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海が呼んでいる

作者: 朝田来夢

寄せては返す波の音、子供たちが水に濡れた素足で浜辺を駆ける音、子供たちのはしゃぎ声。

勉強中のBGMとしてはいささかうるさ過ぎるのだが、それらの音を遮断するために窓を閉めてしまうのは得策ではない。なぜなら、窓を閉めてしまうと勉強でオーバーヒートしてしまった僕の脳を程よく冷やしてくれる潮風までも遮断してしまうからだ。だから僕はいつも耳栓をして勉強をしている。


 なぜ子供部屋で勉強している僕の耳に波の音などが入ってくるのか、その理由はいたって単純明快。僕の住む普通の一軒家が、海沿いに建設されたニュータウンに1区画に建っているからだ。


 ちなみに、僕の年齢は12歳。つまるところ、中学受験を半年後に控えた普通の小学6年生である。名前は、“樋口光太郎”。文学的にこの名前を分析してみると、“樋口一葉”と“高村光太郎”を足して2で割ったようなものだが、実際僕自身は“太宰治”と“森鴎外”を足して2で割ったような人物に近い気がする。


 なぜこのようなしゃべり方なのか。全く子どもらしくないではないかと思うかも知れないが、僕は幼少の頃から病弱の体故、外に出て同年代の子供たちと一緒に遊ぶということをほとんどしてこなかった。もちろん、学校に行けば同級生と多少は関わるが、家に帰って勉強したり本を読んだりゲームをする方が楽しいため、友達は作っていない。




「こうちゃん、おやつ持って来たわよー。」



 1階の方からママの声がする。毎日の事だが、夜の9時頃になると勉強にいそしんでいる僕におやつを持って来てくれるのだ。ママの手作りお菓子はおいしい。



 僕はドアを開けておやつののったお盆を受け取った。受け取る時に些細な会話を2言3言交わしたが、特に親子愛を感じさせるような仲睦まじい会話ではなく、「ありがとう」「勉強頑張ってね」というテンプレのようなものである。



 ママの手作りモンブランを食べながら、半年後に受験する中学校の2年前の国語の過去問の文章を読んだ。僕は国語が得意だからおやつを食べながらでも文章の内容がすらすらと頭の中に入ってくる。もしこれが理科だったらそうはいかない。


 

 夜の6時過ぎに夕食を食べた後、リビングでテレビ鑑賞の後、夜8時頃から勉強を開始する。今9時半なので、1時間半ほど勉強をしていることになる。調子がいい時は夜の11時頃まで勉強をするが、今日は何だか気分が乗らないから、この問題を解き終えたらさっさと寝る事にしよう。


 ちなみに、先ほど外の海から聞こえる音と窓の話をしたが、もちろん今の時間帯に外で遊んでいる子どもなんていない。この住宅街にそんな放任主義の親なんていないだろう。だから、僕は今耳栓なんてしていない。まあ、だからこそさっき母の声が聞こえたのであるが。


 僕は別に海が嫌いなわけではない。病弱で外で遊ぶ事が出来ないから行かないだけのこと。もしこの体が健康そのものであったなら、週末の昼間ぐらいは海で遊んでいるだろう。でも、この部屋にいても海の潮の匂いや風、波のさざめきを感じる事が出来るのだから今の生活には満足している。



「よし、解き終わったし今日は早めに寝よっかなー。」





 問題集とノートを閉じた。



 椅子から立ち上がりベッドに向かう途中、僕は何やら気配というか違和感というか、小学6年生の自分には筆舌しがたい感覚に襲われた。



「・・・なんだろう、この感じ・・。」



 息を潜め、数分間ベッドの横に立ち神経を研ぎすませた。



「・・何もない・・か。」



 結局僕は寝る事にした。ベッドの中に入ってから、さっきの感覚が気になって中々寝付く事が出来なかった。僕は数日前の始業式の日の事を思い浮かべた。





 今日から三日前の月曜日、学校は2学期の始業式だった。朝のホームルームの時に僕にとって思いがけない出来事が起こった。


 教室に1人の少女と一緒に先生が入って来た。



「おはよう。皆夏休みは楽しかったかい?」

「はーーーい♪」


 6年2組の生徒達の明るい声が教室中に響いた。もちろん、僕は黙って窓の外の景色を眺めていた。その時は校門の前を歩いている派手な格好のおばさんを見ていた気がする。



「今日から2学期が始まる訳だが、なんとこのクラスに新しい仲間がやって来たぞ。」

「えーーーーー!!?」


 何をそんな大げさなリアクションをとる必要があるのかさっぱり分からない。



「ねえねえ、転校生だって〜。わくわくするね。」


 小声で僕に話しかけて来たのは、隣の席の“二階堂蘭”だ。いくら話しかけて来た所で僕がろくな返事をしないことはこの5年ちょっとで分かっているはずなのに性懲りも無く話しかけてくる変わった女の子だ。


「あー・・そうかな。でも何でこのタイミングで転校してくるんだろ。あと半年で卒業なのに。」


「色々事情があるんじゃないのかなー。でも女の子でよかった。仲良くなれるといいなー。」


 僕はもう既に蘭ちゃんの言う事は上の空で聞いていた。



 転校生の自己紹介が終わった。彼女の名は“青井美空”。なんとも夏にぴったりの名前なんだ。季節外れもいいとこだ。彼女の席はどうやら僕の真後ろのようだ。席まで移動する時に彼女と目が合った。僕は特に会釈とか挨拶とかしなかったし、表情も変えなかった。



 思えば、目が合ったとき彼女の方が少しニコリとした気がするな。・・・まあ別にどうでもいいことか。


 





 僕はそれからどうして青井美空はこの時期に転校して来たのか、理由を考えてみたが気づいたら寝てしまっていたようだ。目を覚ますと窓から陽光が差し込んできていてまぶしかった。







 

 いつものように6時間目の授業が終わったら、僕はすぐに荷物を片付け下駄箱へと一直線に向かう。下駄箱から外靴を取り出し、靴を履き替えていると後ろから声をかけられた。


「光太郎君だったっけ?」



 声の主は転校生の青井美空である。


「あ、うん。」


 僕は誰に対してもそうであるが、何を言われてもこうやって気のない返事をする。なぜなら、話しかけて来た相手に関心がないからだ。僕は病弱でもあるし、コミュニケーション能力も弱いのかも知れない。だが別にそれでも構わない。人と接しなくても楽しいから。



「ねえ、一緒に帰らない?私この街に越して来たばっかで、街を案内して欲しいんだ!」


「どうして僕に頼むの?女の子の方がいいんじゃないの?」


「んーー、私と一緒に帰るの嫌かなー?」


 そんな表情で見ないでくれ。僕はそういう表情をされた時への対処法なんて知らないぞ。


「ま、まあ別に嫌じゃないよ。どこら辺に住んでるの?」



 


 その後、僕は彼女の家まで僕の知っている限りの寄り道をしながら帰った。会話は僕が彼女の話に対して気のない相づちを打つのみだったのだが、彼女はそれなりに満足しているようだったのでよしとしよう。


 そして彼女が家に帰るのを見届けると、僕は早足で家に帰った。ちなみに、青井美空の家も僕と同じく海沿いのニュータウンの1区画にあった。家まで大体10分足らずで着いた。つまり、ご近所さんってわけだ。別にどうでもいいことなのだが。








 夕食を食べ終え、僕は風呂に入った後部屋の椅子に腰掛けた。今日は何を勉強しようか。たまには苦手な理科もしてやるか。苦手科目というのは勉強しないといつまでたっても出来るようにならないが、苦手だからやる気が出ない。やる気が出ないから勉強しない、だからいつまで立っても得意にならない。ため息が出てしまうほどの負のスパイラルが僕の目の前でふて寝しているわけだが、見過ごす訳にも行かない。

 


 読みかけの漫画を読み終えた後、机の上に理科の問題集を広げた。





 しばらく勉強してみたが一向にはかどらない。しかし時計はもうよる9時を回った。


「あーー、理科飽きたなーー。どうしよっかなー。」


 そんな独り言をつぶやいていると、またあの奇妙な感覚に襲われた。



「・・・・なんだ・・・?」



 僕は椅子から立ち上がり、無意識の内に海の見える窓に寄りかかっていた。


 波の音が静寂というキャンバスに色を落としている。そのキャンバスは青一色である、はずだった。しかし、キャンバスに突如、正体不明の色が塗られた。







「ねえ、聞こえる?」





「・・・・え?」





 信じられなかった。そんなことなどあるはずがなかった。僕はUFOも幽霊もオカルトも全く信じない。しかし、自分の耳を疑う事などできはしなかった。





「私と・・・・おしゃべりしない?」







 そう、誰もいないはずの海から少女の声が僕の部屋まで運ばれて来たのだ、潮風に乗って。




つづく


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