少年日記 side~四ッ谷~
今回は四ッ谷先輩視点です。
可愛がって下さいm(__)m
今、生徒会室には俺と五嶋しか居ない。高天は珍しく忘れ物をしたと、入学式が行われた講堂に使った資料を取りに行っている。
生徒会役員は会長の高天、会計の五嶋、書記で一年の二宮。それと副会長の俺で四人と言う少なさ。これは少数精鋭をモットーとしているためだ。だがさすがに少なすぎる。
雑用なんかはそこら辺に居る生徒を引っ張って来て手伝わせたいくらいだが……、まぁ、無理だろう。原因は見目麗しい高天のせい。いや、高天のせいにするのは失礼だな。勝手に騒ぐ奴らが馬鹿なだけだ。男を引っ張って来たとしても結果は変わらないだろう。
「一条遅いね。資料取りに行っただけだろ?四ツ谷じゃあるまいし、どっかで油売ってるって言うことはないもんな。……誰かに捕まったか?」
「五嶋……。一言多い。その内戻って来るだろ」
そして戻って来た高天は珍しく眉間に皺をよせ、何があったのかと問うと表情を緩ませていた。五嶋曰く『人間らしい顔』。たしかにそうだと思った。長年の付き合いの中でも珍しい。感情を表に出すことなど滅多にない高天が素直に出している。
何があったのか結局その日は聞けなかったが、答えは次の日明らかになった。
春眠暁を覚えずとはよく言ったものだ。朝は眠くてしょうがない。と言っても、俺は四季関係なく朝は弱いが。
寝癖頭のまま食堂に行くと、高天が珍しく誰かと居た。あくびをしながら近づく、一緒に居たのは真新しい黒の制服に身を包んだ女生徒。小柄で兎のように目がクリクリしている。茶色の長い髪が良く似合っていた。
良く見れば高天はその女生徒の腕を掴んでいる。掴まれた本人は誰が見ても嫌がっているが、フィルターがかかった女子からすると、そうは見えない可能性が高い。その事を高天が分かっていないはずは……、否、その可能性はあるな。コイツは頭が良い癖に鈍いから。
助け船のつもりで「どうした」と問うと、分かりにくいがムっとした顔をして女生徒を解放した。
あれ?もしかして俺、お邪魔しちゃった?
自由になった女生徒は俺に挨拶をすると去り際、
「会長にご飯食べさせた方が良いですよ。血糖値上げないとイライラしますからね」
と言い残して食堂を出て行った。
あの子が座っていただろう席に腰を下ろすと、前の席に座る高天の表情がよく分かる。
「なに、あの子?お前から絡むなんて初めてじゃないか?」
「しらん!」
高天は湯気の出ていない冷めたコーヒーを一気に飲み込み、立ち上がった。
「どこに行くんだ?」
「……朝食を取りに行って来る」
「あはは!なんだ、あの子が言った事、気にしてたのか?」
笑われたのが気に入らなかったのか、逃げられたのがショックだったのか、それとも両方か。正しい事は分からないが、高天が自分から誰かに興味を持ったことが嬉しかった。
それから俺達は向かい合って食事をした。
「そう言えば、昨日はどうしたんだ?」
「……食事中だ」
いつもはそんなこと言わない。昨日の事を言うまで表情の無い綺麗な顔をしていたのに、急にまたムッとした顔を作った。
――なんだ、あの子か。
その時分かった。昨日、生徒会室に戻って来るのが遅れたのは、あの子絡みだ。そしてそれは高天にとって煩わしい事ではなく、むしろ新鮮で楽しい事だった。だから今日、食堂で会ったあの子ともう一度話したかったんだろう。
なのに逃げられた……?正しくは俺が邪魔した?
……否、どっちみち口下手な高天ではスムーズな会話は無理だったろう。どうせ名前も訊けず仕舞いに違いない。
食事を終え、部屋に戻って一休みしていると五嶋が許可も無く部屋に乗り込んできた。ドアを開ける音で吃驚した俺は慌てて起き上がる。
ん?起き上がる?
「おはよう、四ツ谷。どうせ二度寝していると思ったよ。僕はもう行く。起こしてもらったことに感謝しな」
「んあ…?ああ、悪い。俺も行くわ」
五嶋は登校前に俺の部屋に来る。それは一年の時、寝坊の常習犯として反省文を書かされた時から始まった。
「四ツ谷?君は生徒会の人間として、生徒の手本となるべき自覚が無いのかな?」
「いえ、あります……」
「ほう…。返事は立派だね?そうだなぁ、僕が登校前声を掛けてあげよう。それでも遅刻したなら……………。ねぇ、分かるよね?」
あの時俺の頭の中では、幽霊の出現時にテレビで良く使われる効果音が流れていた。黒い笑顔に拍車が掛かり、背筋まで凍りそうだった。
荷物を持って外に出ると、高天も居た。珍しく3人で登校することにしたが、共有玄関で案の定色めき立つ女生徒に囲まれる。
五嶋は「おはよう」と軽くかわし、高天は無言で歩く。外から見ると見事に性格が出て面白い。俺も「うん、おはよー」と適当にかわした。
目線を前方に向けると、食堂で高天に絡まれていた女生徒が居た。呆気に取られた様子でこちらを見ている。
まぁ、確かに異様だよな、これ。
わざと「あっ!」と指をさすと、小回り良く逃げられてしまった。
「どうしたの、四ツ谷。一人で笑って気持ち悪いよ?」
「いや…、なんでも…」
後ろに立つ五嶋は気付いていないが、高天の顔が面白い事になっていた。分かりやすく言えば拗ねている。まるで幼児が頬をプクっと膨らませている様だ。そこまではさすがにしていないが、俺にはそう見えて笑いが止まらなかった。
「あ~、つまらん!!」
「いつもギリギリで登校するくせに、珍しく僕らと来るからそうなるんだよ。喧しいし、そんなに暇なら散歩でもしてきたら?」
「喧しいって……。24時間キツイ男だな、お前は」
半ば追い出される形で教室を出た俺は、何気なく図書室に向かった。あそこは朝は利用者が滅多にいないので、休憩するにはもってこいだ。
誰か居たら厄介だな。そう思いながら静かに中に入ると、視界の端に茶色いものがふわふわしていた。それは髪の毛で、持ち主は今朝のあの子。
好奇心に駆られ、隠れて様子を見た。息を殺しているとは言え、後ろの棚に居る俺に気付かないとは……。彼女は何かに熱中すると周りが見えなくなるタイプかもしれない。
真剣な顔で読んでいるかと思うと、時折口元を隠して小さく笑った。
始業開始約10分前。本を戻した彼女は「ん~~~」と声を出して背伸びをする。
誰も居ないと思っているのだろう。思わずクスクス笑ってしまった。そして俺が居ることがばれた。
「誰か居るんですか?」
「ごめん、俺。君、今朝食堂で高天に絡まれてたでしょ?」
「そう見えたのならそうなんじゃないですか。教室に戻りますので失礼します」
興味なさそうに答えた彼女はさっさと帰ろうとする。慌てて俺は呼び止めた。
「俺のことしってる?」そう問うと高校入学組だから知らないと答えた。
嫌味になるかもしれないが、俺は目立つ。A組の生徒、しかも生徒会の副会長の俺を知らないとは……。
良く考えればこの子は高天に対してもこんな調子だった。係わりたくないと声に出さずとも伝わって来た。
帰る彼女に呼びかける。次は名前教えて、と。すると「機会があれば」と返される。
彼女が出て行った図書室には俺一人……。
「……ブフッ…。フフ、アハハ!」
思わず声を出して笑ってしまった。
面白い。面白いよ、あの子!
高天、お前が見つけたあの子は、きっと特別な存在になる。俺が保証する。
だからどんな手を使っても、俺はあの子をお前にプレゼントするよ。嫌われたって痛くも痒くも無いしな。
俺にとってあの子に嫌われることより、それ以上にお前に人と係わる事の面白さを知って欲しい。
一人で完結しようとするな。他者との係わりを拒絶しないでくれ。俺も親父さんもそんなこと望んじゃいないんだ。
俺が辛い思いをしたことは事実だが、お前と係わって不幸を感じたことはない。
だから怖がらないでくれ。