01.昔の夢
友達の誘いを断って家路を急ぐ。今日は父が帰ってくる日だ。週に一回、時にはまるまる一月帰らない時もある父親。でも大好きだし尊敬している。早く会いたかった。
家のドアを捻ると、案の定鍵がかかっている。呼び鈴を鳴らしながら自分の首に掛けている鍵を手繰る。結局自分で鍵を開けると、丁度母親がドアの前に立っていた。
「おかえり」
母は自分を叱るでもなく、「お父さんはお風呂だよ」ど笑った。
「ええ!?オレ一緒に入るって約束したのに!」
慌てて靴を脱いで洗面所に行けば、確かに奥の風呂から父の鼻唄が聞こえてきた。
「父ちゃん!なんで先に入ってんの!約束は!?」
「おーぅ、お帰り××。帰ったばっかで暑くてなあ。夕飯食べたら、また一緒に入ろうな」
「ならいい!」
「それより××、お母さんにただいまって言ったのか?」
そこでハッとする。そうだった。
「母ちゃーん!ただいまー!」
慌しくその場を後にする息子。鞄も下ろさずに出て行く自分の姿を、父親は満面の笑みで見送った。
***
意識が浮かび上がる。ぼやけた視界は青と黒に沈んで、全体的に薄暗かった。
「あ、起きた?やっほー」
気安い声が耳に届く。それを聞いて、彼は半開きだった瞼を押し上げた。
薄暗い部屋。小ぶりな本棚とテレビが目に入った。正面の壁には窓、その前に置かれた机と椅子。小さな人影。椅子に片膝を立てて座り、もう片方の細い足をぷらぷら揺らしていた。片手には紙製の容器を持って、口にはスプーンを咥えている。
窓からは晴れた空が見えるが、日当たりが悪いのか部屋は影がよく目に付く。空の青色と影の黒。部屋はその二色でできていて、それがそのまま世界に見えた。
身を起こすと声がかけられた。
「おはよう。気分はどうかな」
自分を買った少女に返事を返す。
「割と最高です」
左手首に嵌まる鉄の輪。彼が商品であることを示すそれは、布団の中で体温と同じに温まっていた。