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少年日記 1

今年もまた桜の季節がやってきた。

窓から見下ろした先には、着慣れていない制服を身に纏った新入生の姿。黒い制服の中にポツポツと見える白の制服。それはこの黒白学園では一種のステイタスになっている。


「一条会長」


生徒会室に落ちる男子生徒の声。まだ少し高い声は声変りを終えたばかりかもしれない。

窓の外を見ていた一条は呼ばれて振り返る。

春の日差しを受けた一条の髪は一層黒く艶やかだ。表情を映し出す事の少ない顔には、彫刻の様に象られた美しい顔が在った。


「二宮か、入学式まで手伝わせて悪かったな」

「いえ、僕はもう生徒会の人間ですから気にしないでください。時間ですので教室に行きます」


丁寧な一礼をした二宮は生徒会室を出て行く。その後ろ姿を生徒会のメンバーは見送った。

椅子に座って机に脚を乗せていた四ツ谷は、「行儀が悪いよ」と五嶋に後ろ頭を叩かれる。


「二宮はやっぱり来たな」

「そうだね、あの子はずっと追いかけているから、見失わないように必死なんだろう」

「だからって自分も出席する入学式の準備までやるか?」

「それが二宮なんだよ。可愛いじゃないか」

「可愛い、ねぇ……」


五嶋の発言に四ツ谷は「俺には無理しているようにしか見えないけどな」と小さく零した。


「そろそろ行くぞ」

「そうだね」

「はぁ~。校長の話長いんだよなぁ」


一条が先を行き、四ツ谷と五嶋が後に続いた。

講堂に移動してしばらくすると新一年生が入ってくる。新しい制服、環境に緊張しているのだろう、表情が硬い。中等部からの持ち上がり組も高等部では寮生活になる。新しい環境に身を置くのは皆一緒だ。


生徒代表挨拶で一条が壇上に上がると、ため息が漏れた。


「……見目が良ければ何でも良いのかよ……」

「しかたないよ、綺麗なものを見たら見惚れるのは普通だろ?人間はそんなもんさ。自分に無いものを欲しがるなんて素直じゃないか」

「……俺は五嶋みたいに受け入れられない」

「お前もいい加減、一条の影に隠れるの止めたら?」

「それが出来たら苦労しない」

「確かに。四ツ谷のは根が深いもんな」


二人の視線の先には背筋を伸ばし、生徒の前で堂々と話す一条の姿があった。その顔はやはり表情を映さない。




一条の両親は仕事の忙しい人だった。父親の付き人や家政婦が常に家に居たが、一条は“甘える”と言うことをしなかった。母を大切にし、自分を大切にしてくれる父親が一条の誇り。父の後姿をみて育った一条は自分もそうなりたいと努力をした。それが当たり前で普通。


そんな一条と生まれた時から友人として育った四ツ谷の両親は、どこにでもいる普通の人間。だが、一条の両親は気にしなかった。両親同士もまた学生時代からの友人だったからだ。

称賛を受ける一条の傍で、幼い四ツ谷は誹謗を浴びた。両親だけではなく、一条家までも貶める態度を取られた。


「ふざけるな!自分より優れた人間をなぜそうも非難する!?」


声を大にして叫んだところで伝わるはずなど無い。そして更に心証を悪くした。

日に日に荒む四ツ谷に「海が下を向くことはない。俺が海を守る」と誓い、それから更に努力を重ねた。

海は守られるだけのガキは嫌だと、八方美人に徹した。相手の求める言葉を言い、相手の求める態度を取る。すると面白いくらい避難していた人間は静かになった。

それから四ツ谷は一条を影から支えている。本来の自分を隠し、お調子者を演じている。

間違っていると分かっている、だが今さら変えられない。


四ツ谷が今、自分を出せるのは親しいものだけ。

そんな四ツ谷でも一条に対して済まないと思っていることが一つあった。それは他人との繋がりを薄くしてしまった事。自分と関わった人間は、辛い思いをするのではないかと思わせてしまった。



だから願っている、いつか一条の心を動かす人間が現れるのを。

自分に出来なかったことを実現してくれる、面白い人間を……。




挨拶を終えた一条が壇上を下りてくる。


「よ、お疲れさん」

「別に疲労は感じていない」

「一条、四ツ谷はそう言う意味で言ったんじゃないよ。ご苦労様って意味。労いの言葉だ」

「……なるほど」


一条の返答に二人は苦笑いをうかべた。


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