93 違和感は増していく
よろしくお願いします。
だからと言って直ぐに会えるわけがない。さんざん傷つけておいて、どの面下げて会うのか。放課後になるのを待つしかなかった。
普段の授業もまとも受けていないが、今日は特に酷かった。何度も五嶋が注意報してきたが、それすら耳に入らなくて、高天まで体調不良だと心配していたほどだ。
「うわっ、授業終わってる!」
いつの間にか寝ていた俺が起きたときには、既に放課後になっていた。顔を上げると白い物が視界を遮る。額に貼られたそれを取って見ると、『良く寝ている様なので置いていくよ。10分遅れる毎に仕事倍だから』と五嶋直筆のメモだった。
「起こせよ!」
五嶋が倍にすると言って倍になった試しがない。3倍は覚悟が必要だ。ただでさえデスクワークが苦手な俺に、そんな量の仕事が出来るはずがない。五嶋は分かっていて書き残して行ったのだろう。あの腹黒男がやりそうなことだ。
鞄を肩にかけ、急いで生徒会室に向かった。学園祭準備中の校内は浮き足だっているようで、笑い声や走り回る音が絶えず聞こえてくる。
生徒会室のドアの前、ノブに手を掛けるのも躊躇する。こんなに緊張したのは初めてだ。
「悪い、遅れた」
中に入るとみんな机に向かってペンを走らせ、電卓を叩いていた。俺の机には今まで見たことも無いくらいの紙の束……。やっぱり倍じゃないな、あの量は。
「やっと来たね。ほら、四ッ谷のために仕事を残しておいてあげたよ」
「はいはい、ありがとうございます」
席に着いて紙の束を作業しやすいように整理し、早速取り掛かった。中には俺の管轄外の物まである。後は纏めるだけのようだから俺でも出来るが、本当に五嶋は容赦ないな。
「一条先輩、これお願いします」
「ありがとう、そこに置いてくれ」
高天の後ろには付き人のように菜子が立っていた。その顔に泣いていた跡は見られない。良かったと思う反面、高天の近くに菜子が居る。自分が望んだ事なのに、酷く不快な感情が沸き上がった。
俺以外の奴らは今日の分の仕事が終わり、一休みしてから帰るらしい。ソファに座ってお茶を飲み始めた。その隣には、当然のように菜子が座っている。しかも、寄り添うように……。
何故だか違和感を覚えた。菜子はこんなふうに高天の近くに座ったことがあっただろうか。俺の記憶に間違いがなければ仕方なく隣に座るときも、少し離れて座っていたはずだ。
その証拠に笑顔だから分かりづらいが、五嶋が不機嫌になっている。笑いながら静かに怒るとは、五嶋は器用だな。
「今度何か作ってきますね、一条先輩は何が良いですか?」
「いや、俺は菓子については良く分からないからな、何でも良い」
「僕は菜子ちゃんが作ってくれるなら何でも嬉しいな。本当は僕の為だけに作って欲しいけれど」
五嶋の歯の浮くような台詞に、菜子は笑って誤魔化している。普段だったら反応して言い返すはずなのに……。やっぱり、まだ本調子じゃないのかもしれない。
夏期講習が終わり、実力テストも終わった。生徒会の仕事もようやく落ち着いて来たが、学園祭準備はこれからが本番だ。机に向かう時間より、校内を走り回る時間が多くなった。
それに比例するように、俺の中の菜子への違和感も増していく。高天も五嶋も二宮も気付いていない。でも確かに変なんだ。どこがと言われると答えられないが、俺の中の何かが違うと告げていた。
「あれ、二宮は?」
「クラスの手伝いに行ったよ、終わったらそのまま帰るってさ。そう言えば四ッ谷、菅谷のこと学園祭に誘ったのかい?」
「俺が知るかよ、大道寺に聞け」
「冷たいねぇ、菜子ちゃんはどう思う?」
学園祭はチケット制だ、制限はあるが外部の者を誘う事が出来る。体育祭以降、菅谷とはたまに連絡を取っている。仕事は大変だが、認めてもらえることが嬉しいと言っていた。
大道寺の仲はまだギクシャクしているが、前よりはましだ。照れもあるが、俺と大道寺が仲良く肩を組むとか想像出来ない。怖すぎる。今の関係で充分だ。
「大道寺先輩が誘っているんじゃやないですか?」
「……それだけか、菜子」
「四ッ谷?」
菜子は五嶋に話を向けられ、素っ気なく答えた。俺達に隠れて動き回っていた菜子が、菅谷の話が出たのに食い付いてこないのはおかしい。俺達の中にあった誤解が解けたことを喜び、涙した菜子の反応とは思えない。
「どうした、海?」
座っていた高天が空気が変わったことを不審に思い、諌めるように俺の肩に手を置く。
ずっとおかしいと思ってた。菜子は笑うとき、ちょっと顔を伏せるんだ。話しかけられれば照れたり嫌そうな顔したり、感情が表情に出るんだ。なのに今の目の前に居る菜子は人の好意を素直に受け止め、人との距離を取ろうともいない。
そうだ、何でこんな簡単なこと、気付かなかったんだ。そもそも菜子は俺が高天を選べと言ったからといって、素直に高天を選ぶはずがない。まず第一に俺を怒るはずだ「ふざけないでください!」と、「人の気持ちが簡単に移ろう訳がないじゃないですか!」と。
「……悪い、何でもない。あ、そうだ菜子。悪いけど残りの仕事手伝ってくれ、あと少しで終るからそんなに時間は掛からないと思う。高天と五嶋は先に帰っていてくれ。帰りはちゃんと送るから心配するな」
渋る二人を先に帰した。今、生徒会室に居るのは俺と菜子の二人。「どれを手伝えば良いですか?」と言う菜子を制した。
「無いよ、仕事。お前に確認したいこどがあったんだ。……菜子、お前は誰だ?」
俺の言葉に菜子は静かに微笑んだ。
次回もよろしければお付き合いくださいm(_ _)m




