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或る魔王軍の遍歴  作者: 饗庭淵
五章〈剣王〉エルオント
20/32

(5-3)

「魔王陛下、セレペスの新刊が出たようです」

 その日、書物を手に持って魔王室を訪れたのはネガデスだった。

「なに? 早いな。前の四巻から一ヶ月も経っていないぞ」

 魔王がこの書物を読むのは、単なる趣味だけではない。理由はその著者にある。

 アムド・セレペス。三魔元帥の一人だ。

「お前はもう読んだのか」

「いえ、まだです。これでも私は忙しいので」

「言ってくれるな」魔王は含み笑いをして、続けた。「地上で出版されているセレペスの小説はこいつを含めて八作品。一部は演劇化もされているらしいな。念のためにすべて目を通したが、やつはいったいなにを企んでいるんだ?」

「わかりかねます。単に、小説を書きたかっただけなのかも知れませんな。私も読んでいますが、どれも傑作と呼ぶべきものです」

「魔元帥ともあろうものの望みが、小説家か」

 腑に落ちない。だからこそ、セレペスの著作にはこうして目を光らせている。

 魔王はアムド・セレペスに会ったことがない。それどころか、魔王軍のほとんどが彼についてはなにも知らないに等しい。三魔元帥のなかで最も素性が不明で、言い換えれば目立たない。

「彼は、ボトムやレイキャストと違い、陛下が復活なさる以前から大人しいものでした。他の二人に便乗して地上に出たというだけで、これといった目立った動きも見せていません」

「ふうむ」

 彼の小説には予言書のようなところがある、といわれている。

 彼はかつて、魔界のある国家の零落を示唆する内容の小説を書いた。その数年後に、記述通りの事件が起こり、そして零落がはじまった。その国家というのが、かつての魔界覇権国のロスキュールである。眉唾な話だが、そのさらに数年後にセレペスは魔元帥の一人に抜擢されている。それも、火の国の推薦によって。

 その後も、セレペスはロスキュールに批判的な内容の作品を書き続けた。

「この話を信じるなら、セレペスは未来を予知したのではなく、未来がセレペスの予言に従ったと仮説してもよい。すなわち、それが彼の能力。他にも疑わしい事例はいくらかあると聞く。そしておそらくは、読者は多ければ多いほどいい。そういうわけで、やつの出版物は可能なかぎり回収し、出回らないようにしているが……あまりになにも起こらないので、もはやそれ自体が企みなのではないかと思えてきた。すなわち、資金調達だ」

「それなら、金の動きからやつの居場所を特定できるはずです。それができぬ以上、金はセレペスには回っていない」

「あいかわらず出版元は不明か」

「はい」

「ネガデス、お前がセレペスならどうする?」

「はて……やはり魔王陛下の存在は脅威でしょうな。とすれば、作中で陛下を登場させ、病死させてしまう、といったあたりでしょうか」

「なるほど。しかし、読者がそれを信じなければ意味はない。そうだったな? これも、推測にすぎないといえばそうなのだが」

「はい。誰も信じないでしょうな、そんな唐突で都合のよすぎる話」

「今のところ私が登場する気配もないしな」

「いつでも登場させることはできましょう。その五巻にでも、出ているかも知れませんぞ」

 ネガデスの冗談めいた予想は的中することになる。

「この内容は……!」

 『或る騎士団の遍歴』第五巻。巧みな叙述トリックに隠されていた真実に、魔王は全身の毛が逆立つ思いを感じた。致命的な誤読。作品を通してマインドコントロールを受けていた。作品の向こう側に浮かび上がる作者像を、セレペスは意図的に歪ませて見せていた。

 魔王さえもが魅入っていたのだ。セレペスの描く、圧倒的なスケールの物語に。

「アムド・セレペス、やってくれたな……!」

 魔王は、急ぎ足で司令室に向かった。


「なんですって?」

「〈グラスハドール剣友騎士団〉だ。動きのなかったアイゼルの最大戦力。なにを考えているのかと思っていたが、やつらはセレペスと繋がっていたんだ。セレペスの連作『或る騎士団の遍歴』の主人公は、実在するアイゼルの騎士団、グラスハドール剣友騎士団だったんだよ」

「なっ、それは驚きましたな。いきなり未読書のネタバレされたこともショックですが、しかし、それがどうなさったので……?」

「そして敵の正体も判明した。この私だ」

「!」

「やつはタイミングを見計らっていたんだ。一巻から三巻までを不定期に、十分な余裕を持って間をおいて発行し、我々がアイゼルに攻撃を仕掛けるタイミングを見計らって、怒濤の展開を見せる四巻と五巻を畳みかけるように刊行する。現実の世相を読み取った上で、臨機応変に内容を修正した上で……! これまで地上で発行された七冊の小説も、すべてはアムド・セレペスの名を地上に広めるための布石だった……!」

「なんと……。さしあたって、今まで以上に回収を強化いたしましょう」

「ああ。まだ間に合う。五巻の時点ではまだ私は斃されていない。読者の反応を見た上で、六巻を最終巻とし、決着をつけるつもりだ。だが、これはやつにとって悪手というべきだろう。小説としての完成度を優先しすぎたゆえに、私のような強大な敵を斃すには五巻では足りぬと判断した。しかしこの五巻で、やつの意図と目的、そして主人公――すなわち、やつの居場所も判明した」

「こちらから仕掛けるというわけですな」

「そうだ。エルオントを呼べ」

「攻め込むつもりですか? それとも威力偵察に?」

「否。打診だ。騎士団の敵は、魔族でしかないのだから」苦渋の決断を、瞬時に下した。「エルオントを、星見ヶ丘へ向かわせる」


 ***


 魔王の読み通り、アムド・セレペスは剣友騎士団に匿われていた。彼らの拠点である教会の奥深くの小部屋で、セレペスは執筆活動を続ける。

 無数の目と耳を持ち、各地で無限に見聞を広め、無数の腕にて記述する。魔族でも突出した異形の持ち主。それは生来のみならず、幾たびもの魔術改造にて小説家として最適化されたものだった。

「人間は魔族には勝てない。ましてや、魔王などとても敵う相手ではない。ならば、どうする?」剣友騎士団〈団長〉キズニア・リーホヴィットは語る。「力を借りるのだよ、同じ魔族に……!」

 不本意ではある。しかし、これしか手はない。

 〈文魔豪〉アムド・セレペスの能力。それは小説の内容を現実化することだ。いわば、人が小説を読んだ時に受ける感銘を力とする。読者が多ければ多いほど、また、読者の感動が深ければ深いほど、力は増す。

 『或る騎士団の遍歴』――それは、タイトル通りある騎士団を主人公とした物語だ。四巻までの段階では、騎士団も、舞台も、固有名がアナグラムなどの手法を用いつつ伏せられており、架空のものであることを匂わせてきた。その敵の正体についても不明で、多くの謎に満ちながらも、怒濤の展開と圧倒的な描写力で読者を惹きつけてきた。

 そのすべてが、最新の五巻にて明かされる。騎士団とは現実に存在するグラスハドール剣友騎士団に他ならず、敵の正体は魔族だったのだ。「人間が魔族を斃す」というあらすじを先に聞かされては到底信じられないような物語を、その正体を隠すことで、読者に深い感情移入を促し、そうあって欲しいという願望を抱かせ、信じさせる。

 人は、信じたいものを信じるのだ。

「団長……」〈副団長〉クーダ・フュルムが、肩を落としたキズニアに声をかけた。

「やるしかない。彼が舞台を演出し、我々が魔王を討つ」

 騎士団もまた、セレペスの読者の一人。信じるしかない。信じる力が勝利を呼び込む。

 先に地上で出版された七冊は、セレペスの名を地上に知らしめるのみならず、巧みにカモフラージュされながら、騎士団に対するセレペスの能力のデモンストレーションとしても機能していた。騎士団にとっては、もはや彼の力を疑う余地はない。そして、その力を借りなければ魔王を討つことはできないということも。

 否。その力を借りたのならば、魔王を討つことすらできるということを……!


 セレペスは薄暗い部屋の中で、一人震えていた。そう、自らの才能に。

 魔王も、小説家アムド・セレペスのファンの一人になってしまっていることだろう。私の作品にはそれだけの力がある。セレペスは強い自負を抱いていた。彼の目と耳は、国中から自らの作品に対する反響を掻き集めていた。感動を分かちたいという思いによって、一冊が何人もの手に移り、回し読みされている。賛否両論、しかし良くも悪くもそのすべてが、強い感情のもと発せられていた。確かな手応えを感じる。これならば、第六巻も当初の構想通りの内容で出版しても問題あるまい。

「ふふん、世は我の思うが如し♪」

 彼は、自らの作品が世界に多大な悪影響を及ぼすことを望んでいる。

 そして、彼の能力ならば、それは叶う。

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