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或る魔王軍の遍歴  作者: 饗庭淵
二章〈勇者〉ラルフ・ウェルベプス
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(2-2)

「あれ? この先に村があったはずなんだけど……」

 森を出たのは久しぶりだが、この変化は予想外だった。ミナが指さす先には、ただ、黒い煙が上がっている。

「……急ごう」

 ラルフはなにかを感じたのか、語気を強めてそういった。


 そこにあったのは廃村だった。ミナの知っている村はそこにはない。無造作に死体が転がり、血肉が散乱、家屋は倒壊、ところどころで火が燻っている。家畜もまた乱雑に食い荒らされていた。

 その村を抜けた小高い丘に動く人影。墓標で埋め尽くされていた丘にただ一人。

 生きているのは、ただ一人の少女だけだった。

「なにをしているんだ」ラルフが話しかける。

「墓を建てている。最期まで魔物に立ち向かった、名もなき村人たちのために」少女は抑制の効いた声で答えた。

「なにがあったの?」ミナが問う。

「魔物の群れに襲われたのだろう。こんな村じゃ、駐屯兵も冒険屋もいない。私がここについた頃には、村人が農具を手に取り、立ち向かったであろう形跡――死体だけが残されていた」

 それだけいうと、彼女は再び黙々と墓穴を掘る作業に戻った。

「僕も手伝うよ」

 そういうと、ラルフまでも墓の建築作業に加わってしまう。えー、これ私も手伝うノリなの? とミナは思ったが、彼女は断じて手伝わない。適当なところに腰をかけ、その作業を見守ることにした。

「知っているか?」作業を続けながら、少女は独り言のようにつぶやいた。「魔物は自然発生するのではない。魔族が生み出しているんだ。魔族が自らの血を獣に与える。するとその獣は異形と化し、魔物となる。ただし、魔物は理性を失っているため魔族にも制御不能だ」

「初耳ね。だけど、たしかにその考えは理に適ってる」

「考えではない。事実だ」

「なるほど」

 そんな会話も長く続かず、長い沈黙が続く。ミナは気まずい思いをしたが、ラルフと少女はお構いなしに作業を続ける。お前も手伝えと目で訴えることすらしない。さすがの彼女も気が引けたが、彼女は断じて手伝わない。

「僕も見たことがある。魔族が魔物を生み出す瞬間を。具体的になにをしたのかまでは見えなかったが、血を飲ませていたのか」

「そうだ」

「そして、やつらはマッチポンプまで行う」

「そこまで知っているのか。そう、魔物とは魔族らが人間どもを救ってみせる劇を演じるための伏線であり、あるいはただ混乱を誘発するためだけに無責任に生み出されたものだ。魔族が魔物を退治したところで本来それは賞賛されるようなことではない。自分の尻ぬぐいに過ぎぬのだからな」

 会話にも混ざれぬまま、ミナはしばらくぼーっとしていたが、ようやく作業は終わったらしい。比喩ではなく本当に日が暮れている。その数、ざっと見で一〇〇はある。まったく、よくやる。

「こんなこと、なんの罪滅ぼしにもならないのだがな……」

 ならやんなよ、とミナは心から思う。

「手伝わせて済まなかった。私にはまだやるべきことがある。さよならだ」そういい、少女は立ち去ろうとする。

「やるべきことって?」ラルフが問う。

「この一帯の魔物たちは、東の洞窟をねぐらにしている。元凶を絶たねばさらなる被害者が出る」

「元凶を絶つって……あなた一人で行くの?」今度はミナ。

「私は冒険屋だ」彼女は〈拳銃〉を構えてみせる。

「〈銃士〉リヒト・シュテイン。もう少し私がここにつくのが早ければ、村人を救えたろうにと悔やまれる」

「待ってくれ!」立ち去ろうとする彼女をラルフが止める。「僕たちも手を貸したい」

「いやいや、たちって……」ミナは小声で突っ込む。

「気持ちだけ受け取っておく。これ以上君たちを巻き込むつもりはない」

 それだけ言い残すと、リヒトは夕日の向こうに消えていった。


「彼女はああ言っていたが、やっぱり放ってはおけないな」

 その言葉にミナはいろいろ思うところがあったが、口に出す言葉は選ばねばならない。この男は真性なのだ。

「放っておいていいんじゃない? 彼女もそういってたし」と、結局大して言葉を選べていない。

「ダメだ。あの子一人じゃ危険すぎる。彼女は自らを冒険屋と名乗り、〈拳銃〉を持っていたが、一人では……」

 もうなにを言っても無駄だろう。たしかに、あの子を一人行かせて帰らぬ人にでもなってしまうと、さすがに目覚めが悪い。ミナもそのような思考に傾きつつあった。


 ***


 東の洞窟。ラルフとミナはリヒトの足跡を追ってその洞窟に辿り着いた。彼女の言っていた洞窟が本当にここであるのか定かではなかったが、しばらく奥に進むとその疑いはなくなった。

「魔物の銃殺死体……不安だったけど、そこそこ腕は立つみたいね」

「いや、だとしたらなおさら不安だ。下手に腕が立つぶん無茶をしかねない」

「お前が言うか」

 思わず口に出して突っ込んでしまったが、無言でスルーされた。

「魔物の死体はまだ温かい。彼女も入ったばかりだ。とにかく急ごう。洞窟には主がいるはずだ」

「主?」

 ミナは頭を掻きながらも、リヒトを追うことを優先することにした。

 二人はさらに洞窟内部へと足を進めた。ミナの〈火球〉を光源とし、足場の悪い洞窟内を進んでいく。進む先にはリヒトが斃したであろう魔物の死体と、その牙を免れた魔物たちが出迎えた。動きの素早い吸血コウモリ、硬い皮膚を持つ豚の怪物、虫……様々な魔物に苦戦を強いられながら、奥へ奥へ。

 そして異変は起こる。

 けたたましい獣の雄叫びが、洞窟中に鳴り響いたのだ。

「この声、まさか」

 魔物たちが一斉にこちらへ向かってくる。いや、違う。逃げているのだ。その雄叫びの主から、脇目も振らずに逃げているのだ。

「魔物たちのこの反応……間違いない、ファフニールだわ……!」

「ファフニール?」

「まずいわね。冒険屋協会から危険度Aに指定されている魔物よ。あの子一人ではあまりに分が悪い。〈拳銃〉一丁でどうにかなる相手じゃない」

 そして、銃声。

「戦っている……!」

 二人はさらに足を速めた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

 ミナの思っていたとおり、リヒトは苦戦していた。

 拳銃による攻撃はたしかに通っている。勝てない相手ではないはずだ。リヒトにはたしかにその手応えがあった。

 だが、状況は明らかに劣勢。

 ファフニールの全長は約三m。地を這うその姿は、蜥蜴のようでもあり蛇のようでもある。ぬめりとした光沢を帯びた緑色の皮膚、屈強な筋肉が皮膚の上からも隆起しているのがわかる。不気味な眼光。鋭い爪と牙。荒い鼻息。塒には無数の人骨。

 怪物に撃ち込まれた銃弾はすでに四発。出血はしている、だが、いずれも致命傷には至っていない。そしてその巨体でありながら、ファフニールの動きは素早かった。壁から壁へ、気づけば天井、そして足下へ。反射で無駄弾を撃ちすぎた。鋭い爪は幾度かリヒトの身体を掠め、裂いていった。じわじわと、リヒトの体力を削り取っていくように。

 残弾は六発。すでにこの戦いで二〇発以上消耗している。全弾を命中させても勝てるかどうか。もはや一発も外すことはできない。

 怪物も拳銃に警戒し、今は距離を取っている。わずかでも隙を見せればすかさず間合いを詰め、リヒトにとどめを刺しに来るだろう。

「そこまでだ!」

「! ……お前たちは」

 〈勇者〉ラルフ・ウェルベプス。〈魔女〉ミナ・ハーカー。

 間一髪で彼らは現れた。リヒトの危機を救うため、彼らはリヒトの前に立った。

「あーあー、やっぱ苦戦してんじゃないの。死にそうじゃない」

「安心してくれ。もう大丈夫だ」

 勇者ラルフ・ウェルベプスが颯爽と乱入!

 恐るべき魔物ファフニールを相手に、さすがの彼も苦戦しながらも、なんとか斃すことに成功した。最後の一撃をリヒトが放ち、ファフニールの息は絶えた。


「やった……!」

 硝煙の残る銃を構えながら、リヒトは歓喜の声を上げた。

「斃した……! ファフニールを、洞窟の主を……!」

 今にも動き出しそうなファフニールの死体。警戒を緩めず、しばらく構えていたが、全身から血が流れ出し、もうぴくりとも動かない。皮膚の血色はみるみる悪くなり、ついに魔力反応は完全に尽きた。

「……そのようね。それにしても、あれを一人で斃そうとしてたなんて、どうかしてるわよ」

「まったくその通りだよ。俺たちが手を貸してやっと斃せたようなもんだ。間に合ったからいいものを……あんまり無茶はしないでくれよ?」

 だからお前がそれを言うのかと、ミナは突っ込みたくて仕方なかった。

「……あまり私を子供扱いするな。私は一五だ」

 頭をなでる手を払いのけてリヒトは言った。

「同い年だったのか」「二つ下ね」ラルフとミナが声を被せて言った。

「え!」とラルフ。

「なぜ驚く」ミナの目は据わっている。

「いや、その、ミナはてっきりもっと上かと」

「老けて見えるって?」

「そじゃなくて、もっと大人びて見えたっていうか……」

「ふーん」

 ミナはそういい、そっぽを向く。

「さて」余韻が抜けたのか、リヒトは振り返り出口の方を向いた。「この前の村の件といい、本当にすまなかった。感謝している。それでは。またいつか、会える日を楽しみにしている」

「いや、その。待ってくれ」

「なんだ?」

「またいつかといわずに……俺たちの仲間にならないか?」

「え?」

「見たところ、一人で冒険屋をやってるんだろう?」

「まあ、そうだが……」

「だったら俺たちの仲間になろう。一人ではできないこともある。今回でそれがわかったはずだ」

「私は一人が……いや」少し顔を背け、考えるそぶりを見せると、ラルフの方を見て言った。「そうさせてもらうよ。改めて、私は〈銃士〉リヒト・シュテイン。君はラルフ・ウェルベプスだったかな。そして、向こうの彼女は……」

「ミナ・ハーカー。ってか、なんで私になんの断りもなく話が進んでんの?」

「ダメだったか?」

「別にいーけど……」

 そうして、リヒトが仲間になった。

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