべきこともあるんです、子供だからこそ学ぶべきことが。あなたはそれが何かを知らずに大人になった時、過去を振り返って後悔するかもしれません。と言うより、後悔しない人間になるべきではないんです。不要か必要かなんて二通りの考えしか出来ない人は過去も不要とみなして切り捨ててしまいます。それはとても悲しいことなんです。自分の人生を捨てるんですから。そんな人にはならないでください」
「高校生で学ぶこと、か…。それは一体なんだ?」
「う~ん。例えばですねぇ……」
カーディガン選びもそっちのけで熱く語ってしまいました。
具体的に何を学ぶかなんて人それぞれ違うことなので、訊かれるとかなり困ります。いざ言葉にしようとすると難しいものです。
とりあえず、前世では高卒を果たしたのですから参考になればと思い出してみたものの……。自分の失敗や恥ずかしい事ばかり思い出してしまいました。若かったとは言え、今思い出すと痛いですね。
でもあの時間はその時にしか得られないモノでした。失敗したことも恥ずかしいこともあったけど、嬉しい事や楽しい事だって確かにあったんです。それはどちらも一人ではなく、友人と過ごした中での出来事……。
「まず友達と遊ぶことから始めましょう。自分以外の同年代と接することも価値観を育てるには大切な事ですよ。まずあたしのカーディガンを選びましょう。一緒にと言うことが大切ですから、そこを忘れないように!」
「友達と遊ぶ……。その前にお前は俺の友人ではないと思うが?」
「難しいことは考えない!今回は特別です。練習だと思ってください。ほら、行きますよ」
会長と店内を見周り最初は不慣れなため、どこをどう見れば良いのか分からない様子でしたが、持ち前の飲み込みの速さで次々商品を探しだし、最後に選んだのはコットン糸を使用している長袖のカーディガン。淡いピンク色をしていて甘く編まれており、風通しが良さそうです。畳めば小さく持ち運びにも便利ですね。
さすがセンスが良い。あたしの希望通り値段もお手頃で良い買い物が出来ました。
「ありがとうございました、会長。で、どうでしたか?」
「いや、よく分からないが…。自分が選んだ物で礼を言われると良いものだな。今まで利益有の贈り物ばかりだったから新鮮だった」
「何事も経験です。枠に囚われず、自分の思うままに行動してください。失敗もすると思いますが、案外良いものですから」
「……善処しよう」
あたしの買い物が終わると、椿も丁度終ったらしく次に行こうと言ってきた。
移動したお店では会長が熱心に何かを見ていたので、気になって盗み見るとそれは携帯に付けるストラップだった。
細い革製品で色も豊富にある。会長が手に取って見ていた色は青。鮮やかな青ではなく、インディゴブルーと呼ばれる青だった。今日の服装からするにシックで落ち着いた物が好きなんだろう。
でも熱心に見ていたにも関わらず購入せず、そのまま商品を戻してしまった。
買い物を終え、コーヒーショップで一息。
あたしはアイスミルクティ、会長はブレンド、椿は抹茶ラテとお腹が空いたと言って、ボリュームたっぷりなマフィンを二つも注文した。さすが運動部所属だけはある。そう言えば寮の部屋でも夕飯の後、足りないと言って買い置きのパンを良くて食べていた。
椿は買い忘れた物がある、と急いで食べてお店を出て行ってしまった。直ぐに戻ると言っていたので飲み終わるまでには帰ってくるだろう。
その内にと、あたしは鞄から小さな袋を取り出し、会長の前に置いた。
向かいに座っている会長はその袋をじっと見ている。
「どうぞ」と促せばようやく袋を開けた。それは先ほどのお店で熱心に見ていたストラップ。
「ガーディガンを選んでくれたお礼と、会長が一歩進んだことに対するお祝いです」そう言うと無表情が珍しく崩れ、驚いていた。そんなに可笑しな事をしただろうか……?
「なぜ…?」
「なぜって……。さっき言ったじゃないですか。それ以上の意味なんてないですよ。要らなければ仕方ないですが…、違う人にあげます」
やっぱり要らなかったか。残念に思いながらストラップに手を伸ばすと遮られ、「頂く」と少し照れながらも言ってくれた。
押しても…ってことでしょうか。意図的にやった訳ではないが、結果上手くいったのでしてやったりです。
「これは先ほどの店の商品だな」
「はい、会長良く見ていたので好きなのかと思ったんですが、違いましたか?」
「……」
「会長?どうしたんですか、会長」
先ほどまで機嫌良さそうにしていたのに何がきっかけになったのか急に眉を寄せ、腕を組んで横を向いてしまった。
本当に一体どうしたのか……。
「俺の名前は会長じゃないんだが」
「知ってますよ。会長が名字か名前なら驚きです。あ、でも世の中には居るかもしれませんね」
「そうじゃなくてだな……。海は四ツ谷と呼んでいるのに、なぜ俺は会長なんだと言っている」
いや、言ってないし。心の中で思わず突っ込みが入りました。
どうやらこれが食堂で言いたかった事の様です。さらっと言えば良いのに回りくどいったらありゃしません。
名前で呼んで欲しければそう言えば良いのに……。
でもあたしはゲームをやっていたので会長のフルネーム知っていますが、“今”のあたしは本人から聞いていません。この場合、失礼承知で訊くべき……なんでしょうね。
「じゃ、名前で呼ばせて頂きます。ので、名前を教えてください。あたしも教えますから」
「……入学式の挨拶、聞いていなかったのか?」
「はい、全く」
「……呆れた奴だな。まぁ良い、一条高天だ。高い天と書く」
「一条先輩、ですね。あたしは桜川菜子です。改めてよろしくお願いします」
「菜子か……。可愛らしい名前だな」
うわっ!なにその反則技!!甘い言葉+微笑み=破壊力あり過ぎ!!
一条先輩の周りだけ一瞬にしてここがお洒落なカフェに見えました。
一条先輩はやっと満足したらしく、柔らかな表情をしています。ファンの子が見たら惚れ直し、それ以外の子が見たら惚れる破壊力です。しかしあたしはスチルで見ているので免疫があります。それでも見惚れるのですから、やっぱり二次元と三次元の差は大きいと言うことですね。
椿が「安く買えちゃった!」と嬉しそうに戻って来た時、あたしは顔の赤みを隠すのに大変でした。 駅で先輩と別れ、椿と一緒にドラッグストアで今日最後の買い物です。買うのもが女の子専用の物だったので、先輩には先に帰ってもらったのです。まぁ、本当は一緒に帰るなんて怖くて出来ない。と言うのが本音なんですけどね。
*一条高天
黒白学園生徒会会長
他人と自分の感情に疎い子
好きな人間は『使える人間』
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