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或る魔王軍の遍歴  作者: 饗庭淵
四章〈楽園〉ゾルティア
12/32

(4-3)

「一部屋しかとれないって、ふざけてんのあんた」

 ラルフ一行、今日一日で成果はなし。なのにどっぷり疲れてしまった。夜も更け、今すぐにでもベッドに潜り、疲れを癒したいところ。だが、このゾルティアで安らかな眠りは高くつく。

「ぼ、僕は悪くない! どの宿も強盗に潰されていて、残っていたのがこの宿だけで、でも他の部屋は壊滅的で……」

「なぁるほど。ホント、めちゃくちゃな国ね。で、そのめちゃくちゃな国へ来たのは、誰の提案だったかしら」

「よ、要はベッドが三つあればいいんだろ!」

 肝心の部屋に入る。

「二つね」

「二つしかない……」

 ため息をつく二人と、あわてるラルフ。

「こ、困ったな。ど、どうしたら……なあ? どちらのベッドに……いやいや、まさかそんな」

「いやお前床だから」

「え……」

 当然の結果だが、気づくのが遅すぎた。


 粗末なベッドで眠る二人の少女と、さらに粗末な床で眠る一人の男。

「ミナ、いびきがひどいね」

 眠れないのか、リヒトが話しかけてきた。

「う、うん」

「ラルフ……」リヒトはもぞもぞと姿勢を変え、ラルフの方を見た。

「なに?」

「床、寒くない?」

「だ、大丈夫だよ。もとはといえば全部僕が……」

「いっしょに、ねむる?」

「え?」

「ベッドは広いから」

 思わぬ提案にラルフは戸惑う。

「……い、いや! いいよ!」

 ラルフは慌ててリヒトに背を向けた。

「私は別にいいのに」

 リヒトは小声でぼそりと言った。


 悪意の影が迫っていた。短刀を持ち、声を殺し音を立てずに。

 まずは床に眠る、間抜けな男の喉元へ。

「夜盗か」

 短刀は床に深々と突き刺さる。ラルフは飛び起き、剣を構えていた。一瞬の油断も許されない。このゾルティアで安心して眠れるはずもなかった。

「それにしても、宿主が率先して強盗とはね」

 夜盗は五人。その主犯格は見知った顔。どうせ殺すのだからと顔を隠すこともしない。男たちはなにも答えない。宿主は懐より武器を取り出し、構えた。

「鎖鎌……厄介な……!」

 剣とは相性の悪い武器だ。ラルフは冷や汗をかく。

 リヒトも起きあがり銃を構えていた。だが、昼の殺人がトラウマになっているのか、その手は震えていた。

 さらに後ろから影。大柄な男が、ビール瓶でゴン、と夜盗の後頭部を打ちつけた。

「〈過重圧〉」

 残る四人の男たちも、魔術によって地面に向かって勢いよく押し潰される。

「大丈夫か君たち」

 姿を現したのは、夜盗とはまた違った雰囲気をした男だった。

「あなたは……」

「私はジェイク。この街の自警団のようなものだ」

「んあ? なになに」

 今ごろになってミナが起き出す。

「外国人か? 災難だったね。このゾルティアでは、周りに人のいない荒野にでも野宿する方がいくらか安全というものだ」

 ミナは寝ぼけまなこで、倒れた五人の男と、見知らぬ男を見ながら、状況を察しようと努めたが、また眠くなってきた。

「ん?」

 ふと目をやると、リヒトが顔を赤め、虚ろな視線でふらふらしていた。

 そして、突然倒れ込む。

「リヒト!」

 ラルフが駆け寄り、額に手を当てる。

「すごい熱だ……でも、いったいなぜ」

「感染症かしら。まずいわね。眠気が一気に飛んだ」

「と、とにかく医者のところへ!」

「医者って、このゾルティアに医者なんか……」

「私が医者だ」ジェイクが言った。「来たまえ」

「え? なにそれ」


 ***


 セリアは当惑していた。

 ネルを抱えて、ともかくは休める場所を探す。そして、市街地を抜けた荒野に一つの廃屋を見つける。人はいない。埃まみれ、倒壊寸前ではあったが、他に選択肢はない。とりあえずはここで腰を落ち着けることにした。可能なかぎりベッドを整え、ネルを寝かせる。

「どういうことだ。魔族が感染症だと?」

 あるいは、彼女たちには人の血が流れている、そのためかも知れない。

 ネルが高熱を出して倒れた。原因はわからない。空気感染によるものならば、自分も危ないかも知れないとセリアは思った。回復魔術を続けるが気休めにもならない。あらゆる治癒魔術を試すが効果はない。これほど毒性の強い病など聞いたことがない。

「困った……」

 感染症でつまづくとは予想していなかった。これがゾルティアの恐れられる所以か。そして、偽りの魔王にとっての勝算だったのだろうか。

 考えても埒があかない。看病を続け、ネルの自然治癒力に期待するしかない。セリアはネルの隣に椅子を運び、腰掛けた。

 うとうとしていると、どうやら眠ってしまっていたらしい。

「……? ネル?」

 ネルはベッドの上に立ち上がっていた。窓から差す月明かりを浴びて。

「ネル、熱は下がったの?」

 返事はなく、ただ、「ふしゅるる……」と気味の悪い、声ともいえぬ声。

「ネル?」

 廃屋は散った。もとより壊れかけていたその建物は、爆発四散し影を失った。

「ネル!」

 彼女は正気を失っていた。まるで、日中に現れた狂人のように。涎を垂らし、視点は定まらず、全身は殺意を脈打っていた。

 爪を立て、セリアを襲う。避ける、避ける、矢継ぎ早に攻撃してくる。どうすべきかわからずに、セリアは攻撃を避け続ける。胸を裂く。喉元を掠める。本気で殺しにかかっている。理解できない。

 窮余、反撃。威力を殺した〈爆発系〉を浴びせ、距離を取る。だが、怯まない。効いていないわけではない。悲鳴の一つすらない。殺意だけがネルの肉体を駆動する。

「〈樹縛〉――!」

 他に手はない。ネルを〈光の茨〉で縛り上げた。棘が身体を刺しながらも、彼女はまだ暴れ続ける。

「いったいなんだというんだ……」


「〈狂人病〉だ」どこからともなく、男が姿を現す。「しかし、魔族に感染するとは知らなかったよ。魔物にも感染例はあるから可能性はあると思っていたが」

「なにものだ」

「マジカル・ロジャー。冒険屋だ。貴女は七魔将の一人、セリア・ベラングェさん?」

 男がセリアを知るように、セリアもこの男を知っている。

 〈伝説の冒険屋〉――『警戒すべき冒険屋』リストのトップに名を連ねる男だ。

 セリアは身構える。が、一方で男は余裕だ。警戒を解くよう促すような大仰なジェスチャーまでして見せた。セリアも彼の意を察する。そう、今の関心は彼ではない。彼の言葉だ。

「狂人病だと?」

「そうだ。こいつに罹ると、まず第Ⅰ深度症状で激しい高熱が出る。問題はその次。第Ⅱ深度症状では、完全に理性を失い、凶暴な狂人へ成り果てる。死の恐怖すら失った、殺戮者と化すんだ」

「馬鹿な」

「こいつはゾルティアの風土病でな。ゾルティアが避けられる原因の一つになっている。もっとも、その詳細については一般に知られていない。現れたのも最近らしいし、研究しようなんて物好きもいないしな。俺がこいつのことを知ったのも偶然だ」

「なるほど。だが、わからないことがある。感染経路だ」

「そう。そこなんだよ。普通はわからないわな。この病で最も特徴的なのは、その感染経路にある。心当たりがあるはずだ」

「……たしかに、感染者と思しき連中には会ったが……」

「殺感染――この病は、感染者の殺害によって感染する。それがこの病の正体だ」

「な、なんだと」

「ん? そんな病あるはずない?」

「たしかに、俄には信じがたいが、合点はいく……」

「そゆことだ。よくできてるだろ? 発症者が暴れ回るのは、つまり殺してもらうためなんだよ。それもできるだけ、強いやつにな」

「……笑えんな」

「とはいえ、まったく手が打てないわけじゃない。ゾルティアンは経験的にそのことをわかってる。縛られたまま放置された餓死者を見ただろう? この病に治療手段はないが、感染力は極端に低い。感染者の自然死あるいは自殺によって感染を防ぐことができる。というより、これしか方法がないというのが正しいが」

「彼女を助ける方法は……?」

「ない」


 ***


「狂人病……! そんな馬鹿げた病気が存在するだなんて……!」

 ミナは唇を噛んだ。たしかに、昼の狂人は普通じゃなかった。だからといって、感染性の狂気などと思いも及ぶはずもない。

 ジェイクの診療所にリヒトを寝かせ、その隣でミナは歯がみした。

「助ける方法は! 彼女が助かる方法はあるんですか!」

 ラルフはジェイクに詰め寄る。

「ない、こともない」

「あるんですね?」

「……一つだけ、手はある」ジェイクはラルフを落ち着け、尻込みしながらも答えた。「彼女を殺すんだ。狂人病から逃れるにはそれしかない」

「なっ、なにを言ってるんですか! ふざけないでください!」

「最後まで聞け。彼女を殺し、すかさず蘇生魔術をかける。それしか方法はない」

「……!」

「だが、わかっているだろう。この方法はあまりに危険だ。蘇生魔術なんていう高度な魔術、理論体系も未完成の代物。教会からも禁忌魔術に指定され、臨床成功例もほとんどない。私も長い間習得に励んでいるが、まるでうまくいかないのだ」

「他に方法は……」

「ない。少なくとも現状ではな。私も、拙い設備と知識ながら研究を続けているが、あらゆる治療法は意味をなさなかった」

「そ、そんな……どうすれば……」

 手はある、といってもほとんど絶望的だ。蘇生魔術の使用者がいなければ話にならないし、いたとしても成功確率は極めて低い。もし失敗したとしたら、むざむざ彼女を殺すことになるのだ。

「蘇生魔術……」ミナが顎に手を当てる。「一度だけなら、成功したことがあります」

「なに!」

「待って。たしかに、それならリヒトは助かる。あくまで、うまくいけばだけど……でも、仮にそれが成功したとしても、それはババを他人に押しつけるだけ。根本的な解決にはならない」

「僕がやろう」

「だから……!」

「一つ聞きたいのですが」ラルフはジェイクに尋ねた。

「なんだ」

「感染者が自殺した場合はどうなりますか」

「さすがだな。そこに気づくとは」ジェイクは答える。「君の考えているとおりだ。狂人病を完結させるには自然死ないし自殺、要は他殺でなければいい」

「わかりました」今度はミナの方を向く。「そういうことだミナ。僕がリヒトを殺し、そのあとで僕が自殺する。蘇生魔術を頼む」

「それじゃ二度手間……!」

「リヒトに自殺しろというのか?」

「いや、でもどのみち殺すじゃん……」

「狂人病は僕が引き受ける。そこに一%でも可能性があるなら、やる価値はある」

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