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少年日記 side~高天~

入学式を終え、生徒会室に戻ると忘れ物に気付いた。

春だから気が緩んだか?

自分らしくもないそんな考えに、思わずため息が出た。


「今日使った資料を忘れて来た。講堂に行って来るから進めていてくれ」

「珍しいね、一条が忘れ物なんて」

「煩わしいのが寄って来る前に戻ってこいよ」


生徒会室を出て、入学式が行われた行講堂へ急いだ。

春の陽気に誘われたかのように、校舎内には生徒が残り、話に花を咲かせている。それは廊下を伝わって響いていた。さすがに新入生で残って居るのは少ないようだ。


講堂に向かう途中、校舎裏に巨木桜が空を覆うように咲き乱れている。ふと視線をそちらに移すと、小柄な女生徒が桜の木を見上げていた。

長く柔らかそうな栗色の髪を、桃色の花びらが幻想的に映し出す。


「誰だ。……新入生か?用がないなら早く寮に帰れ」

「……げっ」


用もないのに校舎に残る意味が俺には理解出来ない。真新しい制服からして新入生だろう。

声を掛けると、その女性徒は俺を見て嫌そうに顔を歪めた。そして足早にこの場を去ろうとする。

目も合わせず、逃げるように歩き出した腕を思わず掴んだ。


――細い。


小柄な外見通り、腕も細い。俺の指が余っている。

男とは違う柔らかな感触に、風に乗って香る甘い香りに、心臓が鼓動を大きく刻む。


これまで顔を見て嫌そうにされたことなど無かった。つい零れただろう言葉の意味を問えば「意味など有りません」と答える。

今まで接してきた女生徒は、俺が問わなくても勝手に喋り続け、訳も無く騒ぎ出す。だが、いま目の前に居るこの女生徒は口をへの字に曲げ、尚且つ眉間に皺まで寄せて俺を見上げていた。


「随分不細工な顔なんだな」


つい思ってもみない言葉が口から出た。

案の定、女生徒は引き攣った笑みをしている。

女性に対して失礼なことなど言ったことなど無かった。だが、どんな反応が帰って来るのか、ちょっとした好奇心がそうさせた。


「そうです、不細工なんです。会長はとても見目麗しい容姿で羨ましいです。惚れぼれしますね。では、さようなら!」


力ずく腕を引きはがし、走り去る後ろ姿をただ見送った。



生徒会室に戻ると、海と五嶋は仕事をしておらず、簡素なソファに座って休憩していた。俺が戻ったのを確認すると「遅かったな」と、横になったまま海が言った。

自分に与えられた机に持っていた資料を置き、二人の居るソファに向かう。

海が一人で占領しているので俺は五嶋の横に腰を下ろした。


「どうした?眉間に皺、寄ってるぞ」

「ん、どれ?あ、本当だ。面白いね、ちゃんと表情筋あったんだ」


海は体を起こし俺の顔を覗きこんだ。五嶋は面白そうに観察している。

俺の顔は普段そんなに表情が無いのだろうか……?

自覚はしていなかったが二人は言うならそうなのだろう。

……そう言えば、以前話かけてきた女生徒に「無駄話に付き合っている暇はない」と言ったら「怖い」と言って泣かれたことがあったな。

そうか、俺の顔は怖いのか……。


「俺のことはいい。それより進んだのか?」

「ああ、切の良いとこまで終わってるよ。これなら二宮も文句ないだろうね」

「そう、仕事は終わった。だから今は高天だ。何があったんだ?また女に迫られたか?それとも男に絡まれたか?」

「……いや………」


桜の花弁が舞う木漏れ日の下。栗色の柔らかい髪が風でふわりと膨らむ。目が合うと一瞬驚いた顔をして、直ぐに困った表情を作る。

それは思い出しただけで気持ちが緩むものだった。


「高天……。お前、今自分がどんな顔しているか分かってるか?」

「なんだ?言っている意味が分からない」

「あら~、自覚なし?かなり良い顔しているよ、一条。とても人間らしい顔だ」


鏡が無いから確認出来ないが、自覚は無い。

人間らしい顔?俺は元から人間だ。だがそんなこと言えば五嶋は面白がって更に要らないことまで言うだろう。




次の日早く目が覚めたので食堂が空くのを見計らって行くと、昨日の女生徒が一人で座って朝食を食べていた。

俺はカウンターでコーヒーを淹れ、女生徒の前に座った。

気付くだろうか。いや、気付いてほしい。そう願っている自分が居ることに驚いた。

音を立てて椅子を引いたのでさすがに気付いた様だ。

顔を上げ、目が合うと再び視線を下に戻し、残りを急いでかきこんでいる。

小さい口を忙しなく動かし、食べ進める様は小動物のようだ。見ているだけで面白いと思ったのは、初めてかもしれない。


最後の一口をお茶で流し込み、席を立った。思わずその腕を取る。

意識せず動いた自分に動揺し、ならば今度は逃げられないようにとしっかり掴んだ。

困惑しているのがよく分かる。スッと表情が無くなり、


「……おはようございます、会長。朝食はしっかり取った方が良いですよ」


そう、冷たい声で言った。そんなに俺はお前にとって邪魔な存在なのか?

ツキンと小さく針を刺されたような小さな痛みを胸に感じたが、理由が分からなかった。

いつもと違った状況に、俺はイラついているのだろうか?


「しらじらしい。昨日の勢いはどうした?」

「何のことか分かりません」


今の俺もまた、表情無く会話しているのだろう。それは周りの反応で分かった。どうやらこの女生徒が俺に絡んできたと思われている様だ。

違う、こんな話をしに来たのではない。まだ訊いていないことがある。


「おま、」

「おはよー高天。今日も相変わらず形状記憶合金顔だね」


口から出た言葉は、海によって遮られた。相変わらずの寝癖頭でやる気のない格好だ。

一つあくびをすると、手元を見てきた。「どうしたんだ?」訊かれて『何をやっているんだ』と言う気持ちになった。

一人の人間、しかも女性に固執するなど俺らしくない。「早く行け」と手を放すと海に、


「会長にご飯食べさせた方が良いですよ。血糖値上げないとイライラしますからね」


と、わざわざ言い残して出て行った。

なんなんだ、あいつは。理解出来ない。



「なに、あの子?お前から絡むなんて初めてじゃないか?」

「しらん!」


やはり落ち着かない。自分の事が分からないことなど、今まで無かったのに。

温くなったコーヒーを一気に飲み干す。独特の苦みが口に広がった。

カップを持って席を立つと、海が不思議そうに訊いてきた。


「どこに行くんだ?」

「……朝食を取りに行って来る」

「あはは!なんだ、あの子が言った事、気にしてたのか?」


別にそうじゃない。ただ空腹が感情に影響を及ぼすのは一理あると思ったからだ。

馬鹿みたいな言い訳を自分にして、先ほどまであの女生徒が食べていた朝食を取りに行った。


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