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温水洗浄ベンザ


 ベンザ卿が砲弾を担いでいるのには理由がある。

 それはもちろん先ほどの攻撃の最中のことだ。


 雨のように降り注ぐ砲弾とその爆炎。その両方がベンザ卿を襲うが《絶対防御領域ベンザ・カバー》がそれらからベンザ卿を完璧にまもっていた。ベンザ卿は自分が籠の中の鳥のような気分だったが、この際こちらの方が幸運だったと考え直す。耳を覆いたくなるような音と共に自分のすぐ手前に砲弾が着弾した。砲弾は地面を抉り取り、小石やその破片を爆発の勢いをベンザ卿に押し当てたが《絶対防御領域ベンザ・カバー》を少し揺らした程度だった。


 (よく耐えてくれる……が、直撃はさすがにまずいか……注意しなければ)


 爆炎の熱で《絶対防御領域ベンザ・カバー》の中の温度も徐々に上がってきていいる。ベンザ卿は 額の汗を腕で拭うと。眼前の光景に再び目をやった。そんな時視界の隅に一筋の光が飛びこんできた。


 流れ星―――そう思いたかったベンザ卿だったが、そんな偶然あるわけもなく。その光はベンザ卿めがけて一直線に飛来してきた。光を砲弾と認識した時には手遅れで、すでに回避は間に合わない状況だった。戦艦から放たれた人ほどの砲弾が、運悪く《絶対防御領域ベンザ・カバー》に直撃した。今までどのような攻撃にも絶対的な拒絶反応を示していた《絶対防御領域ベンザ・カバー》が、その時だけまるでガラスの壁ようにあっさりとそれを通した。氷が砕かれるような音と同時に《絶対防御領域ベンザ・カバー》の一部が決壊してベンザ卿に鋼の塊が迫った。



 鼻先に迫った破壊の象徴をベンザ卿はほぼ本能的に砲弾を両手で掴んだ。いくら≪カオス≫の力を得ていようと、これは奇跡に近い。


 ベンザ卿は驚きの表情を浮かべる――――時間もなく砲弾との格闘が始まった。


 高速で回転する砲弾の頭を両手で押さえ、必死で回転を弱めようと試みる。小手が高熱で真っ赤に染まり、両手から鮮血が溢れ出した。どうやら≪ソゲブ≫を無効化できるのは新たな力、《絶対防御領域ベンザ・カバー》だけらしく、それを突き破ったこいつは十二分にベンザ卿を殺傷できる力があるらしい。砲弾の回転で、周囲に鮮血が撒き散らかされ、一面を赤の世界に変えてゆく。ベンザ卿は返り血で半ば真っ赤になりながらも、さらに両手に力を加えた。


 「うおおおおおおっ!!!!!」


 悲鳴の混じった怒声を上げながら、自分の中に眠るすべての力を解放させる。体中の関節が、痛みという名の拒否反応を示したが、無理やり従わせる。


 バリバリッッ――。


 風穴の開いた《絶対防御領域ベンザ・カバー》に蜘蛛の巣のように亀裂が走ってゆく。ベンザ卿は大きく目を見開いた。全身から力が泉のように溢れ出てくる。胸の中心が光を放ち、全身から光の粒子を放った。重力から解放されたベンザ卿は、まるで水中にいるような感覚を覚える。


 刹那――光が全てを包んだ。


(ベンザ卿……全てを解き放ち私と同化せよ)


 突如男の声が耳に滑り込んできた。マッケンバウアーでは無く、今までに聞いたことのない声だ。


 (誰だ!!)

 (私は……お前……お前は私)

 (!?)


 その一言を最後に声は突然聞こえなくなった。激しい光が視界を包み、ベンザ卿は思わず目を閉じた。全ての音が聞こえなくなった。ベンザ卿の力に耐えきれなくなった《絶対防御領域ベンザ・カバー》が崩壊する。外に一気に溢れ出した力は衝撃波となって周囲に拡散し、津波のように周囲の物を飲み込んだ。


 止まった――。


 ベンザ卿の体から力が抜けた。膝をついて荒い呼吸を行い、同時に両肩のショルダーアーマーが激しく上下に動いた。周囲は舞い上がった土煙と砲弾の黒煙により澱んだ空気を漂わせており、周囲からの視線を完全に遮断している。ベンザ卿は完全に沈黙した砲弾を腋に抱え、口端に笑みを浮かべた。


 私は生きている――。


 ふと自分の体に目をおとすと、純白の鎧が鮮血で染められていた。この量は完全に致死量である。医学の知識がないベンザ卿だが。人がとの程度の血を失ったら死ぬのかは、何度も戦場で目にして感覚的に知っている。手に目をやると驚いたことに傷はすでに塞がりつつあった。赤い瘡蓋が鱗のようにこびり付いている。ふと思い返すと、先ほどから体の痛みが感じられない。


 あれだけボロボロだったのに――。


 「まったくどうなっているんだこの体は……それにさっきの声は……」


 そんなことを漏らしながら自分の寿命について考える。先ほどの攻撃から立ち直りは早かったつもりだ。あと5,6分の寿命はあるはずだ。いや、先ほどかなりの体力を消耗したからもっと少ないかもしれない……本当にそれだけの時間で彼らをかき分け、あのいまいましい塔を折ることができるのか。


 (いや惜しい……)


 ベンザ卿は砲弾を肩に担いで立ち上がる。


 (このようなことを考えている時間自体が惜しい)


 辺りに立ち込めた黒煙が薄くなり、周囲の雑兵を浮かび上がらせた。雑兵たちは皆恐怖で顔を強張らせている。中には腰を抜かしているものまでいた。


「私には時間がない……お前たちと遊んでいる時間はないんだ……」


 「まずはお礼をしなければ」


 右手に砲弾を持ったベンザ卿は一人声を漏らす。今天界軍の所有する兵器の中で一番の脅威が空中戦艦でありその主砲である。他の小型兵器は《絶対防御領域ベンザ・カバー》には傷一つ付けることができない。しかし戦艦の主砲は別格である。命中率が極端に低いとはいえ傷どころか《絶対防御領域ベンザ・カバー》を貫通させている。これは確実に破壊しなければなるまい。しかし全ての相手をしている暇はない、一定数数を削って摩天楼の破壊に向かわなければ時間がない。一隻に1分もかけられない。


 「5秒だっ!!」


 ベンザ卿は戦艦に背を向けて少し屈みこんだ。右足で強く地面を蹴り、同時に体を捻る。体に回転を加えて、右手に持った砲弾を力強く戦艦に向けて押し出した。勿論音速を超えて押し出された砲弾は、周囲に波紋のソニックブームを巻き起こしながら、まるで何かに吸い寄せられるように、持ち主のもとに帰っていった。


 ゴウンッ,と重たい金属音が聞こえた。


 空を見上げれば、1隻の戦艦が中央の動力部から火柱を上げて急速に高度を落としていく。


 「ゴミはちゃんと家に持って帰るんだ」


 そう吐き捨てたベンザ卿は視線を次の獲物に切り替えた。素早く地面を2度蹴り、空高く舞い上がる。それに驚いたのは残りの艦隊は≪近接防衛火器システム(ファンランクス)≫を作動させベンザ卿の撃墜を試みた。


 六本の砲身が竜巻のように高速で回転し、20mmの弾を盛大に吐き出した。世間ではバルカン砲と呼ばれる恐ろしい兵器だ。放たれた炎の線は鞭ようにうなり、宙をかき混ぜた。1隻ならまだしも25隻の戦艦が同時にそれをしたのだらか空は当然大変なカオス空間となった。摩天楼上空は火器の曳光と爆炎で真っ赤に染められ、空なのに火の海という表現が、とてもその場の惨状を表すのに適しているように思えた。


 一方ベンザ卿は、敵艦隊が一斉にそのようなことをしたため人工の火災旋風かさいせんぷうの中に単騎突っ込むような形となった。しかしベンザ卿は驚異的な反射と素早さで全ての火線を掻い潜る。同士討ちを恐れ≪アークエンジェル≫は戦艦にコバンザメのように張り付き離れようとしない。これはベンザ卿にとって好都合だ。ベンザ卿は空中で、見えない壁を水泳のスタートのように思い切り蹴り付ける。空気の炸裂音と共に自分自身が弾丸となり戦艦に突貫する。標的となった戦艦の≪近接防衛火器システム(ファンランクス)≫がそれに反応してベンザ卿の予測進路に素早く弾幕を張った。


 一陣の風となったベンザ卿は脆弱な≪近接防衛火器システム(ファンランクス)≫をあざ笑うかのように右手を正面に突きだし叫ぶ――。


 「《絶対防御領域ベンザ・カバー》」


 薄い光を帯びた正20面体が一瞬で周囲に展開せず。光の盾がベンザ卿を包まなかった。


 「はぬっ!!」


 馬鹿のような声を漏らした瞬間20㎜の弾丸か脇腹を掠めて、赤い線が流れた。傷自体は一瞬で塞がったが、その痛みに悶絶しながらなんとか前に足を突き出した。足は本来何もない場所に何かをとらえ、ベンザ卿はそれを踏み台にして体を反転させる。それとほぼ重なるタイミングで先ほどまで体があった位置にバルカンが襲いかかった。20㎜ソゲフ弾が虚空を刃のように切り裂いてゆく。ベンザ卿は今までとは一転して余裕の表情を崩した。


(《絶対防御領域ベンザ・カバー》が展開できない!! 先ほど崩壊したのが原因か。まあ理由はそれしか考えられない。再度使用に時間を要するか……それとも2度と使用できないか……)


 ベンザ卿は頭の中でスイッチを切り替える。今まで使用できた絶対的な盾は使用できないのだ。戦場では状況に応じて臨機応変に戦い方を変えなければ死が待っている。


(懐に潜り込みたいが、今の状態では無理だ。かといって遠い間合いは明らかに不利だ)


 ベンザ卿 に遠い間合いの攻撃手段がない訳ではない。≪ 炎の指パッチンフレイム・フィンガースナップ≫や≪口笛の刃ホイッスル・ブレード ≫はどちらも強力な技だ。しかし巨大な戦艦に対しては。≪ 炎の指パッチンフレイム・フィンガースナップ≫では小火程度の効力ぐらいしか望めず。≪口笛の刃ホイッスル・ブレード ≫の空気の刃ではあの分厚い装甲を切断するのは不可能だろう。


 狼のように集団で襲い来る弾丸を、側転の回転運動で踊るようにかわしながらベンザ卿は契約時にマラサイが自慢げに語っていたことを思い出した。



     ◇     ◇     ◇




 「はあ、大体のことができます。14歳ぐらいの少年があこがれている大体の能力が使えます」

 「目からビーム」


 ベンザ卿はとっさに思いついた能力を言った。


 「できます」


 「手からエネルギー弾」

 「初期装備です」




     ◇     ◇     ◇ 




 楽しく語り合った1時間前のことを思い出す。


 (試してみるか……)


 ベンザ卿は両目をこれでもかというほど見開き、憎き空中戦艦を睨み付ける。が、すぐに目を擦ってやめてしまった。


 (痛そうだからエネルギー弾にしておこう……)


 情けないように思えるがみなさん想像してほしい、目に見えない埃さえ激痛の元になるのだ。そのようなデリケートな部分からレーザーを発射しようというのだから、皆さんもベンザ卿と同じく背筋が寒くなったはずだ。そんなくだらないことを考えている間にベンザ卿はさらに追加で飛来した数百発の弾丸をヒラリと回避すると、左手で右肘付近を支えながら手の底を一番巨大な戦艦に向けた。全身の感覚が鋭くなり、体中から熱い物が右手に流れ込んできた。


 デカいのがくるな――そう感じ取った瞬間、ベンザ卿はとっさに思いついた言葉を発した。


「≪荷電粒子砲(ウォシュ・レット)≫」


 ベンザ卿の右手が十字の輝きを周囲に放った。その恒星のような煌きと流星のように尾を引く残光が兵士たちの瞳に焼き付けられたのと同時に。光の線は戦艦の横っ腹を貫いた。


 ベンザ卿は反動で対角線上に少し流されながらも、そのあまりの威力にため息を漏らした。戦艦は撃たれた側と反対の側の面から紅蓮の光を漏らし戦艦の部品を宙に四散させる。その数秒後に炸裂音がベンザ卿の耳に遅れて届いた。


 戦艦は空から退場していく、どうやら動力炉を撃ち抜かれてもそのまま落下しないように設計されているらしく、その鉄の塊は小型の山のような大きさを見せつけながらも、ようにゆっくりと地面に向かっていく。その姿はまるで海中を遊泳するクジラのようだ。


 ベンザ卿は確信を持ち宙で跳躍する。空気の抵抗を少なくするため腕を折りたたみ落雷のような多角的な直線機動で≪近接防衛火器システム(ファンランクス)≫を翻弄する。


 (一隻一隻潰していては時間が足りない)


 腕は2本あるのだ。効率的に使用しなければならない。ベンザ卿は両手を突き出し急降下で戦艦の下に潜り込む。そして反転をかまして空中静止する。下に潜り込んだのは攻撃で2次被害を出さないため、静止したのは動いていると正確に狙えないからだ。


 「≪W・荷電粒子砲ダブル・ウォシュ・レット≫」


 2本の光線が発射されて、2隻の戦艦を一瞬で鉄くずに変える。先ほどと同じように2隻の戦艦が大地に向かって沈んて行く。その光景を目の当たりにした戦艦はさすがに危険を感じてベンザ卿の周辺から離脱してゆく。密度の濃いい弾幕に明らかな向抜け穴できた。ベンザ卿がこの隙を見逃すはずがない。空宙を三回に分けて蹴り一気に音速に加速する。もうおなじみとなったソニックブームをまき散らしながらベンザ卿はその抜け穴に向かって飛び込んだ。


 全身を衝撃が突き抜けた。


 砲火の穴を掻い潜る途中、何かが横っ腹をえぐったのだ。ベンザ卿は弾に当たったのかと思ったのだが違った。苦痛で歪めた顔を脇腹に向けた時あるものを見たのだ。


 足だ。腰だ。胸だ。腕だ。頭だ。


 (こいつは……)


 グラつく意識で必死に頭を働かせた。


 (人だ!!!!)


 空中に浮いていたのは男性だった。金色の髪をオールバッツクにまとめ、瞳の奥では銀色の炎をこれでもかとばかりに燃やしている。間違いなく天界人だ。ベンザ卿と同じく空中に佇む男は、瞳の炎とは裏腹に氷のような視線をベンザ卿に突き刺し、薄く口を開いた。


 「貴様に個人的な恨みはないが任務なのでな、ベンザ卿」


 男の格好は実に奇妙だ。体は赤い鎧で覆われているが、その鎧の関節部分は、生の筋肉の繊維のような物が露出している。まるで筋肉と鉄で出来た鎧を着込んでいるようだ。背中には4枚の銀の羽を生やしており、その羽から光の粒子が放出され推進剤になっているようだ。

 

「こちらから名乗らせてもらおう、私の名前は≪ビンセント・ノア≫、親衛隊隊長、階級は大佐だ」



誤字脱字の指摘もありましたらお手間ですがご連絡ください。


今週はまだ頑張る!!

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