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或る魔王軍の遍歴  作者: 饗庭淵
四章〈楽園〉ゾルティア
14/32

(4-5)

 死者蘇生。それは途方もない試みだった。

 死亡からの時間が短いほど、肉体の損傷が少ないほど成功率は高くなる。はじめから蘇生させるつもりの殺傷なら最大の成功率を確保できる。

 それでいてなお、蘇生魔術とは成功するものではない。それほどまでに人体とは、生命とは不可逆複雑極まりないものなのだ。

「リヒト! 僕がわかるか?!」

「ラル……フ……?」

 ラルフはリヒトの手を取り、泣いた。

「なにが、あったの……?」

「あとで話す。今は、眠っていてくれ」

 そういい、ラルフはリヒトを寝かせると、ミナの方を向いた。

「今度は僕だ。ミナ、頼んだよ」

 自殺。助かるための自殺。冷静に考えれば狂気そのものを、黙って見守った。誰も止めない。決めたことだから。端から見れば異様な光景だったろう。


「やった! 成功した!」ジェイクの喜びの声が響く。「息を吹き返したぞ!」

 そうして、馬鹿馬鹿しい冒険は成功した。リヒトは寝込み、ラルフも寝込み、ミナも二度の蘇生魔術で疲れ果てており、ジェイクだけがはしゃいで喜ぶ形になった。それでも、喜びの気持ちは皆同じだ。

 一息つくと、ジェイクがラルフに尋ねた。

「今さらこんなことを聞くのもなんだが……なぜ私を信じた」

「え?」

「もしかしたら、宿屋の一件は私の登場まで含めた演出だったのかも知れない」

「まさか。騙そうって人はそんなこと自分から言いませんし、それに……」目を見て。「目を見ればわかります」

 ジェイクはラルフの純真な瞳に、思わず圧倒されていた。

「はっはっはっ、目か。負けたよ」

 くだらない茶番に苛つきながら、疲れ果てたミナはソファに横になっていた。

「なんにせよ、うまくいってよかった。本当に冷や冷やしたよ」

 周囲が喜びに沸くなか、ミナは一人違和感を覚えていた。

 私は蘇生魔術に失敗した。

 リヒトに対しては運良く成功した。この時点で奇跡だった。ゆえに、続けてラルフになど成功するはずもなく、そして失敗。できるはずもないことを、なぜかできる気にさせられていたのだ。

 なのに、彼は、生きている。

 あるいは、ならば成功したということなのだろうか。

 疲労のあまり思考が鈍っている。彼が今生きているということは、二度目の蘇生魔術も成功したということだ。なにをトチ狂った思考をしているのか。ミナは自戒する。

 だが、わからない。なにかが釈然としない。いいようのない不安が消えない。

 ゾルティアへの鬼胎? ジェイクへの不信? いずれもないわけではない。だが、大きなものはもっと身近にある。この部屋では、一晩のうちに殺人と自殺が演じられたわけだ。それも一人の男によって。

 彼は勇者なのか、狂人なのか?


 ***


「うん。いいね。准将の血。なかなかの味わいだ。魔力が湧き上がってくる」

 天蓋つきの豪華なベッドに、涅槃は眠っていた。

 ゴーレムからメイドへ、メイドから涅槃のもとへ、准将ネルの首が届けられた。桶の中にいっぱいの血を含んで。涅槃に手渡すメイドの顔にもまた、生気はなかった。まるで活力の漲るものは、その場では存在を許されていないかのように。

「大丈夫なんですか……?」対する男は罅喜奈だ。

「大丈夫だよ。狂人病は血液では感染しないし、無生物にも感染しない」

 妙に甲高い声で涅槃は諭した。涅槃の姿は、カーテンに隠され見えない。

 そして、すべての血を飲み干したのか、涅槃はメイドに首を返した。

「ここまでは思惑通りだ。魔王の名に釣られ、七魔将がやってきてくれた。そして、准将の血を手に入れることに成功した。だが、ゴーレムたちでは七魔将を仕留めることはできなかったようだ。全戦力を投じたのに、残念だ。九体とも破壊されてしまうなんてね。本当におそろしい。村落が一つ丸ごと消滅したそうじゃないか。〈ネア・クレイモア〉かな? やはり七魔将はこわいね。勝てる気がしないよ。まあ、それでも勝つ、けれども。さて、試運転も兼ねて補充するとしよう。ストックを」

 指を鳴らすと、無言でメイドが動き、奥の部屋へ。

 四肢を切断され、管によってかろうじて生命活動を維持される女性が一三体。メイドの手によってワゴンに乗せられ、涅槃の元へ届けられた。

「これで全部? まいったな。素体の確保も必要そうだ。少し駒が足りないね。この程度で七魔将の首を取れるとは思えない」

「どうなさいますか? 七魔将を討つなら、今から畳みかけるのがよいと思いますが」

「うん。その通りだ。そこで君に頼みがある。ゾルティア軍を煽ってくれ。罅喜奈、カラザーとは仲がいいんだろう?」

「ええ。私の提供する武器がなければ、あんな政府とっくに仆れてますから」

「それは頼もしいことだ。ゾルティア軍に全力で死んでもらえば、七魔将もいくらか消耗が望めるだろう。狂人病のことも学習しただろうしね。とはいえ、いかに愚劣な蛮族でも、負け戦はしたくないはずだ。うまくいくだろうか?」

「〈凶化薬〉――こいつを使いましょう。馬鹿な連中ですから、こいつのデモンストレーションを見ればすぐその気になるでしょう」

「どういうものなんだい?」

「骨格、筋肉、感覚器官、代謝機能などの身体改造。脳内麻薬を多量に分泌させ戦闘に特化させた精神改造。そして魔力量の強引な増幅。それを可能にする薬品です、寿命を引き替えに」

「これも螺旋巻き?」

「いえ、薬学はエクリプスですよ」

「では、さっそく頼んだよ。休む間を与えてはならない」

「了解しました」

 罅喜奈が退出すると、部屋には涅槃とメイドのみが残された。

 そして、涅槃は一人つぶやく。

「さて、そろそろ本来の目的に着手してもいいかもしれない。准将の力があれば、あるいは……」


 ***


 日が昇り、昼を迎えた。

 蘇生魔術は成功したが、彼らは一度死んだ身だ。すぐに動けるものではなく、ベッドの上で休んでいた。そんな彼らの療養に差し障る喧噪が、外で沸き返っていた。ラルフは無理に身体を起こして窓の外を眺めた。

「武器を持って、いったいどこへ向かっているんだ」

 皆が皆して家宝と思しきゾルティア伝統の〈彩槍〉を武装している。砂埃を上げ、高ぶった声を上げて駆けていた。

「はあ……なんだってのよ」

 二度の蘇生魔術を経て、最も疲弊しているのはミナに見えた。窓から外を眺める気力すらない。顔を覆っていた本を払いのけるだけで、ソファに寝そべり続けていた。

「ぱくぱく」

 一方、リヒトは興味なさげに病人食のパンを口に運んでいた。

「ドゥック大佐だ」ジェイクの表情は険しい。「彼が広場に来ているらしい。この空気、まるで二年前の……」

「聞け! 皆のもの!」ドゥック大佐と思われる野太い声が、広場から聞こえてきた。「このゾルティアに今、悪しきものが侵入している。その名も、七魔将セリア・ベラングェ! やつらはアイゼルに飽き足らず、このゾルティアまで侵略するつもりだ!」

「七魔将が……?」安静にしていなければなかったラルフも、こればかりは聞き逃すことができなかった。「七魔将がゾルティアに来ているのか!」

 ドゥック大佐の演説は続く。ラルフらもまた、遠くの彼の声に耳を傾けざるを得なかった。

「敵は七魔将、君たちも知っていることだろう。怖ろしい相手だ、恐るべき相手だ。魔族は強い。あのアイゼルの皇都も一夜のうちに陥落した。その魔族に対し、我々ゾルティアはどう立ち向かう? まして相手は七魔将、対する術はないのか? 否! 断じて否! 戦うのだ! 逃走と降伏は敗北に勝る恥である! 母なる大地を、愛すべき国家を不浄なる魔族によって汚させるわけにはいかぬ! 我らの血によってのみ清めるのだ!」

 扇動の言葉に呼応し、若者も声を上げる。死ねという言葉を、熱狂をもって迎え入れる。腕を振り上げ、シュプレヒコールを繰り返す。

「意気軒昂、それでこそ誇り高きゾルティア人だ。意気さえあれば負けはせぬ。次は勝つための力を与えよう。〈凶化薬〉だ。我々がエクリプスより入手した戦闘薬だ。これさえあれば、我々は魔族に匹敵する力を手に入れることができる。勇気あるものよ! 我のもとへ集え! 共に戦おうぞ、忌むべき魔族と!」

 そのとき、民衆の昂奮は最高潮に達した。

 反比例するように、ジェイクは急激な寒気を覚えていた。

「戦争……ゾルティアと七魔将で、戦争が起こる……」

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