やったか!!←やってない
「もう俺にそんな小細工は通用しない、これが《絶対防御領域》の力だっ……」
クレータを囲む天界軍の兵士たちは思わず後ずさった。兵士たちは新たにもたらされた新兵器、『ソゲブ』の力を当てにして完全に勝利を確信していたのだ。しかし現状はどうだろう、我々の宿敵は無傷でこちらに向かって牙を向けつつある。現場の兵士たちに動揺が走った。
「たっ、隊長!! なぜ奴は無傷なのですか!!」
「この弾薬で奴に決定打を与えれるはずでは!!」
「だまれ!! その臭い口を開く余裕があれば目標を攻撃しろ!!」
うろたえる兵士たちは現場の隊長に疑問をぶつけるが、司令部からもそのような情報はもたらされて無いのだ。そんなこと一部隊の隊長が答えられるはずも無い。隊長はその歴戦の勇士たる気迫で部下たちを恫喝すると、目標に対して引き続き攻撃を加えるように命令した。気を持ち直した歩兵たちは、ライフルを再びベンザに向けて引き金を絞る。
「無駄だ、《絶対防御領域》」
ベンザ卿がそう吠えたと同時に弾はベンザ卿に着弾した。いや正確にはベンザ卿の展開した《絶対防御領域》に阻まれたのだ。弾はベンザ卿の数センチ手前で光の壁に阻まれ火花を散らした。
「この弾は、魔術を無効化するはずだろ!!」
「知らねえよ!! とりあえず撃て!!」
幾重にも張り巡らされた弾幕がことごとく弾き返され、兵士たちの足元には虚しく薬莢の山だけが積み重ねられてゆく。弾丸はまるで線香花火のように激しく火花を散らし、そして儚く地面に落ちていった。
歩兵隊の隊員たちの顔に恐怖の色が浮かび始めた。それは部隊を指揮する隊長たちにも伝染し、必死に司令部に支持を仰ぎたてた。それを目撃した兵士たちの士気はさらに下がる。自分達の上官はインカムに向かって怒鳴り散らすだけで、目前の脅威に対して何の解決策も提示してくれないのだから。純白の騎士は確実に兵士たちに向かって歩みを進めている。兵士たちはその騎士が、自分たちの命を刈り取る、白い死神に思えた。
「雑兵ども!! 道を開けろ!!」
そんな中、歩兵隊の後方から、怒声が飛びこんできた。兵士たちが後ろを振り返ると、一列に並んだエンジェルの1個中隊が前線の近接砲火に加わろうと爆進してくる途中だった。歩兵は踏みつぶされまいと、一斉に脇に飛びのき、彼ら専用の道を開けた。
「ハッ、40㎜で粉々にしてやるぜ!!」
クレータのふちに整列した4mの機械兵器は腕に装着された40㎜チェーンガンの黒鉄を、周囲の者たちに「ギラリ」と見せつけた。それを見た周囲の兵士たちはあわてて地面にうずくまり、両手で耳を塞いだ。こんなものをこの距離で発砲されたら、確実に耳が一生使い物にならなくなるからだ。
「空中艦隊による≪戦術爆撃≫を要請。『アークエンジェル』に≪CAS≫(近接航空支援)をさせろ」
エンジェル中隊の指揮官が無線越しに航空支援を要請し、司令部は二つ返事でそれを承認して各部隊に攻撃の準備をさせる。司令部からの通信を受けたアークエンジェル達の行動は素早かった。空に散らばる黒い影の並びが秒感間隔で変化していく。自分たちの攻撃に一番適した位置、仲間を火線に巻き込まない最適な攻撃角度を計算しているのだ。
同時に空中に浮かぶ戦艦と砲撃陣地に陣取った砲火部隊も戦術攻撃の準備を整えた。敵までの距離、風向きを計算して砲塔に角度をつける。それら一連の動作が20秒としないうちに済まされ、中隊長のインカムに「準備完了」の通信が届けられた。
「今だ、やれ!!」
火薬庫に火を放ったような音が地面を揺らした。エンジェルの40㎜チェーンガンが断続的に光を放ち、曳光弾が光の筋を描いた。空からアークエンジェルが≪電磁投射砲≫と≪荷電粒子砲≫の光のシャワーを浴びせかける。光のシャワーは地面に不規則な縫い目を描きながら、ベンザに肉薄するが、それも歩兵たちの銃弾と同じ運命をたどった。
上空から放たれた数万発のケースレス弾とエネルギー弾、それとすべての地上攻撃は20面体のシールドに見事に蹴散らされた。シールドに直撃した弾丸は砕け散り、最後に紅蓮の曳光を咲かせながら消えてゆく。その圧倒的な様子は、皮肉にも兵士たち目に幻想的に映った。
「畜生っ」
エンジェルのパイロット達は悪態をついた。これではまるで子供の水遊びである。自分たちが行っている攻撃はビニール傘を構えている人間にホースで水を撒いているに等しい。
(本当に勝てるのか?)
そのような疑問が兵士たちの頭に過った瞬間。風切音と共に戦艦の砲弾が着弾した。さきほどベンザ卿を地面に埋めたのと同じサイズの砲弾だ。爆風と爆音、そして気圧の急激な変化により地面の歩兵たちは全員耳を押さえて地面に伏せた。さらに数十発の砲音が大気を揺るがし、ベンザ卿を黒煙と爆炎が包みこんだ。数十本の火柱が立ち上り、同時にガラスの割れるような音が周囲にこだました。
「おい!! 今の音!!」
興奮した様子で一人の兵士が叫ぶ。
「砲弾がバリアを貫通したんじゃないか!?」
その一言に周囲の兵士から歓声が湧き立った。
「たしかに、そんな感じの音だったぞ」
「ついにやったか!!」
「馬鹿者!! 敵の死体を確認せずになにをはしゃいでいる」
はしゃぐ部下を叱りつける隊長達。しかし隊長もこの時ばかりは笑みがこぼれた。決定打ではないかもしれないが、奴に何らかの打撃を与えたことが確信していたからだ。兵士たちが勝利の可能性を見出し激高する中、そいつは突然やってきた。
衝撃波――。
姿勢を低く構えていなかった兵士たちが、勢いよく地面を転がる。射撃中だった≪エンジェル≫達もバランスを崩して尻餅をつき、上空を飛翔していた≪アークエンジェル≫はクレターの外に向けて大きく流された。空中戦艦ではブリッジの強化ガラスに亀裂が走り、船が大きく揺れた。
「何が起きたんだ」
地上の兵士たちは口々にそう叫びながら負傷した仲間に肩を貸す。今の地上はまるで野戦病院のように、負傷者とそれを介護するものがごった返している。衝撃波により地面を50m近く転がった兵士は両足を骨折しており、泣き叫びながら後方に引きずられていく。
一部では倒れた≪エンジェル≫に体の一部を挟まれた者がおり、決死の救出活動が行われている。部隊長は負傷者の回収に≪アークエンジェル≫を派遣するよう司令部に通信を送るが、全ての無線機は使い物にならず。隊長はガラクタを怒りのまま地面に叩き付けた。そばにいた通信兵の顔が真っ青になったが隊長は気が付かない。
その時隊長の目に一人の兵士が映った。先月入隊したばかりの新兵だったが、実に優秀な男だ。その優秀な新兵が今、地面にへたり込みぶるぶると震えているのだ。隊長はすぐさま彼に駆け寄った。
「どうした!! 貴様もどこか怪我をしたのか?」
彼は不気味なほど首を横にふった。
「ならどうした!? そんな所でへたり込まずに貴様も兵士の救護活動に加わらんか!!」
兵士としてあり得ぬ態度の新兵に立腹する隊長だったがそれを見た新兵は脅えながらクレーターの方向を指差した。隊長もその方を向きそして
言葉を失った――――。
周囲の兵士たちも隊長を見て、同じ方向に顔を向ける。
黒煙の中をゆらゆらと揺れる影が見える。大きさは3メートルを超えているだろうか。人にしては大きすぎる。すこし、また少しと時間が進むにつれて煙が薄くなっていく。所々で物を落とす音が聞こえた。中には悲鳴も混じっており、運搬中の負傷者を落とした者もいるようだ。兵士達は人影に目を奪われ、じりじりと後ろに下がっていく。今まで騒がしかった、うめき声や叫び声も一切聞こえない。静かすぎて10歩先の兵士が、カチカチを歯を鳴らしている音まで聞こえる。
20秒もすればその影ははっきりと、クレターの外からでも形が見えるようになっていた。見えたのは人影だ。腕らしきものが確認できる。当たり前といえば当たり前である、この攻撃を耐え抜くのは人でもエンジェルでも不可能だ。人やエンジェルならまず形が無くなるだろう。なら答えは奴しかいない。しかしこれ矛盾している。ベンザ卿は化け物だが身長は3mも無い。煙がさらに薄くなり、その答えがはっきりとした。
兵士たちは一斉に息を呑んだ。影の正体はたしかにベンザ卿だった。ここまでは予想と同じだ。が、その他の光景は異様なものだった。全身が赤いのだ。今まで純白の鎧を身に着けていたはずが、その色が深紅に変わっていた。それとベンザ卿は何か巨大な物を抱えている。それで影が大きく見えた。そしてそれはマグロのような形をしている。兵士たちは一瞬でそれが何かを理解した。
砲弾であった。
戦艦から撃ち出された、人とほぼ同じサイズの砲弾である。ベンザ卿はそいつを肩に担ぎながら、さらに深く掘られた穴の中で仁王立ちしていた。
「私には時間がない……お前たちと遊んでいる時間はないんだ!!」
ベンザ卿の咆哮が轟いた。
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