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或る魔王軍の遍歴  作者: 饗庭淵
四章〈楽園〉ゾルティア
17/32

(4-8)

「名は?」

「…………」

「名を聞いているのだが?」

「……クロエ、です」

「ふうむ。どうも愛想がないな。まあ、ゾルティアンなどこんなものか。格安だったのもあるしな。こんなことなら、もう少し高めのものを狙えばよかったか……まあいい。今後、お前はメイドとして私の身の回りを世話してもらう。わかったな?」

「…………」

「返事は?」

「はい、わかりました……」


「いい加減にしろ! 何度失敗すれば仕事を覚えるんだ!」

「も、申し訳ございません……」

「早く片づけろ! ったく、これだからゾルティアンは……」

「…………」

「もういい、仕事が遅すぎる! 片づけは私がするから、お前はさっさと日常業務へ戻れ!」


「ご主人様、危ない!」

「! ……た、助かったよ。通り魔とは。油断していた。お前は体術にも長けていたのか」

「ええ。でなければこのゾルティアでは、生きていけませんから」

「すまない、腰を抜かしてしまった。手を貸してくれるか?」

「は、はい!」


「ご主人様、これは……?」

「ああ、ゴーレムだ。クーデターの成功によりブローヒンが死に、カラザーが政権を取った。かろうじて保たれていたゾルティアのわずかな秩序も、瞬く間に崩壊するだろう。今後いっそう身の回りの警備を増強する必要がある。これでも、いくらか魔術は使える方でね。得意とするのがゴーレムの製造なんだよ」

「そうでございましたか」

「さすがに、お前にばかり護衛は任せられないからな」

「だ、大丈夫ですよ! クロエもご主人様をお守りいたします!」

「こいつは、お前の護衛にもなるんだよ」

「わ、私の護衛……ですか……?」

「身を引き締めないとな」


「お前は、なぜゾルティアに?」

「こんな国でも、私の故郷ですから」

「故郷か。私には縁のないことだ」

「ご主人様はなぜ、この国に……?」

「私はしがない武器商人だ。常に紛争の絶えないこの国ならビジネスがうまくいくと思ったのだが、なかなかうまくいかないものだ」


「まずいな。先の地震をきっかけに、原因はわからんが妙な病気が流行りだした」

「病気……ですか?」

「人が狂い出す病だ。軍が動いて発症者を処分して回っていたんだが、今度は軍の連中が狂いはじめた。わけがわからん。感染経路が不明である以上、避難しておいた方がよさそうだ。しばらく外出は控えよう。食糧の備蓄は?」

「少し不安がありますね……私が調達してきます」

「待て! 外に出るのは危険だといっているだろう」

「心配いりません。こう見えてもクロエ、腕は立つのです」

「……たしかに、少ないな。鼠に食い荒らされたか。仕方ない、ゴーレムを護衛につけよう。だが、くれぐれも気をつけろ。狂人に出会ったら、戦わずに逃げるんだ。仮に勝てるとしてもだ。私の推測では、返り血が感染源になっている可能性が高い」

「わかりました。それでは、行って参ります」


「大丈夫ですか、ご主人様」

「クロエ、お前……くそ、まさか館にまで発症者が乗り込んでくるとは……!」

「申し訳ございません。クロエは狂人病に罹ってしまいました。わかっています。自然死か自殺、それ以外に打つ手はないのでしょう? ご主人様には迷惑はかけられません。いままでお世話いただき、大変ありがとうございました」

「待て! 私は、お前に殺されるのなら構わない」

「私は嫌です。治療手段がないのでしたら、私のことは……」

「お前のことは、私が絶対に治してみせる」


「無理なのか、この私には……! 蛙による臨床実験ですら失敗続き。この私には無理なのか、蘇生魔術を習得するのは! くそっ! 理屈としては正しいはずだ。一度殺し、蘇生魔術ですかさず復活させれば、狂人病からは逃れられる。それくらいしか考えつかない。だが、肝心の蘇生魔術が使えぬのでは。蘇生魔術を使える冒険屋を雇うにも探すにも、このゾルティアでは。逆に、クロエをゾルティアから出そうにも検問に引っかかってしまう……それにもう時間もない。どうすれば。もう、手詰まりなのか」

「ご、主人様、もう結構です。早く私を、私を投棄してくださ……」

「お前はそこで寝ているんだ。私が必ず、蘇生魔術を習得する。それまで待っているんだ」


「すまない、クロエ。蘇生魔術の習得は間に合いそうにない。だが、手はある」

「ご主人様、はやく……」

「お前の意識をゴーレムに移植するんだ。だが、これでお前は人間ではなくなる。それだけじゃない。ゴーレムへの人格の移植は不完全な形でしか成功例はない。お前は心を失ってしまうことになるだろう」

「はやく、急がないと……はやく、私を捨て――」

「……すまない。これは私のわがままだ。お前の意思を尊重する。ゴーレムとして生き続けるか。人として死ぬか。選んでくれ。この魔術にも、成功の保証はない」

「私は……」

「お前が選んでくれ。お前の最期は、お前の意思を最優先する」

「…………」

「答えてくれ」

「申し訳、ございません……わがままな、クロエをお許しください……私は、私はこの期に及んで……死にたく、ないんです……」

「よくいってくれた。だが、いずれ必ずお前は心を取り戻す。お前の心を、この魔石に保存する。私に十分な魔力さえあれば、お前はゴーレムとして心を取り戻せる。それで、構わないか?」

「私は、クロエは、どのような形でも、ご主人様の傍に、居たいです……」


 ***


 荒野にて二人は出会った。

 出会ってはならない、いや、出会わなければならなかった二人が、今ここに。

「久しぶりだな。フラッグ・ボトム」

「ああ、一〇年ぶりだなあ。魔王さんよお」

 〈魔王〉ロリセックス・ハンペローゼ。

 〈戦躁〉フラッグ・ボトム。

 両者、最果ての楽園ゾルティアにて、旗鼓の間に相見ゆ。

「なぜ……魔王陛下がここに」

 不安げにその様子を見守るのは、二日間に渡る戦いから未だ回復しきれずにいるセリアだった。

「行方知らずの魔元帥が姿を現したとなってはな」魔王は答える。「こればかりは、他の誰にも任せられぬ案件なのだ」

「ちっ、あの狐野郎か? 相変わらずむかつくやつだよな、あいつはよ」

「今まで、なにをしていた」

「別になにも。やりてえことはあるんだが、やることがねえ。いろんなもん潰し回ってたが、なんにも面白くねえんだよ。人族どもが非力すぎるんで、竜族狩りに興じていたら、いつの間にか滅んでた。仕方ないんで最近はずっとグランドリゾートに入り浸ってたが、それも飽きてきた。で、今度はゾルティアが楽しいことになってるって聞いたから、わざわざ来たんだけどよ、とんだハズレだったぜ。哀しいよなあ。強くなりすぎるってのは」

「竜族の件は、やはりお前の仕業だったのか」

「地上最強の種族だったはずなんだけどな。ガッカリさせてくれたぜあいつらは。わかるよな? もう俺には遊び相手がいない。そうだ、てめえ一人、魔王一人を除いてはな!」

「……血気盛んなことだ。魔王軍に戻るつもりはないのか?」

「はあ?! ふざけろよ。てめえ、人間に媚び売って回ってるそうじゃねえか。情けねえ。俺はてめえのそういう手ぬるいとこが大嫌いだったんだよ」

「懲りないのだな。一〇年前、お前は私に敗れたはずだ」

「ん~? そんなことあったっけかなあ? すまねえ思い出せねえや。一〇年もありゃ、いろいろ変わっちまうみたいでなあ。というわけで、お前にも記憶失ってもらうぜ。つっても、加減がわからないから、死んでもらうことになるだろうが」

「ならば、私はお前に思い出させてやろう。魔王には絶対勝てぬということを」

「うひょー! 言うね、言うね! いいぜ、そういうとこは好きだったんだ。アンビヴァレンスなこの感情、受け取ってくれよ! なあ!」

 大地を踏みつけ、大地が揺れる。それはゴングのように。

「さあ、やろうぜ。ロリセックス・ハンペローゼ!」

 先制。渾身の一撃を、魔王の顔面へ。

 という夢を見て。

 地面にキスを。していた。

「!?」

 魔王の足下で、ボトムは倒れていた。脳が揺れ、額を打ちつけ、意識は朦朧と――。

「フラッグ・ボトム。お前は夢を見ていたのか?」

 静かな、低い声で、魔王はハンケチで手を拭いながら。

「はい……夢を見ていました」

 魔元帥〈戦躁〉フラッグ・ボトム――魔王軍に、復帰。


 ***


「こんな悲劇を二度と繰り返さないためにも、なんとしても魔王を斃さなければならない」

 ラルフは、涅槃とメイドを隣に寝かせるようにして、言った。

 なんだそのすり替えは。ミナはドン引きしていたが、リヒトは無言で頷いた。

 いたたまれない空気だったので、ミナは本来あるべき話題に戻した。

「……この魔石には、そのメイド――クロエの記憶が残っている」ミナは魔石を手に取り、言った。「それが涅槃の最後の望み。クロエに記憶を戻し、再び彼女に笑みを取り戻すこと……」

 だった。哀しいことに、それは実現しなかった。

 さすがのミナも、涙を浮かべずにはいられなかった。

「できるか、ミナ」

「え?」

「その儀式だ。見たところ、途中までは涅槃が準備している。今まで彼が集めていた魔石も、涅槃自身のためよりは、クロエに心を再移植するために集められていたものだった。そうだろ?」

「そう、だけど……彼が二年かけて、魔物になってまで実現したかった彼の望みは、それでいてなしえない奇跡の域で……」

「奇跡くらい、起こしてやってくれ」

 簡単に言う。だが、ミナには思いつきもしなかったことだ。節々に狂気を感じるこの男だが、こればかりは尊敬できるところかもしれない。

 涅槃の計画を引き継ぐ。細かな方法は、彼の書斎にノートが残っていた。ミナも、魔術学校にて一通り魔術知識を学んでいたが、あまりに高度な知識の数々に目眩を覚えた。何人かの高名な魔術師に助言を求めた跡があったが、多くは外法として退けられたようで、有意義な記載は少ない。

 その他、ラルフとリヒトに発掘を手伝ってもらい、書斎にある多くの文献を参照にしながら、涅槃が途中まで描き上げた魔法陣の意味を解読する。そして、それがどれだけ途方もない試みであるかも。いわば時を隔てた蘇生魔術のようなもの。いかに涅槃が魔物として膨大な魔力を有していたとして、成功するとも思えなかった。

「ミナ、やれるか?」

 ラルフが心配そうに声をかけてきた。

「わからない。でも……」

 ラルフがいると、奇跡が起こってしまうような気がする。


「?」

 少女は眩い光に目を覆った。

「ここは……あれ? ご主人様の寝室ですね……れ?」

「ご主人様、お休みですか?」

「え~っと、もうとっくに朝みたいですけど……もっとも、クロエもさきほどまで眠っていたのですが」

「ご主人様? 起きないんですか?」

「朝食が必要ですか? お身体でも?」

「ご主人様……?」

 ゴーレムは涙を流さない。

 だが、そのときばかりは、彼女の感情を読み取ることができた。


 崖の先に、涅槃の死体を埋葬する。

 クロエを先頭に、後ろで三人が控えていた。

 長い沈黙。風が頬を撫で、髪を揺らした。

「これから、君はどうするつもりだ」

 ラルフがクロエに問いかける。そこで、ミナはハッとする。

 もしかしたら、自分は余計なことをしただけなのではなかったのか、と。

 涅槃亡き今、彼女だけを蘇らせて、そこになんの意味があったのだろう。

 蘇生魔術。その選択肢の存在に、今ごろになって気づいた。

 だが、もう一度考え直す。いくらなんでもそれこそ無理というものだ。涅槃を蘇生させるにしても、それはクロエの心を取り戻すことより、遙かに難しいことだった。肉体の損壊が激しかったこと、衰弱し今にも死に絶えようとしていたこと。仮に蘇生に成功しても、すぐに死んでいただろう。

 だが、それでもよかったのではないか。考えも及ばないことだったが、一瞬だけでも言葉を交わすことができたのなら、涅槃もクロエも救われたのではないか。それこそ、奇跡などという言葉で表現できる領域を遙かに逸脱していることではあるが。

「……ご主人様を弔ったあとは、居場所がありません」

 クロエは寂しげな声で言った。

「私を連れて行ってください」

「え?」

「私も、一緒に戦います」

「……僕たちの相手は、魔王だ」

「構いません。こう見えてもクロエ、腕は立つのです」

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