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或る魔王軍の遍歴  作者: 饗庭淵
四章〈楽園〉ゾルティア
13/32

(4-4)

「それにしても、出現のタイミングがよすぎるな」

 セリアはロジャーに鋭い眼光を向けて言った。

「見ていたな。飛び出してきたのは、私が狂人病に感染すると困るからか」

「察しがいい。だが、それだけじゃない。情報提供の見返りに、君には協力を頼みたい。君の標的も涅槃だろう?」

「…………」

「どうした? やはり妹が気掛かりか?」

 セリアは目を伏せた。

「諦めろ。そして、ここからは離れた方がいい」

 ネルは縛られたまま、まだ手足をジタバタさせている。その姿は正視に耐えない。

「本当に、手はないのか……?」

「ない」

 短い返答。すでにセリア自身も手は尽くした。魔族に対しては本来望ましくないあらゆる回復魔術を試した。そのうえ、ネリアは感染者を一人のみならず複数殺害している。なにも知らずに。

 予期せぬ別れに胸を痛めながらも、彼女は覚悟を決めた。

「わかった。ネルのことは諦めるしかないようだ」

 セリアは、その場を後にした。

「で、返事を聞いてなかったな。涅槃について、聞くかい?」

「そのネハンというのはなんだ」

「おっと、そこまで知らなかったのか。失礼。ならばこういえばわかるかな。ゾルティアの魔王、と」

「!」

「その反応、やっぱりそうか。魔王を名乗る不届きものを、成敗しに来たわけだ」

「情報は聞く。だが、手を貸すかどうかはそのあとで決める」

「わがままだねい。じゃ、話させてもらうよ。涅槃……名前からわかるよう、こいつはゾルティア人ではなくケスラの末裔だ。ところで話は変わるが、どうして魔物は魔族に比べてあんなにも弱いか、知っているか?」

「誰に聞いている。私は魔族だぞ」

「失礼。そう、魔物も魔族と同様、魔力量だけなら膨大なものを持っている。だが、魔物は魔術が使えない。魔物には知性がないからだ。知性なきものに魔術は扱えない。魔族に匹敵する膨大な魔力を持ちながらも、出力ができないために持ち腐れにしているということだ」

「わかっている。それがなんだというんだ」

「涅槃は人間じゃない」セリアの反応を伺いながら、ロジャーはニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべた。「涅槃は、魔物なんだよ」

「! なんだと……!」

「どういう経緯かは知らん。推測するに、やつは魔族の力に憧れ、魔族を殺し、その血をがぶ飲みした。通常、魔族の血を飲んだものは理性を失った魔物となる。だが、やつは自分なら大丈夫と無根拠に確信し、実際に理性を保ったまま魔物となった。実に狂った思考回路をしている。もとから狂っていたから無事だったのかもな」

「そんな与太話を信じろというのか」

「だが事実だ。ゴーレム一体を造るだけでも馬鹿みたいな魔力が要るんだ。やつはそれを複数所持している。魔物か、あるいは魔族でなきゃありえねえよ。つまりはだ、魔物でありながら理性を保っている彼は、そりゃもう魔族と違わない。魔族と同等の力を手にしているということだ」

「ふざけるな。魔物が魔族と同等だと」

「それだけじゃない。罅喜奈(ひびきな)という仲間も厄介だぜ。こいつも、名前からわかるようケスラの民だ。涅槃を心酔しているらしく、忠実な手足として動いている。武器商人で、螺旋巻きとコネクションがあり、強力な兵器の数々をゾルティアに持ち込んでいる」

「たいした問題ではない。正体さえわかってしまえば、魔族の敵ではない」

「そうかい。まあ、俺からの情報はこんなもんだ。どうだい、一緒にこいつをやらないか? どうせ目的は同じなんだ。力になれると思うけどな」

「馬鹿も休み休みいえ。私を監視していたのは、私の懸賞金が目当てだったからだろう? 隙あらば寝首を掻こうというものと手を組めというのか」

「そうだ」

「正直なんだな」

「どうせバレバレだしな」

「私に勝てるとでも?」

「勝てるんじゃないかな? なにせ相手は、七魔将最弱の〈恋する乙女〉だ」

「私もお前のことは知っている。〈伝説の冒険屋〉などと呼ばれているようだが、あまり調子に乗らないことだ」

「よせやい。照れる。まあ、〈恋する乙女〉ほどじゃないけどな」

「舐めてるのか」

「舐めてはいない。まだね。しかし、いずれは舐めたいものだ。君の身体をね」

 沈黙。

「あれま、おじさんのギャグはつまらなかったかな?」

 沈黙。

「それで返事は?」

「なんの返事だ」

「手を組まないかって」

「断ったのがわからなかったのか」

「すまん。わからなかった」

「だが、涅槃とやらを標的にしている以上、無用な敵を増やしたくないのも事実だ」

「お?」

「忠告しておこう。私の邪魔をするな。お前たちでは、私には勝てない」

「たちって?」

「惚けるな。〈隠匿〉か〈負幻影〉か、いずれかの術者が仲間にいるな? でなければ、私に気づかれずに監視できたはずがない。もしくはお前がそうなのか。一瞬、出てくるときに解除したらしい、そのとき複数の魔力が感知できたから前者だな」

「そこまで見抜かれているとはねえ。さすがは〈恋する乙女〉だ。これが〈恋する乙女〉の力か」

「私の機嫌を損ねて、さっきからなんのつもりだ?」

「おおっと、こわいねえ。すみません、自重します」

 そのとき、ただならぬ気配をセリアは察した。

 遠方より風を切り、亜音速で迫る複数の殺意。

 彼女は反射で〈防禦障壁〉を形成した。

 炸裂。着弾の寸前まで、そして着弾後も、セリアは瞬時に〈防禦障壁〉を何重にも再形成した。そうでなければ防げぬほどの爆風、衝撃波、火炎、破片が襲った。

 弾雨が止み、煙が舞う。完全には禦ぎ切れずに、彼女の肌はくすみ、破片が肩に脚に食い込んだ。視界が開けた、その先に見えたのは。

 人影。石膏のように白い肌。能面のような表情。人の姿をしてはいたが、とても人間とは思えない、まさにゾルティアにふさわしい風貌をしていた。

「ゴーレムだ」セリアの後ろに隠れていたロジャーがいった。「そして、やつの装備は〈榴弾砲〉――重すぎてとても人類には扱えない代物だ。さっきいった、罅喜奈が輸入してきたものだろう。鬼に金棒ってやつだ」

 硝煙を身に纏いながら、その影はじょじょにこちらへ向かってくる。

「……やばいな。九体はいるぞ。とにもかくにも市街地へ逃げ込もう。あの〈榴弾砲〉も、障害物が多けりゃ威力は減だ」

 二人は同じ方向に駆け出した。榴弾の雨をかわしながら、市街地へ。


 虐殺が日常のゾルティアにあって、やはり命は欲しいものだ。

 騒音に住人たちは目を覚まし、喧噪をまき散らす。どさくさに紛れてのトウモロコシ泥棒は欠かせない。ダウン系で惚けていた人々も生存のためには醒めざるを得ない。略奪品を満足そうに並べていた海賊たちの混乱は一際だ。

 悪夢が歩いてやって来た。住民の命などお構いなし。セリアとロジャーは二手に分かれた。市街地は小さな部落のようなものだったが、死角は十分に多かった。建物に身を隠しながら、死の雨を避け続ける。流れ弾による被害は増すばかりだ。

 砲による攻撃が適切でないと判断したらしい。ゴーレムは砲を捨て、攻撃手段を切り替えた。腕から金色の刃が姿を現す。

 〈オリハルコン・ブレード〉。最高硬度の金属による斬鉄の刃。大規模な設備を用いた錬金魔術によってのみ加工が可能になる至高の剣だ。

 母を殺された子供が槍を持って立ち向かう。ゴーレムは殺意に反応し、それが届く前に子供の首を刎ね飛ばした。

 息子を殺された父が激昂し、彼もまた槍を手に持つ。だが、次の瞬間には返り血を浴びたゴーレムの表情に竦み、逃げ出した。

「障害物……ああ、肉の壁のことでもあるのね」

 セリアは納得した。その光景に目を奪われ、数瞬ほど背後の影に後れを取る。

 魔族の反射速度が上回る。振り向きざまに、後ろ回し蹴りを頭部へ。倒れない。

 すかさず避ける。刃が掠める。姿勢を崩す。服が切れ、肌が傷つき血が滲む。ゴーレムは追撃に刃を振り上げた。

 と、その腹部に銃撃。

「危なかったな」ロジャーの援護だった。「そいつはゴーレム。人形だ。急所なんてものは基本的にない。あるとすれば〈emeth〉――そのeを削ることだが、やつらはそれを身体の中に隠している。結局はバラバラに破壊しないかぎり止める術はない」

「――それがお前の武器か」

「そう。こいつはただの銃じゃない。〈散弾銃〉だ。状況に応じて弾丸を使い分けることができる。そして、こいつらにふさわしい弾丸は――〈ライフルドスラグ弾〉だ」

 再び、ゴーレムに向かって撃ち込む。無痛の人形を単純な運動エネルギーで怯ませるほどの威力。だが、それだけだ。行動不能にするだけの破壊は望めない。ましてや敵は、九体もいるのだ。

「どうする? 〈恋する乙女〉さん。なにか手はあるのかい?」

「私もただ逃げていただけではない。人族の魔術を使うのは癪だが、そうも言ってられん。準備は整った。この市街地から脱出するぞ」

「んん? ここを出るのか。ん? ああ、こいつはやばい」


「〈ネア・クレイモア〉」

 〈爆発系〉多重術式。いわば強力な地雷。壁によって対象を閉じこめ、内部にて魔力が尽きるまで無限連鎖爆発を起こす。周囲への二次被害を避け、なおかつ威力効率を何倍も高める。セリアは市街地を包み込む巨大な魔法陣を描き、市街地を包み込む巨大な爆発を生じさせた。

「はぁ、はぁ、はぁ……」

 これには、さすがのセリアも消耗した。

「あちゃ~、あの中に狂人病感染者がいなけりゃいいけどね~」

 ロジャーは、セリアが考えたくもなかったことを口にした。

「とはいえ、死体も残らず蒸発させるような殺し方なら、案外大丈夫かも知れん。ま、安心なすって」彼にとっては完全に他人事だ。

「どうした? 消耗している私を撃たないのか?」

「遠慮するよ。もしかしたら、さっきので感染してしまってるかも知れないしね。しばらく待って、発症しないようならまた会おう。今度は敵としてね。それまでの間、くれぐれもゾルティアでの無差別殺害は避けてくれよ?」

 ロジャーは去る。セリアにはその背を追うだけの力はない。

 可能ならば、今後障害になりうる彼は始末しておきたかった。だが、彼は〈伝説の冒険屋〉だ。その名声もさることながら、情報が不足している。間違いなく仲間が近くにどこかに潜んでいるが、その人数も能力もわからない。そして、ロジャー自身のことも。

 あの男は最後まで自らの手の内を明かさなかった。可能なかぎりゴーレムからは逃げ回り、適当なタイミングで恩を売る。

 〈散弾銃〉――たしかに優れた武器だろう。だが、それだけでは〈伝説の冒険屋〉などと呼ばれるはずがない。彼にはまだ、隠しているなにかがある。

 一%でも返り討ちの危険があるなら、下手に向かうべきではない。黙っていても戦いが避けられるのなら、そうすべきだ。


 一方、ネルは未だに拘束を振り解こうと暴れ続けていた。

 狂人病は、症状が進行するにつれ、持ちうる魔力をすべて搾り出し、そのすべてを限界を超えて暴力に変換する。

 第Ⅲ深度症状。〈光の茨〉を断ち切り、彼女は再び狂気の虜となる。

 はずが、ごろりと首が落ちる。

 無表情の人ならぬ顔に、返り血が飛んだ。その首を、できるだけ血を零さぬよう、桶に回収する。

 血を、届けるために。

 新たな力を、届けるために。

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