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或る魔王軍の遍歴  作者: 饗庭淵
三章〈獣娘〉ラプンツェリカ
8/32

(3-2)

 魔王城は、死霊の山の上に聳え建っている。

 死霊の山の前半部には狂暴な魔物が放たれ、後半部は〈不死王〉フェザード・アルバスの下僕であるアンデッドが守りを固めている。

 生前に優れた能力の持ち主ほど、その死後も強力なアンデッドになる。魔王城まで辿り着いた冒険屋の死体を可能なかぎり保存するよう指示しているのはそのためだ。冒険屋が死霊の山を越えてきたということは、その過程で多くの魔物やアンデッドを斃してきたということ。その埋め合わせのためでもある。

 ちなみに、魔物は敵・味方を区別しないため、魔族が山を降りる際はクラウスなどの空間魔術に頼ることになる。

 ホムラに叱責と命令を与えたあと、魔王は司令室で死霊の山について考えていた。

「死霊の山の警備はもう少し強化する必要があるな」

「そうですね。またしても冒険屋が山を越えて来たようですし。ホムラ様がいたからなにごとも起こらなかったものの」

「仮に魔王城まで来られたとしても大佐クラスに常時交代で警備させているから、滅多なことでもなければ城門を越えることはあり得ないといえばそうなのだがな。しかしやはり、できることなら死霊の山の段階で阻止しておきたい」

「いかがなさいますか? 魔物の増強を?」

「基本的にはその方針になるだろう。たが、やみくもに魔物を増やしすぎてアンデッドと潰し合いにならぬよう気をつけねばならない。食えたものじゃないアンデッドになど興味を示すはずがない、という見込みの甘さはすでに証明済みだからな。アンデッドの方はフェザードの支配下にあるからイレギュラーな行動を起こすことはないのだが……」

「いっそのことアンデッドだけにすればよいのでは?」

「ならん。アンデッドだけに偏っていては容易く対策を立てられ、今以上に冒険屋が魔王城まで辿り着くことになる。多種多様の魔物を徘徊させているからこそ死霊の山の守りは堅固なのだ」

「失礼しました。おっしゃるとおりで」

 これについて前々から策はあった。ただ考えもなしに死者をアンデッド化しているだけではただの消耗品、腕の立つ冒険屋なら突破は難しくない。ゆえに、ローレリアで一仕事終えたフェザードには多量の死体を回収させ、それを合成した究極のアンデッド・リッチの製造を予定させている。

 だが、それには少しばかり時間がかかる。また、前半部の魔物も増強する必要がある。魔物を増やすことは簡単だ。しかし、今のままではやはり効率が悪い。血を与えるということは生命を与えるということ。頻繁に繰り返していてはやはり負担になる。魔王は顎に手を当て考え込み、思いついたように言った。

「そうだな……少し山を散歩してくる」

「なんと」

「魔物に私の血を与えるのだ。さらなる強化のためにな」

「へ、陛下自らですか……? なりませぬ、魔王自らそのような」

「それが最も効率がいいはずだ。暇なんだよ。少しは働かせてくれ。なに、すぐ戻る」

 そういい、再び魔王は司令室をあとにした。


 ***


「……ナックラヴィか」

 薄暗い死霊の山を歩く魔王の行く手を遮ったのは、半人半馬の怪物。その影が魔王をすっぽり覆い尽くすだけの巨体。高熱の息を漏らしながら、ギラギラとした赤い大きな一つ目が、魔王に分不相応な敵意を向けていた。

「やれやれ」

 魔王は少しばかり魔力を解放する。眼前の愚かな魔物に、原初の本能を呼び起こさせるため。理性を失っていても、根源的な死の恐怖と、強敵を嗅ぎ分ける能力くらいは残っている。即座にナックラヴィは直立し、ガタガタと震えはじめた。逃走もまた不可能であることを察したようだ。

「それでいい。貴様に力を与えよう」

 魔王は指先を爪で切り裂き、跪くナックラヴィの口中へ血液を垂らした。

 筋肉が痙攣し、打ち震えながら、怪物は咆吼した。さらなる力を得たことへの歓喜か。魔物にどれだけの感情が残っているかは知らぬが、その姿は魔王の目に微笑ましく映った。

 さて、あとはこの繰り返しだ。一〇体……いや、あと二〇体は血を与えておきたいところだ。適度に均衡を保ち、共食いが起こらぬよう注意しながら。

 そんな作業をこなしながら、魔王は妙な気配を感じる。魔の蠢くこの山にありて、異質な気配だ。そして気づく。これは人間の足跡だ。ホムラが始末したという五人の冒険屋のものだろうか? ついさっきのことだから、足跡が残っていても不思議ではない。だが、その足跡は洞窟へと続いていた。気になり、その後を追う。

「ほう。驚いたな」魔王が目にしたのは、生きた人間の姿だった。「まさか、今まさに死霊の山を越えようという冒険屋に出会うとは」

「……! 魔族か……!」

 できることなら覗き見る程度に済ませたかったが、一直線の狭い洞窟ではさすがに気づかれていたらしい。魔王は警戒態勢を取っていた冒険屋に迎えられた。

 ざっと見渡す。魔術師、格闘家、剣士、銃使い、盗賊、癒し手……そして、奥に傷ついた少女。全体的に若い、オーソドックスな構成の七人パーティだ。

「なぜ魔族が山に降りている」

 リーダー格の冒険屋――おそらく魔術師――が敵意を剥き出しに尋ねた。

「奥の少女……怪我をしているのか?」

 だが、魔王の関心は彼にはない。

「質問しているのは俺だ」

「ん? ああ。魔族だってたまには散歩くらいするんだよ。うっかり魔物を殺してしまわぬよう、注意しながらね」

「うっかりとは言ってくれるな」怪我をしている少女を見るに、だいぶ苦戦しているのだろう。つきっきりで癒し手が治癒魔術を施している。

「悪いことは言わん。今すぐ山を降りろ」彼らの力量を把握した魔王はそう忠告した。「死霊の山を越えさえすればあとは魔王城を残すのみ……そんなふうに考えているのなら、見当違いだ。お前たちの力では、七人総出でかかってもよくて中佐……いや、少佐にすら敵わないだろう。この死霊の山で苦戦しているようでは魔王城などとても無理だ。城門で弾かれるのがオチだ」

「魔族の言葉になど誰が耳を貸すか!」

「……困ったな」

 どうやら、彼らは目の前の魔族を魔王とすら見抜けていないらしい。無理もない。魔族が山に降りてくることすら稀、ましてや魔王など及びもつかぬことだ。それでも抑えつつも溢れ出す魔力から、少なくとも七魔将以上の級位にあることは推し量れるのではないかとも思う。それすらできぬということは、先のナックラヴィと同程度かそれ以下、その程度の実力しかないということだ。ここまで死霊の山を登って来られただけでも感心すべきだろう。

 噂をすれば影。聞き慣れた咆吼が近づいてくる。

「ナックラヴィか……! なかなかの大物がお出ましだな」それに冒険屋も気づいたらしい。

「なかなかの大物で済む相手ではない。お前たちでは、今のやつにも勝てない」

「さっきからうるせえんだよ、てめえは!」

 もうなにを言っても無駄か。魔王は頭を掻く。もとより生き死にに興味のない命、忠告を聞かぬのならそれまでだ。

「貴様はどうするつもりだ」

 そこでふと、冒険屋にとっては魔王も敵であったことを思い出す。

「ああ、私は退散させてもらうよ。ナックラヴィが君たちを始末するのなら、私は手を出す必要はないからね」

「あまり舐めるなよ、魔族が……!」怒り心頭、しかし飛びかかってこないだけの理性はある。相手が魔族である以上強敵であることに変わりはなく、戦わずに済むならそれに越したことはないという判断だろう。

「それじゃ」

 魔王は洞窟をあとにし、息を荒くするナックラヴィとすれ違う。


 一通り作業を終え、魔王城へ戻ろうという帰途、冒険屋とナックラヴィとの戦いのあとが目に入った。

「ここまで登ってきた冒険屋をまとめてミンチか」

 一方で、ナックラヴィも瀕死だった。弱点をつかれたらしい。このまま放っておけば確実に息絶えるだろう。自ら血を与えてこの様となると、魔王も少し複雑な心境だ。

「数滴では足りなかったか? いまいちさじ加減がわからんな」

 冒険屋の死体を数える。原型を留めていないので簡単にはいかなかったが、服の色を頼りに指を折ってみる。やはり一人足りない。七人だった冒険屋のうち、一人。つまりはまだこの奥に残っているということだ。

「ふむ……」

 治療に専念していた癒し手も前線に出ねばならぬほど追い込まれていたのだろう。少女の治癒は不完全、今にも死にそうなほど息は細い。

 よく見れば、少女は遠目で思った以上に幼かった。また、ずいぶん粗末な身なりをしている。彼女の装備を揃えるだけの資金がなかったのか、彼女が好んでこの格好をしていたのかのか。ともかく、この歳で冒険屋の仲間に加わっていた以上、なにかしら事情があったのだろう。

 彼は、幼女を拾い上げた。


 魔族は回復魔術を使えない。もともと高い生命力を持っているため、必要ないのだ。

 そのことが、今回ばかりは不便に思う。幼女の傷は深い。自然治癒では生存の望みは低いだろう。せめてあの人間たちが生きていれば、彼らが回復魔術を施し続けていれば、生き延びることはできただろうと悔やまれる。

「やれやれ……これでは死体を拾ってきたのと変わらん」

 魔王城を歩きながら考える。すれ違う部下たちが驚き、幼女の正体を尋ねてくるのも飽き飽きだ。なにか手はないものか。魔王は思案する。そして、一つの発想にいたる。魔王はすぐに彼女のもとへ向かった。

「セリア。休暇を言い渡した直後で済まない。少しばかり仕事を頼まれてくれるか」

 部屋をノックすると、慌てふためいた様子でセリアが出てきた。

「は、はい! ただいま!」

 そして、魔王の腕に抱えられているものを見て目を丸くする。

「陛下……それは……」

「人族だ。死霊の山を登ってきていた冒険屋の仲間だが、あいにく他の連中は魔物に皆殺しにあい、彼女だけが生き延びた」

「た、助けたんですか?」

「拾っただけだ。まあ、助けたことにはなるか」

「でも、彼女はもう……」

「そう、頼みというのは他でもない。いや、それよりも先に尋ねるべきか」

「なんでしょう」

「セリア。お前は回復魔術を使えるか」

「え……?」

 沈黙。セリアは目を伏せ、しばらくして口を開いた。

「はい、使えます」

「やはりな」それは、セリアが純粋な魔族でないことを意味していた。「お前は、魔族と人族のハーフだったんだな」

「はい……」

「お前の妹、ネルも同じ境遇なのか?」

「も、申し訳……隠していたわけではないのですが……」

「責めるわけではない。単なる好奇心だ。むしろ、人の血の混ざったその身でよく七魔将まで登り詰めた。賞賛したいくらいだ」

「あ、ありがとうございます」

「おっと、話している場合ではないな。さっそく頼む。かなりの深手のようだ。血だらけで悪いがソファに寝かせるぞ。シーツを用意してくれ」

「はい、ただいま」

 セリアは幼女に向けて回復魔術を発動した。使える、といっても専門ではなく、魔王軍に所属する以上使用の機会もなかったため、精度は低い。それでも、確実に、じょじょに幼女は血色を取り戻しつつあった。

「陛下はなぜ、彼女を助けたんですか?」

 峠を過ぎ、余裕ができたのを感じると、セリアは魔王に尋ねた。

「……そういわれてもな」頭を掻き、少し考える。「価値のありそうなものが落ちていたらとりあえず拾う。そういうものじゃないのか? もし必要のないものだったら、そのとき捨てればいい。それだけだ」

 そうして、セリアは魔王にとって必要であり続けている。彼の言葉は遠回しにそのことをも意味していた。きっとこのボロボロの幼女も、魔王にとって不要になることなどないに違いない。

 幼女に助かる見込みができると、魔王は別のことを考えた。

 いかに相手が人族でも、決して油断するまい。魔王は心にそう誓っていたはずだった。

 だが、死霊の山で出会った七人の力を、魔王は一瞥して過小評価していた。ナックラヴィに勝てぬまでも、まさか相打ちにまで食い下がるとは予想していなかった。人族の力は容易く予想を覆す。螺旋巻きのこともある。まだ大番狂わせと呼べるほどの事態には至っていないが、慢心はその可能性を呼び込むだろう。

 人族どもは、明らかにその力を増している。

 あるいは、彼らの力が必要になるかも知れない。各地へ散り散りになった、彼らの力が。

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