side:girl
――いつも、思う。この人、何で私と付き合ってるんだろう、って。
「おい、さっさとしろよ」
「あ、ご、ごめんっ」
並んで歩いていたんだけど、ショーウィンドウに飾られる服があんまり可愛くて、思わず立ち止まってしまった。前方から、私を苛々と呼ぶ声。
慌てて追いかけて隣に立っても、消えない眉間の皺。それを見る度、そんなに私のこと嫌いなのかな、って思う。でもそれを口に出せる程、勇気はなくって。
もう一度頭を下げると、彼は何も言わずに背を向けた。その背中に、どうしたって寂しくなる。
一般的に言えば、私と彼の関係は恋人?だ。
疑問符がついてしまうのは、何と言うか、彼の態度があまりにアレだから。
デート中はほとんど話さないし、何を話してもつまらなそうな顔してるし、眉間の皺は消えないし、眼光は鋭いし。電話もメールも、デートの誘いも全部私から。正直に言えば、抱き付くのもキスもその先も、私から迫ってやっと、だった。
告白したのも、もちろん私から。大学に進学して始めた喫茶店のバイトで、常連客だと言う彼を見つけた。
高校の頃から通い詰めていたらしく、いつも注文はホットのブラックコーヒー。マスター自慢のそれを一口じっくり味わうと、レポートを書いたり、本を読んだり。その姿はとても様になっていて、その時点で格好いいな、とは思っていた。
厳しめの顔立ちをしているけどとても整ってるし、私は元々芸能人でも硬派な感じの人の方が好きだ。染めてない黒髪も、眼鏡も、バランスの良い肢体も、シンプルながらお洒落な服も。全部が格好良くて、気付けば見つめる日々が続いた。
決定打は、ある日柄の悪いお客さんに絡まれた時、助けてくれたこと。お礼を言ったら、「あんた、隙ありすぎだろ」なんてこっちも見ないで冷たく言ったけれど、助けてくれた事実は、変わらなくて。その優しさに、ころりと落ちてしまった。
その後は、猛アタックをする日々。アドレスを聞いて、休日に遊びに誘う。バイト中は、こっそり私のおごりで彼の好きだと言うお店のアーモンドクッキーを添えてみたり。彼の大学に行ってみて、こっそり待ち伏せしたたこともあった。……これは怒られたので、すぐに止めたけど。
彼も、無表情だけど特に嫌がる素振りは見せなかったから。私は一念発起して、バレンタインに告白した。
「……まぁ、別にいいけど」
答えは何とも素っ気ないものだったけど、私はすごくすごく嬉しかった。これで、彼の側にいられるんだ、って。幸せな日々が続くんだ、って。
――そんな期待は、すぐに崩れてしまったけれど。
付き合う日々が長くなるほど、何故か彼は不機嫌な顔が多くなる。好きになったきっかけの優しさなんて、見る影もない。
今日だって。一生懸命お洒落したのに、気付いてくれない。あくまで振り返らない彼に、私の首の角度も、どんどん下がってしまう。
「……今日」
「え?」
だけど彼が口を開くから、私はすぐに反応した。もし私が猫なら、尻尾がぴん、と張ってると思う。馬鹿みたいだけどね。その声を聞けるだけで、嬉しくなっちゃう自分がいるの。
「何日?」
「え、えっとね。十八日だよ?」
突然の質問に驚きながら、返事をする。口に出してから、まさか、という期待がじわじわと沸いてきた。
――もしかして、もしかして。
高揚する気持ちを顔に出さないよう注意しながら、彼を見上げる。振り返らない。だけどその顔は思案顔だから、どうしても気になってしまって。
……だけど、そんな私の気持ちはあっさりと裏切られた。
「ふーん」
それだけ言って、彼はまた歩みを再開する。予想外の出来事に、私はぽかんとしてしまった。すぐにその背中を追いかけるけど、内心、ものすごく焦る。だって、……これって、本気で分かってないの?
「あ、あの」
「何?」
「……えっと」
素っ気ない返事に、勢いを失ってしまう。そもそも、こういうことって自分から言うことじゃないのかもしれない。でも、一回口を開いてしまったからもう取り消すことは出来なくて。
「――今日、ね。私、誕生日なの!」
小声にならないように気を付けて、口にする。彼がぴたりと歩みを止めてくれて、ちょっとほっとした。
背の高い彼と歩くときは、一生懸命背伸びしないと視界に入ることすら出来ない。今日も、十センチヒールを履いている。お陰でちょっと足は痛いけれど、恋する乙女にはそんなもの、障害に成りえないのだ。
眼鏡の奥の冷たい目を、ゆっくりと細めて。彼は、ふ、と微笑んだ。その笑顔に、ちょっと頬が熱くなる。
「で?」
……なのに、私のテンションをすぐに叩き落とすのが趣味なんじゃないのか、というくらい冷たい声。よく見れば顔は笑っているのに、目が笑っていないのが分かる。相変わらず、私、馬鹿だなぁ、と思ってへこんでしまった。
「俺、そういうアピール嫌いなんだけど」
「あ、う、……ごめんなさい」
「何?プレゼントでも欲しい訳?」
普段はほとんど話さない癖に、私の行動が気にいらなかった時はこんな風に饒舌になる。そして予想通りの言葉に、しょんぼりした。
やっぱり、こういうの言うの、駄目なんだ。それにプレゼント、も、もらえないんだ。
別に、ものが欲しい訳じゃなかった。ただ、誕生日にかこつけて、欲しいものはあった。いつもは言えないけど、誕生日なら、素直におねだり出来る気がしたんだけど。この様子じゃ、無理だ。彼に嫌われないようにするのに、精一杯じゃないか。
「……本気で、何か欲しかったのかよ」
俯いて考え込む私の耳に、彼のため息が届く。慌てて私は、顔を上げ、彼に向かって大きく首を振った。
「う、ううんっ。何もいらない!」
「……本当に?」
「うん!全然、欲しいものなんてないよ!ていうかごめんねこんなこと言い出して!」
――もう、素直に諦めよう。
せめて、おめでとうの言葉くらい欲しかったんだけど、それも頼んで言ってもらうことじゃないもの。
それに彼が私の誕生日知らなくても、折角一緒にいてくれるんだから、これ以上望むなんて贅沢だ。今日と言う日を一緒に過ごせるだけで、満足しなくちゃ。
気持ちを切り替え、彼に笑いかける。しばらく私をじーっと見ていた彼は、ため息と一緒に歩みを再開した。それをまた追いかけながら、私は、にっこり微笑む。
――そうだよ。最近レポートの締め切りが多いって言ってて、今日は久しぶりのデートなんだもの。こんなことで気まずくなりたくないよね。
そう思って、私は彼に一生懸命、話しかけた。彼はポケットに手を突っ込んでいるから繋ぐことは出来ないけど、それでも、良いや。
* * *
「「「良くないでしょー!」」」
明けて月曜日。大学でお弁当を食べながら、「そう言えば誕生日どうだったの?」と一緒に食事をしている友達の一人に聞かれた。
だから素直に話をしたら、みんなに突っ込まれてしまった。
「何それ!プレゼントも用意してない上暴言吐いて、しかも夕飯も食べずにおさらば!?ふざけてんのそいつ!」
「あ、それは私が言ったの。レポートの締め切り近いって言われたから、じゃあ今日はこれで解散、って」
「あんたもそれを許すな!」
ぴしりと箸で指差された上怒られるけど、私は苦笑しか出来ない。
「前から言ってるじゃん、いい加減別れなよ」
「他に良い男なんて一杯いるよ?男は顔じゃない!」
「う、うーん」
口々に言う友達の言葉に、生温い笑顔を返して、私はその場を濁すことにした。
まぁ、確かにあまり良い性格の人じゃないんだろうな、っていうのは付きあってきた間に十分分かってるんだけど。
「……それでも、好きなんだよね。どんなに邪険にされても、側にいると、ドキドキしちゃって止まらないの。だから、彼から言い出さない限り別れることは、ないと思う」
なんて、笑顔のまま言う私に、今日も友達はため息を吐いた。
――のん気に笑っている私は、知らない。
彼があの日、ポケットの中に、私へのプレゼントの指輪を忍ばせていたこと。
レポートの締め切りと言いながら、それを買うためにバイトをたくさん入れていたこと。
本当はホテルのディナーまで予約していて、その時渡すつもりだったのに、私があのタイミングで言っちゃったせいで引っ込みがつかなくなってしまい、あんな発言をしたこと。
そんな天の邪鬼な彼の気持ちなど知らず、今日も私は、悩みながら彼にメールを送るのだ。
はじめましてまたはこんにちは!
このお話は、拍手の方押してくださった方には分かるかと思いますが、一応連載もので……(汗)
2話を書くにあたり、1話読んでない方にどう対応しよう……!とパニックになって慌てて投稿したものです。よって、今後は格納庫という形になります。
非常に更新の遅い今作ですが、どうか少しでも多くの方が楽しんでくださいますように……*