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或る魔王軍の遍歴  作者: 饗庭淵
五章〈剣王〉エルオント
21/32

(5-4)

「俺、思うんだよ。魔族って、実はいうほど悪いやつらじゃないんじゃないかって」

「なにいってんのよ。魔族は悪者に決まってんじゃん」

「いや、だからそれが違うんだよ。俺たちは魔族に偏見を持ちすぎてたんじゃないかって、思う。だってよ、魔族よりシャピアロン人の方がよっぽどタチ悪いぜ? あいつら外見上は人間だから区別つかねーじゃねえか。この間も、いかれたシャピアロン人が街で大暴れしたし」

「そうそう、シャピアロンっつったらあれだ。また領土問題蒸し返してきやがって」

「スパイも摘発されたじゃん? これはちょっとアイゼルが情けないって気もするけど」

「たしかにねー。魔族は外見ですぐわかるし、なにかあれば騒ぎになるはずなんだけど、いい噂しか聞かない気がする」

「だろ?」

「だけど、それがなんか胡散臭いっていうか」

「だーかーらー、色眼鏡で見過ぎなんだよ」

「そうね。昔はいろいろあったけど、ここ一〇年くらいはなんか大人しいっていうか」

「そんなんだから皇都が奇襲に遭うんだよ」

「だから奇襲じゃねーって。それに、被害も最小限で、無用な殺戮や破壊はなかったって聞くじゃん? むしろ、魔族が皇都を制圧してからの方がいろいろよくなった気がするし」

「アイゼル政府も腐ってたしねー」

「やっぱ魔族ってば、悪いやつじゃないのかも」

「だまされるな!」突如、部外者が声を上げる。「魔王は悪だ! なぜそんなことがわからない?! お前たちは、だまされているんだ!」

 一転、酒場は静まりかえる。

 声の正体はラルフ。傍から耳を傾けて聞いていたが、堪えきれずに叫んだのだった。

「あー、いえいえ、なんでもありませんからねー」

 さすがにいたたまれなく、ミナはラルフを羽交い締めにしてずりずり引きずり、酒場を後にした。


「ミナ! どうして止めたんだ!」

「いやあ~……どうしてっていわれると、ねえ?」

「まずい、このままでは……早く魔王を斃さないと、大変なことに」

 どうしてラルフが魔王を斃せると思っているのか、ミナには理解できなかった。それ以前に、魔王を斃そうという動機もよくわかっていない。なぜ自分が彼についてきたのかも、忘れてしまった。

 ラルフは芝居がかった動作で街路に拳を打ちつけた。

 リヒトは低くなったラルフの頭を撫でた。一方、クロエは相変わらずメイド服のまま、ただ立っていた。心を取り戻したはずなのだが、いまいちなにを考えているのかわからない。

「魔王を斃す、ですか」

 気配もなく、一人の男が立っていた。長身で、どことなく異様な雰囲気を漂わせていた。

「だ、誰だ!」思わずラルフは身構える。

「警戒なさらず。私は君たちの味方です」

「なに?」

「というより、魔族の敵という方が正確でしょうか」

「なんだって……?」

「魔王を斃す、という意気込みは立派ですが、控えめに言って君たちは弱い。とてもとても、魔王どころか将官クラスの足元にも及ばないでしょう」

「いきなりなんなんだ、お前は」

「自覚、ありませんか? 君たちは弱い。弱すぎる。魔王を斃すなど、夢のまた夢だ」

「それでも、僕は魔王を斃さなくちゃならないんだ」

「でしたら、今までに一体でも魔族を斃したことはありますか?」

「……っ」

「ありませんか。私はありますよ。もっとも、相手は下っ端に過ぎませんでしたが」

「!」

「君は弱い。そして、私はそんな君に手助けができる。その証明のために、少し手合わせしましょうか」

「望むところだ!」

 ラルフはそこそこ善戦したが負けた。

「つ、強い……」

「今の私の力は、本来の力の半分もありません」

「な、なんだって」

「人間の姿では、この程度が限界なのですよ」

「人間の……? あ、あなたはいったい……」

「強くなりたい、ですか?」

「本当に、強くなれるのか……?」

「私の名はディアス。ついてきてください。君たちには、まだ強くなる素質がある」

「ほ、本当か……!」

「星見ヶ丘。それが、現在の我々の本拠地です」

 いつの間にかラルフはディアスという男の話についていっていたが、ミナにはさっぱりわからなかった。


 ***


 普段は魔王城にて暇を持てあましている魔王だが、たまに堰を切ったように衝撃的なニュースが飛び込んでくる。その対応には魔王の指示が必要なことも多く、ゆえに魔王は城を離れることができずにいる。退屈なのか退屈しないのか、その身の上をどう表現すればいいのか。予想外の事案は多いが、魔王はそのたびに状況を瞬時に察し、的確な判断と指示を下し、問題を解決していた。

 どんなときも、冷静さを失わずに。

 その魔王が、耳を疑った。

 耳を、疑わずにはいられなかった。

「なに? もう一度言ってみろ」

 息を飲み、胸を押さえ、部下はできるかぎりの平静さを取り戻し、再びその報告を繰り返した。

「エルオント様が、――敗れました」

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