『再戦』――リベンジ
長い間放置していてすいませんでした。
投稿を再開します。
前回1万年と時系列を変更いたしましたが。1000年に戻します。
変更ばかりすいません。
今日の天気は曇りだ。
雨は降ってはいない。
しかし銀の鎧を身にまとった騎士の兜は雨で濡れていた。
今日の天気は曇りだ。
雨は降っていない。
雨は透き通る赤い瞳から降り注いでいた。
大地に横たわる銀色の騎士を赤髪の女性が抱いている。女性は唇をきつく噛み締め、嗚咽を漏らしながら騎士の兜に大雨を降らせていた。涙が顔を流れても流れても騎士は眉ひとつ動かさなかった。
「私っ……私っ……貴方の……貴方の……」
女性はドレスの袖で涙を拭くと、騎士の上半身を起こした。
異性に対してこのような感情を抱くのは初めてだ。彼と初めて出会ったのは約1時間前。そして彼とすごした時間は約1時間だった。それでも彼と過ごした1時間は、人生数十年に等しい濃厚な時間を与えてくれたといっても過言ではない。そしてつ彼に伝えたかった。
たった数文字のその言葉。しかし伝えられなかった……。
その一歩を踏み出していれば、彼との別れはもっと別の形。互いを求め会い、幸せを感じて別れることになったかもしれないし、その逆であふれる涙の中、辛い別れを告げる結果になったかもしれない。
しかしすでにそれは叶わぬ願いとなってしまった。
数百種類の上級魔法を使いこなし、300年に一度の天才と呼ばれた彼女ですら、時間を巻き戻す手段は持ち合わせていない。
女性はドレスの袖で涙を拭いた。しかし一瞬で視界がぼやけて再び涙が溢れ出る。拭いては泣いて、拭いては泣いて。彼女は何度もそんなことを繰り返していた。本来なら彼の死を悼んでいる暇など無い。彼女と彼の亡骸を遠目で眺めていた天界軍は、じりじりと間合いを詰めて円の直径を確実に狭めてきていた。
しかし彼女はそんな軍勢には目もくれず、倒れた騎士を胸にだいていた。
彼とこの場所で朽ちるのなら本望――――。
そう考えた女性は、深紅の髪をそっとかき上げ、そっと騎士の耳元に顔を寄せた。
「ベンザ卿、先ほどのお話ですが……」
泉のような透き通った声が、混沌と黒煙を立ち上げる戦場を貫いた。
「私は、貴方のことが……」
キュッと拳を結び、磨き上げられたルビーのような瞳が静かに騎士の兜を見据える。
「ス……ス……」
そこまで言いかけた女性は顔を横に数回振る、腰まである髪が左右に波打った。スッ……と息を吸い込むと、真っ赤に色づいた顔を両手で隠し、凛と叫んだ。
「私、シャルルドディア・マラサイはベンザ卿、あなたのことを……おっ、お慕いしておりました」
やっと言えた――――。
彼女……いや、マラサイは今まで胸の中を覆っていた厚い雲が少し晴れた気分になった。しかし一瞬でマラサイは目を伏せて、肩を小刻みに震わせた。彼女の心の雲が完全に晴れることは無い。彼はすでにこの世にいないのだから。あの時の一言を言い出せなかった自分に大きな失望を感じながらも、マラサイは涙を流し悲しみに暮れる惨めな自分に再び戻っていた。
そんな惨めで無駄な時間を過ごしている時だった。
「ありがとう、マラサイ君の様な美人にそう言われてとても嬉しい」
ベンザ卿の声が聞こえた気がした。マラサイはすぐさま顔を上げた。空耳。そう頭では理解していいても動かずにはいられないのだ。ポン、マサライは頭に重みを感じた。銀色の小手が頭に乗せられ、ゆっくりとそして優しく自分を撫でているのが分かった。
「まだ死ねないみたいだ」
ルビー色の瞳がすぐさま銀色の兜に向けられた。そして兜のスリットからベンザ卿の笑みがはっきりと見て取れた。マラサイはベンザ卿を抱きしめる。ベンザは上半身を持ち上げると残った片腕で彼女を受け入れた。分厚い鎧の上からでもマラサイが小刻みに震えるのを感じて、ベンザは腕に力を込めた。
しかし再開の感動をいつまでも味わっている時間は無い、敵が確実に迫っている。敵はベンザ卿が上半身を起こしたので怯んで動きを止めたが、ベンザ卿は遠目で指揮官らしき男が、手に持った小さな箱に怒鳴りつけているのを目撃していた。おそらくもう一度空から『アークエンジェル』による総攻撃をかけるつもりだろう。ベンザ卿は顔をゆがめた。歓喜に震える彼女に、現実を伝えなければならない。それにノアとの戦いで衰弱したこの体では単騎で『摩天楼』を破壊することは出来ないだろう、どうしてもマラサイの手を借りるしかなかった。
「マラサイ、私も君とずっとこうしていたい、しかし」
「わかっています。ベンザ卿」
マラサイ濡れた頬を素早く袖で拭くと、素早く視線を戻してベンザ卿の言葉を制した。彼女の瞳が「理解しています」とベンザ卿に語りかけていた。
よくできた女性だ――――。
ベンザ卿は改めてそのようなことを思ったが、ベンザが彼女に向けた表情は少しさびしそうなものだった。
「ベンザ卿肩を……」
いつものマラサイに戻った、いや戻ったふりをしたマラサイはベンザ卿の肩を支えた。またベンザ卿も言葉に甘えて、寂しくなった左肩をマラサイに預けてゆっくりと立ち上がった。
耳の中を切り裂くような鋭い音が響き渡り、2機の『アークエンジェル』が編隊を組んで超低空を飛び去って行った。斥候だろう。彼らは再び化け物が立ち上がったことを司令部に伝えて、司令部は空からの総攻撃を再び命令するだろう。
「マラサイ」ベンザ卿が力強く言った。
「私はなぜまだ生きているのか、君の見解を聞きたい」
「わかりません」
マラサイは申し訳なさそうに首を横に振った。
「依然お話しした通り、私は正確にあなたの寿命を見積もりました。しかしあなたは生きています。科学者としてあまり認めたくありませんが、『奇跡』としか言いようがありません。あっ、今のは科学者としてであり、ベンザ卿が生きていることは非常によろこばしい……」
初めは凛とした態度で話をしていたが最後には顔を赤らめ、声も小さくなりベンザ卿も苦笑した。
「マラサイ、私の寿命をもう一度調べることは出来ないのかね?」
「あっ、少々お待ちを」
マラサイは転移魔法を唱えて小さな端末を手元に出現させる。そして端末をベンザ卿に掲げて少しの間操作すると、驚きで声を漏らした。
「そっ、そんなありえない……」
「どうした?」
「適合率が100%を超えている。適合率989%!! ベンザ卿……彼方は今カオスと一体化しています!!」
「それはつまり……どうなるんだ?」
ベンザ卿が首を傾げると、マラサイは顔を青くし視線を落とす。
「さあ、私にも分かりません。こんなこと前代未聞で、意味が分かりません!!」
「神が生きろとでもいっているか?」
そうだとしたら馬鹿な話したとベンザ卿は思う。
私にこの世界を救えということ? いまさら何を言っているのだ。神ならこのような事態になる前に止められたはずだ。なぜ今になって俺の命を助ける?
なぜ私に戦わせるのだ……。
ベンザ卿は考えを振り払うように首を振った。
「今は目の前の敵に集中しよう」
視界の隅に『くの字』に編隊を組む『アークエンジェル』が踊る。編隊は3つ、4つと空の隅々から集結を初めて最終的には6つの『くの字』が2人に向かってきた。一つの編隊に7機の『アークエンジェル』が配置されているために数は42機ちょうどだろう。
ジェット音が激しく大気を揺るがし、鋼鉄の天使たちが大空に舞いあがる。ほぼ直角に急上昇した天使たちは上空でダンスを踊りながらベンザ卿のめがけて祝福を授けてゆく。
『《絶対防御領域》』
空中に突如翡翠色の壁が出現して一瞬で正十二面体を形成する。十二枚の障壁は神々しい光を放ちながら2人を包みんだ。
轟音――――。
2人はまるで震源の真上にいるような強い衝撃を感じた。《絶対防御領域》で守られているものの、目を覆いたくなるような閃光と、耳を塞ぎたくなるような爆音が《絶対防御領域》の中を襲った。何十発ものミサイルがその鉄壁を崩そうと一斉に襲いかかっているのだ。
《絶対防御領域》の中を初めて体験したマラサイはあまりの衝撃に身を震わせていた。両腕でギュッとベンザ卿を抱きしめ、『本当に安全なのか』という不安の目をベンザ卿に向ける。無理もない、本来なら地図を書き換えるほどの強烈な爆撃の中にいるのだ。
しかしベンザ卿は彼女の視線に答えている暇はなかった。右腕を頭上に突出し、必死に《絶対防御領域》を制御していた。残った右腕だけでこれを支えなばならない、絨毯爆撃の威力に押しつぶされそうになりながら右腕がギリギリと悲鳴を上げ、全身から滝のように汗が流れた。ノアとの戦いがベンザ卿の体力を大きく消費させている。
そんな中、激しい爆撃に一瞬の間が開いた。
(何だ!?)
そう思考を巡らせたとき、再び衝撃が《絶対防御領域》に走った。しかし激しい閃光も、爆音も見えないし、聞こえない。《絶対防御領域》の外では、黒煙に交じって、白い煙が不気味に漂っていた。
「先ほどの氷結攻撃か!!」
ベンザ卿はとっさにマラサイに目をやった。自分は超人だがマラサイは数秒で氷漬けにされてしまう。そう頭をよぎったからだ。しかしそれは余計な心配だったようだ。
「誰があなたを氷像から救ったと思っているのですかベンザ卿」
マラサイが呪文を呟き、翡翠色の正十二面体が炎に包まれた。大地がひび割れ、地底から煌々と紅蓮に燃える蛇が飛び出してきた。炎の蛇はゆっくりと正十二面体の周りを回ると、正十二面体に組み付き蜷局を巻いて《絶対防御領域》に近づくものを徹底的に焼き尽くした。高度を落としすぎた数機が蛇に飲まれて炎の海に突っ込んでいく、蛇の腹で光が膨らんで消えた。
「私はベンザ卿のように手加減できませんから」
遅れて爆音も響く『アークエンジェル』の編隊はは突如現れた炎の蛇に恐れをなして高度を上げていった。
「ベンザ卿、今です!!摩天楼に進みましょう!!」
ゴウゴウと高温の釜の中にいるような黄色の炎に包まれ、マラサイは音に負けじと叫んだ。
「相手は一度下がっただけだ。すぐに攻撃を再開する」
攻撃ががやんだことにより、《絶対防御領域》を解除して息を整えるベンザ卿は静かに答えた。
「いえ、《エンジェル》部隊は3回以上総攻撃を仕掛けてそろそろ補給が必要なはず。それに策があります」
「策?」
「ベンザ卿、戦では時によって圧倒的な数は質を上回ります」
「ああ、そうだ」
「ではこちらも単純に頭数をふやして突破します」
ベンザ卿はぐるりと頭を回した。兜の中ではさぞ『どういう意味だ!?』という顔をしていたに違いないだろう。事実ベンザ卿は慌ててこう聞いた。
「どういう意味だね」
「味方を増やします」
「君の色気で寝返らせるということか!?」
「違います、そのような面倒なことは絶対にしませんし、あんなクズは1000人単位で寝返らせないと戦力になりません」
「ずいぶん辛口だな、それではどうやって?」
鮮やかなルージュを引いた唇が輝きマラサイは妖艶な笑みを浮かべた。
「こうやってです」
蜷局をまいた蛇が消え突如マラサイの両腕が輝きを帯びて光り始めた。幾何学的な魔法陣が両手に浮かび上がり常人では理解できない赤色の文字の羅列が広がる。
「収集、精製、設計、構築……召喚術式を展開……検索……異次元を検知。接続状況を確認……接続」
マラサイは一人言葉を続ける。その一言一言には神聖な響きがあり、この世の誰にも有無を言わさぬ重みがあった。広がった文字が浮かび上がりマラサイの周囲を回り始め、同時にろうそく形をした幻影が現れては消えていく。地面を炎が駆け巡り一瞬で巨大な魔法陣を描き上げた。
「マラサイこれはいったい?」
ベンザ卿は兜の上から困惑の表情をマラサイに投げかけた。
(これは召喚術です)
なんらか魔術的な術式を発動させるため、呪文を詠唱しているマラサイはベンザ教の意識に直接語りかけた。これなら呪文を詠唱しながらも意思の疎通が可能だ。
「召喚?何か呼び出すのかね」
(私と契約を交わした契約者を召喚します。少し離れていてください)
ベンザ卿の中でそう呟いたと同時にマラサイを炎の輪が包み込んだ。灼熱の炎にあおられてうねる大気の中で、真紅の髪がオレンジ色に染め上げられマラサイは汗ひとつかかずに静かに佇む。心はまさに明鏡止水の心境にあるのだろう、炎が嵐のように踊り狂う中でもその表情は氷像のように酷薄で端正だ。両手を地に付けて高らかに叫ぶ。
「いでよ、混沌に住まう火の従者たち、誇り高き炎の戦士、カクリコン!!ジェリド!!」
まだまだ初心者なのでよければ今後の参考に評価と感想をお願いします。