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『降臨』――前編

    

 

  炎神に砲弾が直撃した。真っ赤に燃えた右腕が宙を舞い、その根元からは血煙の代わりに火の粉が宙を舞った。腕を亡くした炎魔人イフリートは怒りの咆哮を上げてそのまま敵部隊に突っ込んいく。宙を舞った腕は一瞬のうちに灰になり、炎魔人からは新たな腕が生えてくる。胸に砲弾を受けようが、頭に砲弾を受けようが、撃たれた部分は灰になり新たな体が生み出される。死と再生を繰り返す18mの巨人は多少ひ怯みはするものの臆することなく敵に向かっていった。しかし敵もバカではない、攻撃が効かないと察知するや脚部に集中砲火を浴びせて炎魔人イフリートの進撃速度は驚くほど遅くなっていた。集中攻撃により足の再生が間に合わず地面をはいずるように進んでいる。

 

 「ううっ、さすがは【モロナイ】クラスの戦車……私の炎魔人イフリートが苦戦するとは」


 苦い顔で唸るマラサイ。その隣でベンザ卿は感心した様子で顎を摩った。


 「なるほど、自立移動できる台車の上に巨大な砲を乗せた兵器か、しかしすさまじい火力だな」

 「戦車と呼ばれるものです。特に天界の戦車は強力で、他の世界でも恐れられているんです」

 「私は一度も見たことがないし、噂も聞いたことがないぞ」

 「この侵略戦争ではほとんど使われませんでしたから、あの兵器は火力がありますが動きが遅いのです。それに山や森が多いこの世界では《エンジェル》のほうが効率よく戦えます」


 ベンザ卿は目を細めた、下手をすれば空中戦艦の主砲ぐらいの威力がありそうだ。今の弱った自分であの火力を止められるのか? 片腕を失い、ノアとの戦いで傷ついた自分に。


 「で、どうするかね?」

 

 ベンザ卿は複雑な形相でマラサイに目向けた。するとどうだろうか、マラサイは両手を遊ばせながら目を逸らした。額には粒汗が浮かんでいる。 


 「もっと強力な召喚獣を呼び出すのかね?」


 鈍いベンザ卿は素の顔でそのような質問をする。するとマラサイは絵にかいたようなばつの悪そうな顔をした。

 

 「あの~ですねベンザ卿、召喚術には掟がありまして」

 「ほう」

 「いくら能力のある魔術師でも、若いうちは使い方を誤らぬよう所持できる召喚獣の数が決まっておりまして……」

 「ハハハ、まさか2体とは言うまい」


 カラカラとベンザ卿が笑うと、マラサイが泣きそうな顔をしたのでベンザ卿はからかうのをやめた。


 「ふむ…そうか」


 ベンザ卿は両腕を組んで黙考する。残りの寿命もわからぬまま、できるだけ早く摩天楼を破壊しなければならない。しかしこの体ではどうなるか……。マラサイの言うとおり戦力は増強したいが……。


 「マラサイよ?」

 

 ベンザ卿は厳しい表情をマラサイに向けた。


 「私が召喚術を使ったりはできないのか?」

 「ベンザ卿がですか!?」


 驚きで目を丸くするマラサイだったが、すぐさまベンザ卿の案を冷静に検討しはじめた。

  

 「結論から言えば可能ではあります。今のベンザ卿は有り余るほどの魔力を持ち合わせていますから、私の後に続いて呪文を詠唱すれば召喚魔法は発動するはずです。しかしベンザ卿は肝心の契約がまだです。普通なら魔獣なり、竜なりと契約を済ませてから召喚を行いますから」


 「もっと詳しく、簡潔に頼む」


 「えーっとつまり、文通のようなものです。手紙を送るには相手の住所を知る必要があります。つまり契約というのは相手に住所を教えてもらうということに相当します。召喚を行う=こちらの居場所が書かれた手紙を送る、契約者が召喚に応じる=その手紙を見てこちらに向かう。そのような感じですね、しかし今のベンザ卿は誰とも契約していない。つまり、誰の住所も知りませんから適当に手紙に住所を記入して手紙を送り、どこかの誰かがそれを見て返事を待つという状態になります」


 「つまり私がやろうとしていることは『援軍求』と書いた手紙をビン詰め込み海に流すようなものか」


 最後にそうまとめたベンザ卿に対してマラサイは静かに首を傾げた。

 

 「ちょっとだけ違いますね、その場合だと途中でビンが沈んだり、人目につかない場所に漂着して読んでもらえない、という場合がありますが召喚呪文は必ず誰かにつながります。ただ相手がそれに応じるか応じないかですね」

 

 「マラサイよ」

 「なんでしょうか?」

 「もしあて先不明の手紙が届いたら、どうする?」

 「焼却します」

 

 英気を失った目でベンザ卿は深くため息をついた。もうどこにも希望などない。それほど深いため息だった。


 「べ、ベンザ卿、文通はあくまで例えですよ。実際は空間転移の魔法陣が出現しますので相手が召喚魔法を知らなければ興味本位で引き寄せられてこちらに来てくれるかも!!」


 マラサイはいま思い付いたかのように慌ててポンと手を叩くと、ベンザ卿をフォローした。


 「たとえばどんな?」じっとりとした目つきでベンザ卿が質問をする。

 「森を散歩していた兎さんとか……」

 「メリットを説明してくれ?」

 「可愛い……」

 

 死んだ魚ならこのような目をしていただろうか。もう生きる希望もない。調子よくドヤ顔をするマラサイに向けてベンザ卿は乾いた視線を向ける。  

 

 「ち、ちょっとした冗談ですよ。普通の下級魔術師が行えばそんなことも起こりえますが、召喚主の魔力に見合った存在のもとに魔法陣は現れますから、ベンザ卿が行えば幻獣クラスを召喚したりするのもそこまで低い確率ではありません」


 少し赤くなりながらも、マラサイはそう説明する。


 「まあ、一度挑戦してみよう。来なくて当然。来れば幸運」

 「そうですね、試す価値はあります」


 ベンザ卿は肩をほぐす動作をしながら息を整える。


 「ベンザ卿、お願いですから変なものを呼び出さないでくださいね」

 「それは何かの前振りかね」


 そう笑みを浮かべたベンザ卿にマラサイはいつにもまして真剣な顔した。 

 

 「巨大昆虫なんて召喚されたら、私、失神してしまいます」

 「何が出てくるかもわからないのにそのようなことを言われても……巨大クワガタなど強そうではないか」

 「いいですか、呼び出しても一緒に戦ってもらうには契約、つまりなんらかの交渉しなければならないのです。知性のない動物が出てきたら最悪です。呼び出していきなり襲い掛かってくるかも、しかもベンザ卿クラスが呼び出しているので……その先はあまり考えたくありません」


 「それを聞いて冷静に考えるとかなりの大博打だな」


 せめて知性のある生き物だけに絞れたら。そんなことを考えながらもベンザ卿は地に片膝をついた。そのような弱気なことながらも本人はやる気だけは満々なのだ。


 「よしマラサイ、手順を説明してくれ」

 「はい、では右手を地に付けてください」

 「ふむ」


 ベンザ卿はゆっくりと右手を大地に置いた。


 するとどうだろうか、突如辺りが白い光に包まれた。まるで地上に太陽が現れたかのように激しい輝きにベンザ卿もマラサイも目を瞑る。数秒の後光は目が開けられるほどに落ち着き、ベンザ卿の周囲の台地には幾何学的な文字が刻印されていた。文字は果実の皮のように地面からペロリと剥がれると宙に浮遊してベンザ卿の周囲をぐるぐる回る。並びや形を複雑に変化させながら文字は巨大な魔法陣を形成する。地上と頭上、ベンザ卿を挟み込むように形成された魔法陣は時と共に周囲に大きさを広げていった。


 「おお、これはすごい!! マラサイすごいぞ、何か大物を召喚できそうだ」

 

 興奮しながら明るい声でマラサイよ呼ぶベンザ卿。一方マラサイは 


 「べっ、ベンザ卿!!いったい何をしたのですか?」悲鳴のような声で叫んだ。

 

 「何をといっても……君の指示通りに手を置いただけだが? 君が何かしたのではないのかね」

 

 状況を理解していないベンザ卿はキョトン首を傾げたが、マラサイ慌てて叫んだ。 

 

 「私まだ呪文も何も唱えていません!? だから何をしたのか聞いてるんです!?」

 

 ここにきてようやくベンザ卿も状況を理解した。

 

 「じゃあこれは何かね!?」

 「わかりません!!」

 「何だと!!」


 「地面から手を放してください、まだ引き返せます」 


 マラサイは必死に叫んだ。ベンザ卿もそれにこたえて手を放そうとするが、まるで何かで接着させているかのようにピクリとも動かない。


 「動かん、くっ付いている」

 「ベンザ卿頑張ってください!! 最悪地面ごと抉り取ってください」

 

 マラサイもベンザ卿の腕をつかんで引き抜こうとするが、常人の何百倍もの力を持つベンザ卿が引きはがせないものを成人女性1分の力が加わろうと状況に大した変化は見られなかった。

 そして魔法陣の巨大化が止まる。最終的に魔法陣はクレーターより大きく広がった。周囲の軍隊も魔法陣の拡大と共に慌てて戦線を後退させていた。

 何もない地面からいきなり光の文字が浮かび上がり周囲に広がり始めたのだから当然の対応だろう、なにせこの原因である2人ですらこれから何が起こるのか把握できていないのだから。模様を複雑に変化させながら回転する魔法陣。

 そんな魔法陣が突如停止して、光り輝いていた文字が一斉に赤色に変化した。


 「繋がってしまいました。もう止められません」


 息をのむマラサイ、それに対してベンザ卿は実に楽しそうであった。 


 「こうなればドンと来いだ!! さあ、いでよ究極竜アルティメット・ドラゴン

 「何でそんなに前向きなんですか!! 私は嫌な予感しかしません、ああ、何だかさっきの自分の台詞がフラグに思えてきました……」


 炎魔人の召喚とは異なり、魔法陣内を闇が包んだ。いや、これは正確には闇ではない夜だ。ふと上空を見上げると、無数の恒星が散りばめられた虚空がベンザ卿を飲み込むかのように広がっていた。流れる銀河はまるで世界中の宝石を集めて作った運河のように高貴な輝きを放ち、星々に彩られた夜空を時折流れ星が青い尾を引いて流れた。


 流れ星が地平線に消えると同時に、地面から手が解放された。ベンザ卿は拘束された手を摩りながらも目を空から地に落とした。


 そこには1本の光の柱が夜空を突き刺さして伸びていた。それぞれの柱の中では何かうごめく黒い影が見える。しかしその正体を見て取るには柱の光が強すぎた。目を細めてその正体を確認しようとしてたその時、キュっとベンザ卿の手が握られた。気が付けばマラサイが手を握りしめてベンザ卿の背中に隠れていた。よほど昆虫、グロテスク関係の生物が召喚されることを恐れているらしい、ベンザ卿はかすかに震えるその手をゆっくり握り返した。ゆっくりと手のぬくもりが伝わる。ベンザ卿がマラサイに顔を向けると、赤らめた顔をプイを逸らした。手を握って安心したのか、手の震えは収まっていた。


 「来ますよ……」


 ベンザ卿の後ろで、マラサイが囁いた。

 刹那、光の柱が天に吸い上げられるように消滅した。そしてゆっくり、ゆっくりと、柱の中でうごめいていたものが姿を現した。



連投3日目


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