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便座カバーとは、人生の中でかかせない言葉である

ベンザ卿はミサイル攻撃をかいくぐりついに摩天楼にたどり着く

 

 

 丘を吹きぬけた一陣の風が、銀色に輝く騎士の羽飾りを躍らせる。風は周囲の若草を撫で回し、やがて何処かに吹き抜けて行ってしまった。


 「ついにここまで来ましたね」


 騎士の脳内に、美しい女性の囁きが響き、全身の感覚を冴え渡らせる。騎士は頭をすっぽりと頭を覆ったグレートヘルムの位置を微調整すると、低く太い声でそれに答えた。


 「ああ、やっとだ。とても濃厚な50分だったよ」


 丘の頂上にたたずむ騎士は、摩天楼マテンロウに集結した天界軍を睨んだ。

 地面からは高さ3kmはあるかと思われる巨大な塔が二本聳え立ち、その塔と塔の間の空間を湾曲させている。

 その周囲には塔を守るべく、歩兵5千人、戦車2000両と二脚兵器が800機、空中戦艦26隻が集結していた。

 天界軍はこの作戦で勝利を収めるの為に用意できる最高の戦力を準備した。これはこの人間界に駐屯する天界軍の約4割が集結した形となる。つまりこれはたった一人の人間を、世界最強軍隊がそれだけの戦力を投入する価値のある人間だと認めたということだ。

 騎士は雑兵を眼下に薄い笑みを浮かべ、地表の荒波に向けて一歩を踏み出す。その瞬間、銀色の光が大空に舞い上がった。


 この戦いに赴く騎士の名は『ファルコン・ベンザ』、余命15分の男。


 衝撃と爆発、それが同時に天界軍の歩兵を襲った。

 ベンザ卿はなにもしていない、ただ丘から跳躍して、地面に着地しただけなのだ。しかし音速を超えた騎士の着地は、彗星の直撃の如く地面に大穴を開け部隊の先頭にいた歩兵100人が、爆風に煽られた砂塵と共に宙を舞った。


 「奴だ!! 殺せ!!」


 宙を舞って気絶した兵士たちが雨のように降り注ぐ中、突然の襲撃で動揺する部隊の中、誰かがとっさに叫んだ。その声により動揺から立ち直った兵士たちは、砂煙に遮られた大穴に向けて一斉に銃を向ける。この地方独特の北風が、立ち込める砂煙を洗い流し、太陽が大穴の中央に佇む銀色のプレートアーマーを照らした。


「撃てっ!!」


 誰がそういったのかはわからない、しかしその言葉がベンザ卿の耳に届いたと同時に、全身に衝撃が走った。陣に立った歩兵部隊千人の一斉射撃がベンザ卿を襲ったのだ。弾丸の大波が点ではなく面でベンザ卿に襲い掛かり、卿をジリジリ後退させる。


 「航空支援!! 座標を送る」

 『了解、座標確認、フォーメーション『アローヘッド』、東から5秒後だ!!』


 隊長が無線機に向かってドラ声をぶつけた数秒後、高出力魔動力エンジンが大気を震わせ、無数の白い機影が空を埋め尽くした。50機あまりの『アーク・エンジェル』飛行編隊が上空に飛来したのだ。編隊は旋回しながら35mm速射砲の嵐を地表に浴びせかけ、周囲の地面を削り取り、打ち砕いた。


「地獄だぜ……」


 兵士の一人がそう呟いた。そうまさにこの場は地獄だった。

 空からは無数の火の雨が降り、鉄の風が全てをを切り裂き、貫く。兵士は大学在学中に受けた、世界の誕生という授業を思い出していた。全知全能の神『アース』様が世界を創生なされたとき、その生まれたての世界には緑も海も存在せず、人いや、生物も住まず。ただ毎日のように火の雨が降り、マグマの海が広がり、常に大地は震えていたという。そのような内容だったはずだ。実のところ兵士も詳しい授業の内容は忘れてしまっていた。しかしそ授業の最後に無理やり見させられた、神が世界を創生なさる様子を再現したイメージ映像は鮮明に覚えていた。天界の最高の技術で再現されたそれは、その授業を受けていた全員を放心状態にするほの出来ばえだったのだ。

 そしてその映像が目の前で再生されている。いや再現されているのだ。


 「弾着準備!! 10秒」

 「ジューーーーーーーびょーーーーー!!」

 「歩兵部隊、伏せろ!!」


 先ほどの隊長のドラ声が耳に装着した小型無線機に飛び込んできて兵士は正気をとりも出した。そして慌てて地面に伏せる。地面にうつ伏せになり頬に土の感触を感じたと同時に、耳を劈く雷鳴が響く。空中戦艦26隻による一斉艦砲射撃が開始されたのだ。兵士たちはみなその轟音に耐え切れず思わず耳をふさいでしまう。


「ヒーーハー!! ここは荒野のウエスタンだぜ!!」

「汚物は消毒だ!!」


 この激しい戦闘で脳内麻薬が過剰に出ているのだろう、一部の兵士は、この激しい業火を目にして奇声を上げた。


「そいつは違うぜ」


 先ほどの兵士は、狂った兵士を横目に鼻を鳴らす。そして眼前の光景を目に焼き付けながら、ポツリと言った。


「こいつは浄化だ……」


 その言葉と同時に、砲弾が着弾し周囲の大地を浄化させた。



  ◇   ◇   ◇



 頭の中で声がする。


(ベンザ卿!! 起きて下さい!! ベンザ卿!!)


 目を開けたベンザ卿は辺りを見渡した。今ベンザ卿がいるのは廊下のような場所だ。石壁と大理石の床がひたすら続き、所々で分岐している。ベンザ卿は今自分がいるのは、地下迷宮のような場所だろうと勝手に検討をつけた。


(ベンザ卿、敵が来ます……お願いです……立ち上がって……)


 再び頭の中で再び声が反響した。透き通った美しい声だ。高さからして女性だろう。さらにその女性の声は先ほどと比べて、涙を含む声に変わりつつある。


(だれだ……この声は……女……?それとも)


 ベンザ卿は深い意識の迷路の中を歩きながらその声に応えた。


 「ニュー……ハーフ?」

 (失礼です!!私は女性です!!お・ん・な・の子です!!)


 あまりの大声に頭を抑えるベンザ卿。ベンザ卿は昔戦場でモーニングスターで後頭部を強打されたときの事を思い出した。その様子を見たのか、それとも感じたのか、女性は(アッ、申し訳ありません)と謝罪を述べた。


(ベンザ卿!! 聞こえてますか? 無事でよかった……)


 女性は声色を変えて、先ほどより強くベンザ卿の意識に語りかけてきた。


 「君は……誰だ……ここはどこかね?」


(私です、マラサイです。シャル・ディアロ・マラサイ!! あなたが今入る場所は【カオス】の自己防衛プログラムの中です。あたたは戦闘中に脳に強い衝撃を受け、【カオス】が脳内のメモリーの破損などを防ぐため一時的にあなたの意識を退避させました、覚えていらっしゃいませんか?)


 「マラ……サイ……」


 ベンザ卿は無数の引き出しから、マラサイを捜索する。

 マラサイ

 マラサイ

 マラサイ

 言葉が脳内でこだまし、反響する。入り組んだ迷路を疾走し、たった一つの記憶の引き出しを探す。


(マラ……サイ!!!!)


 突如通路の真ん中に光り輝く箱が出現する。その箱には黄金に輝く引き手がついており、ただならぬオーラを帯びていた。


 「これか……」


 ベンザ卿はそう呟くと、勢いよくその引き出しを引いた。


 「マラサイ……『ハ○ザック』を発展させたの量産機。全高17.5m。重量33.1t。武装は頭部バルカン、ビームサーベル、ビームライフル……」


 (引き出しどころか、訪れる国を間違えてるレベルです!! 私はそんな装甲車みたいなのじゃありません!! 女です!! 女性なんです!!)


 激怒する女性の声で頭がグラグラと揺れる。ベンザ卿はふと、過去に晩餐会で名前を2度間違えて怒らせてしまったご婦人を思い出した。その時もひどい目にあったのだが、それを思い出したベンザ卿は、慌てて女性に落ち着くように伝え、訂正を告げる。


 「失礼したご婦人!! あとこれは装甲車ではない!! モビール○スーツだ」

 (そんなのどちらでもいいです!! しかもその○はおそらく意味が無いです!! といいますかなぜ『ハイザック』お父様の名前をご存知で!?)


 ベンザ卿の思考が停止する。


 「この件は何もツッコミを入れない!! どうなっているんだ!!」

 (こちらの台詞です。もう泣きたいくらいです……)


 天に向かって雄たけびを上げるベンザ卿に対して、マラサイは大きなため息を漏らした。


 「さてとマラサイ、冗談はここからだ!!」

 (まだお続けになるのですか!?)


 予想通りの反応をしたマラサイに、ベンザ卿は満足そうな表情を浮かべた。


 「全て冗談だ。君のような美しい女性を忘れるわけがないだろう。本当に真面目だな君は、ついからかってしまった。申し訳ない、すぐ戻る」

 (次からは無視しますから、そのつもりでベンザ卿……)


 呆れて声上げるマラサイ。ベンザ卿は彼女が、額に手をついてやれやれと首を振っている姿が目に浮かび、心の中で苦笑する。


 駆け回っていた迷路はすでに消え去り、一本道となっていた。その道の先には光が漏れ出している巨大な扉が聳え立ち、ベンザ卿を待ち構えている。ベンザ卿は先ほどのやり取りを思い出し、微笑を浮かべながら早足で出口に向かう。出口にたどり着いたベンザ卿は、ゆっくりと意識の扉に手を伸ばした。金属製の取っ手が手に触れて、冷気が背筋を走る。ベンザ卿はゆっくりと戸を引いた。


 ベンザ卿は重い目蓋を開いた。眼前に広がるはずの青空は『エンジェル』の黒い影で埋め尽くされ、空はまるで今から大雨が降らんとするようなドス黒い色に染まっていた。


(戻ったか……)


 意識をハッキリとさせ脳を稼動させるために大きく深呼吸し、肺に空気を送り込んだ。薄汚れた空気を体内に取り込むと、同時に鉄の焼ける臭い、土の香りが脳天を突き抜ける。ベンザ卿は苦虫を噛み砕いたような顔をして、以前と変わらぬ風景にため息交じりの吐息を漏らした。

 そして体を動かそうと脳に信号を送るが、しかし体がまったく言うことを聞かない。


 これはいったい……と、唯一自分の命令に従った首を動かし、自分の置かれている状況を確認する。ぐるりとあたりを見渡すと、自分のいる場所と地面に高低さがある。以前の記憶と照らし合わせ、自分が砲撃で削り取られた爆破クレーターの中にいることがわかった。

 そして自分の体をに目を向けると、大の字に地面に広げられた体は砲撃の勢いによって半分地面に埋まっている状態だった。

 ベンザ卿はこの状態から一刻も早く脱出するために脱皮をする蝉のように体を根性でくねらせ土の中から這い出した。人工クレーターの中でゆっくりと立ち上がったベンザ卿は鎧の土を払い落とすと口に溜まった血を周囲にぶちまけた。


 「マラサイ聞こえているかな?」


 兜の口元から滴る鮮血を腕でぬぐいながら、ベンザ卿は声に出してマラサイを呼んだ。


 (ベンザ卿!! 大丈夫ですか!! いったいそれは……)

 「また君の声が聞けてうれしいよ、あの扉の向こうは半ば地獄だとおもっていたからね」


 体中を駆ける激痛に耐えかねてベンザ卿は血の池の中心で両ひざを付いた。


 (ベンザ卿!! そんなことよりその体は!!)

 「その様子では君も知らないようだな、わたしは、てっきりあと10分は……無敵かと思っていたよ」

 (そうです、カオスは無敵のはずです!! 現にミサイルも無力化したのになぜこの程度の攻撃で……?)


 「なぜか知りたいか……?」


 重く冷たい声が、ベンザ卿の背後から聞こえた。ベンザ卿は突然のことにも関わらず、超人的な反射神経で立ち上がり振り返ったが、バランスを崩して片手を付いた。そして思わず小さく舌打ちをする。体が脳の命令を拒絶しているのだ。ベンザ卿はまるで体中を鎖で縛り付けてられているような錯覚をおぼえた。


 「おやおや重症だね~ファルコン・ベンザ卿?」


 今度はあざ笑うかのような声が頭上から聞こえ、ベンザ卿は真上に顔を向けた。声の主は男だった。立派な軍服を身にまとい、胸には数え切れないほどの勲章をぶら下げている。


 <鷹のような男だ>


 ベンザ卿は内心そう呟いた。男は口元を緩ませ、ろくに手入れもされていない赤茶の顎鬚と、グリースで茶色に輝くオールバックの髪型は一見、だらしない狸のようにも見えるのだが、ベンザ卿はその男の鋭い目を見て直感的にそう感じた。

 どんなにだらしない表情と姿をしようとも、その男の瞳は常に獲物に餓えている。猛禽類という印象をベンザ卿は脳内に焼き付けられた。

 そして鷹という生き物を想像したのは、ほかの理由もあった。男が宙に浮いていたからだ。ベンザ卿は自分も空を飛べるのでこの点は難なく受け入れられたが、他の点はベンザ卿の度肝をぬいた。男は青白く光っていおり、さらに体も半透明なのだ。

 亡霊。

 ベンザ卿はそれに近いものという結論を出したが。脳内でマラサイがその異常現象の解説を加える。


(ベンザ卿あれはホログラム、つまり幻影です。やつの本体は別のところです)


 「おや、名門シャル・ディアロ家のお嬢様もご一緒かね?」


 これに驚いたのはマラサイだった。ベンザ卿の脳内で微かに、息を詰まらせたような声がした。


 (通信魔法テレパシーを傍受されているようです……)


 マラサイはそう呟やいたと同時に、ベンザ卿の隣で火の手が上がった。その炎は徐々に火柱を作り、火柱は女性の形に姿を変え。数秒としないうちに、ベンザ卿の隣には赤く光るマラサイが佇んでいた。例の男と同じでマラサイの体も透けていることから、こちらも幻影であろうとベンザ卿は勝手に解釈した。


 「これはこれは、天界軍大将、ジョン・マッケンバウアー将軍。お目にかかれて光栄ですわ」


 マラサイは真紅のバトルドレスの裾を持ち上げるとワザとらしく会釈をした。


 「これはご丁寧に。それにしても名門のお嬢様がこのような戦場で、狂戦士バーサーカーと何故一緒に居られるのか? 小生には、まったくもって検討もつきません。よろしければご説明願いたいものですな~」


 これに対して、大将もわざとらしく深々と腰を折った。


 「説明する義理はございませんは大将さま」

 「何をおっしゃいますか!?ここは我々天界の領土!! 我々の世界ですぞ。不法入国いや、不法入界とも言いましょうか? 」


 大将はまるで演説のように両手を広げ、無知な大衆に語りかけるような口調でそう述べた。


 「はて、私の知識ではここは人間界のはずです、いつから天界の実質的な傘下世界になったのやら?」


 マラサイは片手を頬につけると、考え込むような動作を見せて小首をかしげた。フッフッ……空気の抜けるような音が数回続いた後、大将は突如笑い出した。


 「ふっ……ハハハハハハっっ、下手に出ればいきがりやがって小娘がっ!!」


 白く整列した歯を見せつけながら、大将の茶色の瞳が目の中で、煮え立つマグマのように激しく揺れた。


 「おっと、そういえば話が逸れていましたね。何故、我々の、攻撃が、効果があったのか? という内容でしたね~私は親切な軍人ですからね~特別に答えしましょう、《SGB》システムですよ!! マラサイさんあなたならご存知でしょう?」


 マラサイの表情に、驚愕の色が見て取れた。まるで水を失った魚のように口をパクパクさている。この表情にはベンザ卿も驚いた。彼女がここまでうろたえているのを初めてみたからだ。


 「何故……《SGB》ソゲブを……」


 その声はかすれて、5メートル以上離れている奴には聞こえたかどうか怪しかったが。マッケンバウアーは勝手に話し始めた。


 「ウィルス兵器を開発したのらなば、同時にワクチンが開発されるのは当然。まあそこの原始人にも分かるように説明しましょう。猛犬を飼うときに一番大切なのは、自分の手を噛まれないようにすることです。首輪をつけたりしてね。で、その首輪がこれソゲブ《SGB》なのですよ」

 「ソゲブ?」

 「そうそう、ソ、ゲ、ブ。です。

 いいぜ、てめえが何でも思い通りに出来るってなら。まずはそのふざけた幻想をぶち壊す。

 その 

  幻想を

   ぶち壊す

   (S)その

    (G)幻想を

     (B)ぶち壊す。詳しいことは彼女のほうがご存知じゃないですかね?」


 純白の犬歯を見せつけながら、マッケンバウアーはマラサイを指差した。一方マラサイはうつむいて小刻みに震えていた。彼女は終わりの見えない自問自答を繰り返している。何故 彼が? 何所から? どうやって? いつ?


 「マラサイ……説明してくれ」


 ベンザ卿の低いその声が、マラサイを現実に引き戻した。ハッと顔を上げたマラサイの頬にはいくつも何かが流れ落ちた跡ができていた。


 「ソゲブは、冥界軍が【カオス】のりミッターとして開発された魔力吸収結晶です。以前お話したと思いますが、あなたの他にもカオスを投入した検体がいたと」


 マラサイは何度か息に詰まりながらもゆっくりと話し始めた。


 「実験の時、もし検体の暴走などを起こした時に強制的にその能力を無力化する必要がありました」

 「強力な力を得るには、同時に制御する力も必要だったと……」

 「はい、そして【カオス】と同時に開発されたのが【ソゲブ】……この結晶体を【カオス】の投入患者に打ち込むと、その力を一方的に奪うことができます」


 ベンザ卿は痛みの伴う体に手を当てて舌打ちをした。誇らしげな表情を向けるマッケンバウアーをマラサイと一緒に睨み付けた。


 「そして今一番の謎は……マッケンバウアー!! 何故あなたたちが【ソゲフ】を使用しているんですか!!」


 マラサイは声がかすむ程に叫んだ。悲しみなのか、怒りなのか真紅の瞳から涙がこぼれ、乾いた地面に僅かな水滴の跡をのこした。ベンザ卿は黙って、彼女の震える肩に手をかけようとしたが、まるで霞を掴むかのごとくそのまま空を切った。


 (あの時と同じか……)


 ベンザ卿はつい1時間前の自分を思い出して拳を強く握った。


 「その質問には答えなくてもよいでしょう? だって答えがわかっているからさっきから泣いているのでしょう? おじょうちゃん?」

 「私はおじょうちゃんなんかじゃありません!!」


 不敵な笑みを浮かべて、諭すように語るマッケンバウアーにマラサイは吼えた。するとどうだろう、マッケンバウアーは彼女の表情を楽しむかのように、おやおやと目大きく見開いた。


 「まあ答え合わせとしゃれ込みましょう、さっき言いましたよね? 猛犬には鎖が必要だって? ならその猛犬が鎖を噛み切ろうとしています。さあ、どうしますか? 殺しますよね? 自由になる前に」

 「やめて!!」


 マラサイは両耳をふさぎ、その場にうずくまった。しかしマッケンバウアーはそれを見て楽しむように話を続けた。


 「どうしてんです? 知りたいんでしょう? hahaha,そうですよ、制御のきかない兵器は兵器にあらず、片腕で山を吹き飛ばす化け物の誕生をだれが喜ぶだろう? 10秒あれば世界を滅ぼす化け物を。作った無能な連中はこう叫ぶ「やった大成功だ」。しかし国を見つめ、この先の世の中を見つめるのもたちは口々にこう言うだろう。「なんという化け物をつくってしまったんだ」と。そう、たとえば……当初から【カオス】計画に反対の立場をとっていた……ハイザック大将、あなたの父上とか!!」


 マラサイの全身から力が抜けて、彼女はそのまま地に両膝を着いた。


 「あんたらのお偉いさん一部が、自分たちが相当やばいものを作ったって気がついたわけよ、【カオス】はパンドラの箱だったのさ、そしてその処理に困った彼らは、処理を我々に依頼し情報をリークして、【ソゲブ】対応形の弾丸を提供した。出る釘は打たれる。強すぎる力は味方からも嫉まれる。それがこいつの真相だよ、どうだ想像通りだっただろうマラサイ?」


 マラサイは拳を握り締め、唇をきつく結んだ。このような気持ちは初めてだ、マラサイは自分の国と父に対して初めて嫌悪に近い感情を抱いた。自分は国を思って【カオス】を作り上げ、父は国を思って【ソゲブ】を異国に渡した。うすうす感づいてはいたが、敵から直接それを述べられるほど嫌な事はないだろう。マラサイは濡れた顔を右手で拭く、不思議なことに彼女の目からは涙が止まっていた。


 一方上空に浮かぶマッケンバウアーは不思議な行動を示した。顔を横に向けて何かと話しているのだ。口は動いているが声は聞こえてかない。おそらく実際に本人がいる場所で誰かと会話をしているのだろう。数秒会話を交わした後、マッケンバウアーはその鷹の目を見開いて鋭く笑った。ベンザ卿はその鷹の瞳に、しっかりとマラサイが捕らえられていることを見逃さなかった。


 「今連絡がはいりましてね、冥界に確認したところ、マラサイお嬢様は湖で休暇を楽しんでいらっしゃるとか、ならのこの場所にいる貴様はいったい何者だろうか? これは興味深いですね、捕らえてしっかりと尋問しなければ!! 魔法逆探知で本体の居場所ももうすぐ特定できますよ?」


 ベンザ卿はマラサイの表情を横目で読んだ。そこには先ほどまでとは別人の、冷静な顔立ちをしたマラサイがいた。少し眉間にしわがあるものの、その瞳は未来を見渡せると思わせるほど赤く澄んでいる。ベンザ卿は安心して一息つくと、彼女の背中に目をやった。その凛々しい背中からは力に屈さない強烈な意思と、自国に見捨てられた悲しみの匂いがうっすらと漂っており、それがベンザ卿をなんともいえない気持ちにさせた。


 「ハハハhahahaha……そろそろフィナーレと洒落込もうじゃないか?」


 冷徹な笑い声と共に、青白い男は両手を広げた。その合図と共に、クレーターの外周でジャラジャと金属の擦れ合う音が響きマラサイとベンザ卿は背中を合わせるような形で、外に目をやった。


 完全包囲。


 この言葉は、今の状況を伝えるのに一番適している言葉だろう。クレーターの外周には歩兵が2人を逃がさぬように強固な壁を作り、全員が小銃を円の内側に向けて構えている。その壁の要所要所には、陸戦形のエンジェルがビーム砲の黒い鋼の色を、こちらに見せつけていた。空には戦艦とその護衛のアークエンジェルがいつでも攻撃を仕掛けられるように、2人の頭上をグルグル旋回している。


 ベンザ卿がふと頭上を見上げると男の姿はもうなかった。ベンザ卿はさてどうしようかと、頭をかくいているとすぐ後ろで雀の鳴くような声がした。


 「ゴメンナサイ……」

 「何故あやまる?」


 振り返ることなく、ベンザ卿はただそう呟いた。


「私のせいで貴方はこのような状況になり、私の父のせいで貴方は人生を悔いなく人生を終えることができないで終わろうとしています……」


 静寂が一瞬2人を包み、ベンザ卿はポツリと礼を述べた「ありがとう」――と。


 「何故礼を言うのですか!?」

 「これは私の意志だ。私の意志でこうなった。君は私の無力な生き方を、意味のあるものに変えた。こちらから礼を言う理由があっても謝られる筋合いはない」


 ベンザ卿ははっきりとそう言い切った。


 「ベンザ卿!! しかし……」

 「私は後悔していない、君が私をみて哀れんでいるのならそれは失礼なことだ。君のおかげで数少ない友人を守れた。ひとつの国を救った。君と出会えた。父上のことは私からはなんとも言えない。しかし彼は君と考え方は違ったが国を思っていた。それだけは忘れないでほしい」


 少しうろたえた様子のマラサイにやさしく語りかける。マラサイはまだ納得した様子ではなかったが、今はまだこれでいいとベンザ卿一人頷いた。


 「さあ何か遺言はあるかね~~?」


虚空にマッケンバウアーの声がとどろき、周囲で壁が一斉に攻撃の態勢を整えた。


 「ベンザ卿ここは一旦引いて……」

 「そんな時間は残っていない」


 そうマラサイの案をバッサリ切り捨てると。ベンザ卿はよろよろと拳を構えた。


 「しかしこのままでは蜂の巣です!! それにベンザ卿体が!!」

 「あんなものはかすり傷だ。そんなことより君は大丈夫なのかね?」

 「これは幻影です。私は別の場所にいます!! そんな話は今はいいですベンザ卿が!!」

 「そうじゃない、早く移動しなければ君が捕まってしまう」

 「そんなことよりベンザ卿のほうが心配です!!」


 ベンザ卿は振り返るとマラサイの目を見つめた。


「私を信用してくれ、安心しろ秘策がある。だから今は自分のことを考えなさいマラサイ」


 さらに口を開こうとしたマラサイをベンザ卿は視線で封じた。ベンザ卿の強い意志に、マラサイは少し潤んだ瞳を泳がせて頷いた。


 「身を隠したら必ず連絡します」

 「ああ、わかった」


 そういい残してマラサイの幻影は大きく燃え上がった。そして蝋燭の火のように、フワリと一筋の線をのこして跡形もなく消え去った。


 「秘策ね~ベンザ卿~君は嘘が下手だな」

 「よく言われるよ」


 再び響いたマッケンバウアーの声に対して、ベンザ卿は鼻を鳴らしてそう答えた。


 パチン!!


 指を鳴らす乾いた音色が、各兵士たちの無線機に届いた。待ってましたとばかりに兵士たちは引き金に手をかける指に、力を込めてゆく。大地に揺るがす砲撃音が突然空間を支配して、ビームの輝きがその一瞬に色を添えた。


 乾いた指の音が……一斉攻撃の合図だった。



   ◇   ◇   ◇



 迫ってくる、死が。迫ってくるのだ、弾丸が。

 近づいてくる、光が。近づいてくるのだ、粒子砲が。


 私はここで死ぬのだろうか? このままでは確実に死ぬだろう。何か抗う方法はないのか? 抗う……方法は……。


 人が幻想を抱くことは間違いなのか。私のこの幻想は壊されてしまうのか? この世界の人々を、人々の笑顔を取り戻したい。この私が抱いた幻想は打ち砕かれてしまうのか。


 このまま……。

 このまま……。


 いいぜ てめえが何でも 思い通りに出来るってなら まずはそのふざけた 幻想をぶち壊す


 その 

  幻想を

   ぶち壊す


      その

       幻想を

        ぶち壊す


 幻想をぶち壊す? この私の幻想を?この私の小さな幻想を? 人々の笑顔を、彼女の苦しみを!!


 させない。


 私は引かない!! 何者にも媚びない!! 省みない!!


 いいぜ てめえが何でも

   思い通りに出来るってなら 

    まずはそのふざけた 

      幻想を……ぶち壊させない!!


 時間が止まった。


 いや、厳密に言えば動いている。この世で時間が止まることなどありえない、しかし今のベンザ卿からすれば、そう感じられるほど時間がゆっくりに感じた。

 こちらに向かって飛んでくる弾丸は、みな彗星のように尾を引いてゆっくりとベンザ卿の額めがけて飛んできている。

 その彗星の合間には光の線が散りばめられ、ベンザ卿はまるで夜空を見上げるような感覚に陥る。

 ベンザ卿はふと空を見上げた。するとちょうど上空で、炸裂弾が爆発したところであった。通常は拡散した小型爆弾が、雨のように地表に降り注ぎ。周囲の標的の肉を切り裂くのだが、今のベンザ卿はこれが、花火と同じくとても美しいものに感じた。


 走馬灯……。


 ベンザ卿は一瞬そのようなことを考えたが、頭を振ってその考えを隅に追いやった。

 まだだ、今からだ。まだ死なない。

 そう必死に自分に言い聞かせると。両手を体の外側に広げた。ベンザ卿の体が銀色に輝いた。時折白の光を放ちながら、両手になにか巨大な力を感じた。耳鳴りが響き、脳を揺らす。それと同時に全身の痛みが引いてゆく。天から光が舞い降りて、ベンザ卿の頭上に光の輪を形づくった。


「俺はこの小さな自分の幻想をぶち壊させない!!」


 自分の体の中心から、何か熱いものが溢れ出した。


「やってやるよ!! 《絶対防御領域ベンザ・カバー》!!」


 時間の流れが、元に戻った。弾丸、砲弾、エネルギー弾。クレーターの周囲と上空からの一斉に放たれたそれが、中心に更なる大穴をあけた。

 巨大な真紅のきのこ雲が浮かんで消え、周囲の兵士たちは衝撃で飛ばされまいと、姿勢を低くして踏ん張った。その後こうこうと立ち上る黒煙はまるで火山の噴火を連想させる。


 「やったか!?」


 兵士の誰かが、そう呟いた。


 「おいバカやめろ!?」


 隣の兵士が肩を掴んで彼を叱責する。


 「五月蝿い、奴の生死を確認しろ」


 すると彼らの上官が二人を叱り付けた。2人の兵士はハッ、と姿勢を伸ばすと、黒煙の立ち込める方向に双眼鏡を向けた。


 「何かみえるか?」

 「いやなにも」

 「だいたい見えるわけねーよ、絶対バラバラだぜ」


 パリッ――ガラスの割れる音が兵士の足元で聞こえた。文句をたれていた兵士が見下げると、双眼鏡が石にぶつかってレンズが粉々になっていた。兵士は双眼鏡を拾い上げると、もう一人の兵士を睨んだ。


 「おい!! なにやってんだ、まったく……」

 「おい、あれ……なんだ? 」


 震える声でそう言われて、兵士はもう一人兵士が指差す方向を見た。

 ガチャリ――今度は割れるものがなかったので、そのような音がした。2人が見たのは正20面体の光る何かだった。その正20面体は薄い光を帯びていて、透明だった。見る人が見れば、水晶を連想しただろう。そしてその透明な囲いの中には騎士がいる。ゆっくりと体を動かした騎士は兵士たちに向かって一歩を踏み出した。その瞬間、光の囲いは光る粒子となって風に乗って大嵐に舞った。そして騎士は兵士たちに向かって人差し指を突きだした。


 「もう俺にそんな小細工は通用しない、これが《絶対防御領域ベンザ・カバー》の力だっ……」



更新おくれてすいません

お気に入り登録をしていくださっている少数の方

また、この小説をこの話までご覧くださった方に感謝します。


気に入らない点、間違い

楽しかった、面白くなかった

など感想を気軽に重く受け付けています。

ここをこうすればよかったなども書き込んでくださるとありがたいです。


今後ともよろしくお願いします。



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