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『炎武』――エンブ

 さあ火の中で踊ろう。

 

 太陽が地に落ちたような激しい光が2人を包み込む。激しい閃光に目を細めたベンザ卿だったのだが、その激しい光に思わず息をのんだ。火山が噴火するかのような轟音を轟かせ、魔法陣から紅蓮に燃え上がる2体の巨人が姿を見せたからだ。全長は18mを超えて、巨人は口から大量の火の粉を噴き出し天に向かって吼えた。


 「どうしょうか、私の従順なる下部、炎神イフリートのカクリコンとジェリドです」


 程よく膨れた胸を張りながらマラサイが自慢げな表情をベンザ教に向けた。ベンザ卿も感嘆の声を上げる。


 「こいつはすごい!! 名前以外!!」

 「何故です!? こんなにかわいらしい名前なのに……」

 「かわいい……だと……」

 

 物悲しげな表情を浮かべるマラサイにベンザ卿は声を失った。もし彼女に子供ができたなら名前は旦那さんに一任した方がいいだろう。もし彼女が命名したならおそらく思春期には恥ずかしくて死にたくなるはずだから、そんなことを考えながらもベンザ卿は18mの巨人を見上げた。


 全身から紅蓮の炎を吹き出す巨人その姿は赤の鎧をまとった騎士を連想させる。兜のしころのように首周りを覆う大型の炎の鬣、緑に輝く一つ目と立派な角。


 「どっからどう見てもマラサイだな」

 「私がどうかしましたか?」

 「いや君の話をしているわけではない、この巨人がマラサイだなという話でだな」

 「なっ、私はこんな不恰好じゃありません!! それにこの子の名前は[ジェリド]と[カクリコン]です!!」

 「わかった、この話は聞かなかったことにしてくれ」


 ため息をついたベンザ卿は強引に話を切り上げた。これ以上この話を続けてもこじれるだけだろう。


 「まあ、ベンザ卿はそこでお茶でも飲みながらこの子たちの力を見学していてください」

 

 マラサイは得意げに冗談を言うと、ベンザ卿が口を開く前に敵に向かって指をさす。


 ゴオオオオオオ――――。


 大地を揺るがす咆哮ほどの咆哮が響き、炎の巨人がゆっくりと動き始めた。不気味に輝く薄緑の瞳はただ敵だけを見据えて大きく肩を揺らしながら18mの進撃が始まったのだ。一歩を踏み出すたびに地面がへこみ、その周囲じりじりと黒く焦がしていく。その姿はまるで大地から全ての生命を吸い上げる死神のようにも見えた。

 

 二体の巨人はゆったりとした動作で敵の群れに向かう。しかしその移動速度はその動きからは想像できないほど素早い。それもそのはずである、人間とは歩幅が違うのだ。人が一歩を踏み出す間に巨人はその何倍もの距離を移動できる。

 

 一方、敵――――天界軍は混乱状態にあった。兵士たちはこれまでさまざまな外的を想定して訓練を行ってきたがこの一時間はその根本を覆すような想定外の敵との連戦である。戦艦を叩き潰す人間の次は炎の巨人。今まではノア大佐、ソゲブ、アークエンジェルなどの力や、ベンザ卿に初弾でダメージを与えてしていたことから一方的に攻撃を仕掛けてきたが、今度は向こうから戦列に突っ込んできたのだ。引こうにもすぐ後ろは摩天楼である。敵の目的は一目瞭然、摩天楼の破壊だ。摩天楼は人間界と天界をつなぐ唯一の道なのだ。ここが破壊されようものなら自分たちは一生天界に戻れなくなる。戦うしかあるまい。


 しかしソゲブ特殊弾を使用しているとはいえ歩兵の火力では18mの敵など相手にできるはずはなく歩兵部隊は慌てて後列に下がってゆく。《エンジェル》タイプの兵器も部類は対人制圧兵器、自機4倍近い高さの敵との交戦など想定されておらず、《エンジェル》の主兵装である中性子ビーム砲は火炎の肉体には効果がない。かといって魔力を吸収するソゲブ弾対応の40mmチェーンガンや35mm速射砲では火力が足りない。

  

 そこで戦車の出番だ。


 摩天楼には戦車大隊が配備されていたが空中を高速で移動するベンザ卿は戦車で対応できるはずなく今まで後列で待機をしていたのだ。そんな戦車部隊がここぞとばかりに歩兵とエンジェルの混成部隊と入れ替わりに前にでる。


 「オラオラ、邪魔だ!! 戦車に道を開けろ」


 砲塔の上から顔を出した大隊長が無線機に向かって怒鳴った。やっと自分たちの出番である。この陸上兵器最大の火力をぶつける時が来たのだ。大隊長は黒光りする200mm電磁加速砲の砲身を撫でる。


 【モロナイ】主力戦車。200mm電磁加速砲を搭載し規格外の火力をもつ天界軍の主力戦車だ。元は凶暴で強靭な外殻をもつ天界の魔獣を殲滅するために開発されたものだが、その性能は他の6世界の戦車から頭一つ、いや3つ4つ抜けている。数十キロさきの針の穴をも打ち抜けるような命中率に加え、中型空中戦艦を一撃で沈める火力を持ち合わせているのだ。他の6世界からは《破壊神》の別名で呼ばれ、代表的な《エンジェル》型兵器よりも恐れられていた。つまり天界の虎の子兵器といえよう。


 『大隊長!!』本部の通信兵から通信が入る。

 

 『残りの《アークエンジェル》部隊が再び攻撃角度に到着します。残りの弾薬を全て目標に投下しますので、そちら側でタイミングを支持してください』

 「よーし」

  

 対隊長は戦車の中に身をうずめて頭上の戦車長ハッチを閉めると、すばやく大隊の指揮通信システムの前に陣取った。スクリーンには摩天楼周囲の地図が映し出され、相互通信システムにより、味方の戦車、《エンジェル》などの位置が実際の地形から誤差数ミリの正確さで表示されていた。魔力計測機がスクリーン上に2体の強力な反応を示す。その反応は高速でこちらに接近しつつある。その奥ではさらに高い魔力反応を検知、その隣では計測限界を超える高い反応を示していた。


 『狩りの時間だ』


 大隊長は回線を開いて、戦車大隊全員を鼓舞するように声を上げた。無論その中には自分も含まれる。戦車長は戦車内の熱気に眉をひそめて空調設備を確かめる。


 正常だ。

 

 この時初めて自分がこの戦場に呑まれていたことに気が付く。予想以上に興奮しているのだ。その理由は理解できる。この侵略、いや戦争が始まってから戦車の出撃回数は極端に少ない。

 理由はごく単純で、この火力をぶつける相手がいないからだ。

 人間が使用する最大の火器は牽引式の30口径カノン砲で、この程度なら《エンジェル》の装甲でも十分弾くことが可能で、機動力が高い《エンジェル》のほうが戦車より素早く処理することができる。そのため戦車大隊は人間界に意気揚々と侵攻したにもかかわらず格納庫で整備を行う日々が続いたのだ。

 毎日のように出撃する《エンジェル》を横目にただ指をくわえて見ることしかできない日々、募る部下の不満。しまいには《エンジェル》のパイロットに[タダ飯ぐらい]の不名誉なあだ名で呼ばれることもあり戦車乗りたちの不満は限界の域に達していた。


 そんな時にこの出撃命令であった。なんでも《エンジェル》タイプでは対処不能の敵が出現したとか。大隊の兵士たちは半年ぶりの出撃に心を震わせた。通常なら出撃に10分はかかるが兵士たちは5分で済ませた。皆このチャンスに賭けているのだ。失った戦車大隊の名誉を挽回するために。


 そのためには大隊長である自分がしっかりとしなければ。

 そんな思いが己の知らぬ間に自分を奮い立たせていたのだろう。


 「大隊長!!」砲手ガンナーが叫ぶ。

 「敵、距離900まで接近。指示を」


 「よーし」


 天界軍主力戦車【モロナイ】に搭載されているレ―ザー測距儀は20㎞の距離を誤差5mmで計測できる。【モロナイ】の火器管制システムがすぐさま射撃に必要な、風速、湿度、距離、重力、などの計算を行い、砲身が自動で目標をとらえる。戦車長用のサブモニターに砲手ガンナーが狙うレティクルが映りこむ。そこにはうごめく2体の赤い塊。砲手ガンナー骨伝導マイクがゴクリと大きく息をのむ音を拾った。十字線は鎧を纏ったような炎魔人の胸をしっかりととらえて続けている。

 

 『全戦車部隊、目標をとらえました』

 

 補佐官が攻撃準備の完了を伝えた。

 

 『本部、近接航空支援を要請、20秒後だ』――――と大隊長。

 『了解《アークエンジェル部隊》に伝える』


 『全部隊、足だ。足を狙え』 


 本部との通信を終えるとすぐさま回線を切り替え全車両に支持する。大隊長はサブモニターではレティクルが炎神の足元に向けられるのを横目で確認した。

  

 「目標400!!」

 「一斉攻撃用意!!」

 『攻撃まで10秒』


 9……8……7……6……「撃てーーっ!!」

 

 横一文字に並べられた砲門が一斉に火を噴いた。

 車体に走る衝撃、乾いた轟音。射撃の衝撃により映像式監視装置の映像が一瞬乱れた。しかしすぐに回復したモニターからは紅蓮の肢体から白い光輝を放つ炎魔人の映像が映った。遅れて届く火の魔人の悲鳴。そして立ち込める黒煙の隙間から炎苦悶する炎魔人の姿が映し出された。

 

 「よし!!」大隊長は利き手を構えた。


 敵の撃破は確認できていない、しかしこの言葉は初弾の命中により自然に出てきた言葉だった。指揮用スクリーンに目をやると、画面上では《アークエンジェル》の3個編隊、21の点が2点の目標にアプローチを仕掛ける所だった。機体を地面と平行に保ち、低空に飛来した先頭の編隊がベンザ戦で有効だった冷凍ミサイルを浴びせる。白煙が炎魔人を包み込み言葉や文章では表現できない奇怪な悲鳴を上げた。続いて第二、第三の編隊が≪電磁投射砲≫と≪荷電粒子砲≫を嵐のように叩きつけた。その様子を画面で確認した大隊長は顔をしかめた。はたして炎の敵に対して冷凍ミサイルがどれほどの効果があるのだろうか? ソゲブ弾を電磁加速で撃ち出す《電磁投射砲》なら効果があるだろう、しかしせいぜい50mm程度の威力では効果は知れている。≪荷電粒子砲≫に関しては蚊に刺された程度の威力だろう。


 『照準を再調整だ、次は上半身を狙え、まだ死んでないぞ』

 『隊長、て、敵の姿が爆炎で見えませんが……何故?』

 『バカ野郎、長年の勘だよ勘。何年魔獣退治してると思ってるんだ』

 

 無線機に怒鳴った大隊長は鷹のような目で画面を見据えた。戦車内ではエンジンの駆動音と隊員の息遣いだけが荒々しく響く。砲撃から数秒の後、大隊長の目つきが変わった。膨らむように舞う砂塵の中で見つけた緑の光、2つののぼやけた光がゆらゆらと揺れ動くのが見えた。


 「ほら、言った通りだろう?」


 大隊長はそう呟く、薄笑いを浮かべながら。



連投2夜目です。


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