第17節 開戦
ミステイル王国軍が攻めてくるまであと数日。
今日はクラルスと朝から稽古をしている。星影団の皆は修繕作業を中止して、作戦の準備に取り掛かっている。
「リア様。ご無理だけはなさらないでください」
「……わかった。お願い」
迫りくる木剣を受けた。
まだ手に余計な力が入ったり、身体が少しこわばったりしている。
それでも、なんとか意識的に受けられるようになってきた。
「以前より良くなっていますよ」
「ちょっとまだぎこちないけどね」
深呼吸をして、剣を握り直す。
クラルスが距離をとり、再び剣を構えた。
「では、今度はリア様が攻めてきてください」
「え、僕が……」
一瞬、クラルスとあの夜の兵士の姿が重なる。
鼓動が速くなり、視界が揺らいだ。
自分から、剣を振るう。それが。
「……リア様?」
木剣の落ちた音で我に返る。自分の手から滑り落ちたことに気づかなかった。
「ご……ごめん。ちょっと……」
木剣を拾い上げようと伸ばした手が拒絶するように震えている。
自分から剣を振るうことが怖い。
また、命を奪う。あの光景が目の前に。
「リア様。本日は受ける稽古に徹しましょう。ご無理をなさる必要はございません」
「うん……。そうするよ」
「リア様は確実に前に進んでいますよ。自信を持ってください」
首を縦に振る。
リュエールさんの「戦争は待ってくれない」という言葉を全身で感じていた。
僕は、本当に戦えるのだろうか。
二日後、戦いの日がやってきた。
クラルスとともに泉の前まで来る。爽やかな風が頬をなで、さらさらと葉のこすれる音が心地いい。
少しでも心を落ち着かせようと深呼吸をする。
泉の水面が僕の気持ちを表すかのように揺らいだ。
「リア様。いよいよですね」
「うん」
作戦は上手くいくのか。これだけの兵力差で勝てるのだろうか。僕は戦場を目の当たりにして立っていられるだろうか。
次々と湧き上がる思いに胸が落ち着かない。
飲み込まれないように、すがるような気持ちで父上からもらった短剣の柄を掴む。
クラルスは今は隣にいてくれる。戦いが終わったときも、隣にいてくれるだろうか。
「……リア様。私はここであなたに忠誠を誓いました。そのときにふたつの覚悟をしました」
「ふたつの覚悟?」
白銀の瞳がまっすぐこちらを見つめる。
「あなたを守り抜く覚悟。そして、ともに生きる覚悟です」
忠誠の言葉をもらった夜を思い出す。胸のあたたかさ。一人じゃないと教えてくれた。
クラルスのために。星影団のために。父上、母上のために。セラのために。
そして、僕自身のために。どんな結果になろうと、最後まで戦場にいよう。
「クラルス。ありがとう。僕は、自分のできることを全力でやるよ」
「はい。参りましょう」
心を決めて、クラルスとともに拠点へ向かう。
背中を押すように、優しい風が後ろから吹き抜けた。
公会堂の前には星影団の団員がすでに集まっていた。
隊を組んで整列している様子を見て全身に緊張が走る。
後ろのほうで様子を見ていると、スレウドさんが近づいてきた。
「リアたち、どこへ行ってたんだ。もう始まるぞ、こっちへ来い」
スレウドさんの後をついていき整列すると、団員たちと対面。
僕に視線を向けてひそひそと話している人たちが何人もいた。
後ろから落ち着いた足音が近づいてくる。振り返ると、リュエールさんとルフトさんがこちらへ歩いてきていた。
リュエールさんのまとう威厳。
話をしていた団員たちは口を閉じて彼女に視線を送る。
リュエールさんは団員たちを見渡したあと、声を張り上げた。
「みんな、この戦いが国の命運を分けるわ! 亡き女王陛下と騎士団長様のために勝利を捧げる!」
団員たちは自分を奮い立たせるように声を上げた。
手のひらににじむ汗ごと、拳を握り込む。
「リア、あまり戦場の雰囲気に飲まれるなよ」
「は、はい」
上ずった返事を聞いてスレウドさんが苦笑していた。
そこへ、早馬が到着する。ミステイル王国軍が動き出したという知らせだった。
リュエールさんの合図で星影団も進軍を開始した。
荒野に向かう星影団を見ていると、リュエールさんから声をかけられる。
「リア、気分はどうかしら?」
「だ、大丈夫です」
本当は喉が締めつけられるほど緊張している。
見透かされているのか、リュエールさんは小さく笑った。
「リア、指揮官として大切なことを教えていなかったわね」
「大切なこと……ですか?」
「えぇ。それはね、堂々としていることよ」
「えっ?」
「団長の私が、指示を出すときにおどおどしていたり、戦場で弱気になっていたりしたら、みんな不安になるでしょ? 士気の低下にも繋がってしまうわ」
ふと、母上と父上を思い出す。いつも威厳があって、頼れる存在。立ち居振る舞いのひとつひとつが、女王であり騎士団長だった。
家族のセラや僕にさえ、不安な表情はあまり見せなかった。それだけ自分たちの振る舞いが周りに与える影響の大きさを、理解していたから。
改めて女王と騎士団長の立場、そして自分の立場を考えさせられる。
今はできるのか、なんて自問していられない。やるんだ。
背筋を伸ばしてリュエールさんを見据える。
「はい。僕も、リュエールさんの隣に立って恥ずかしくないようにします」
「ありがとう、リア。それにね、みんなの士気が上がれば私たちも心強いでしょ? お互い様なの。ただ、きっかけが私たちなだけ」
きっかけが僕たち。その一歩を踏み出せるのか。
荒野に布陣を終えたころ、荒野の奥には深い緑と青が混じった波がこちらに迫ってきていた。
ミステイル軍が荒野に陣を敷く。見ただけでわかる圧倒的な兵力差。
ちりちりとした空気が肌を刺した。
お互いの顔が目視できるところまで近づく。
目を凝らしてミステイル軍を見渡すがガルツの姿はない。
やはりリュエールさんの予想どおりだった。
兵士がひとり、白旗を揚げて両陣営の中央にゆっくりと歩いてくる。
使者だ。
「星影団とやらへ告ぐ! 我が指揮官からの言葉である!」
使者の声が荒野に響いた。
「こちらの目的は大罪人ウィンクリア・ルナーエ、および星永騎士クラルスの捕縛のみ! 両名を引き渡せば、他の者の命は保証する! これはセラスフィーナ王女殿下の下命である!」
ここでもセラの名をいいように使う。震える拳を握りしめた。
リュエールさんは冷たい目で使者を見据えると、スレウドさんへ目配せをする。
彼は頷くと、白旗を担いで前に出た。
「おまえたちこそ逆賊だ! 女王陛下と騎士団長様を手にかけ、ウィンクリア王子殿下に罪を被せた。この国の平和を脅かしたのは貴様らミステイル王国だ! 今すぐ、セラスフィーナ王女殿下を解放し、この地から去れ!」
スレウドさんの言葉を聞いた使者は鼻で笑う。
「愚かな。では、交渉決裂だ。おまえたちは今この瞬間から、ルナーエ国への反逆者として処断される!」
使者は背を向け、自陣へ戻っていく。
スレウドさんも足早に前衛と合流した。
「みんな! 交渉決裂だ! 戦闘準備!」
「戦闘準備! 武器を構えて!」
スレウドさんの声に重ねて、リュエールさんの号令が飛ぶ。剣を鞘走らせる不規則な金属音が響く。
「突撃!」
相手の指揮官の合図で、両軍が土煙を上げて衝突する。
鬨の声が荒野を駆け巡り、空気が震えた。
足元の感覚がなくなり、心臓が早鐘を打つ。これが、戦争なんだ。
肩を叩かれて我に返る。
「リア様。参りますよ」
「リア、私たちから離れないで! 行くわよ!」
「……はい!」
ルフトさんを先頭に、僕たちは手近な丘の上へ登った。
前衛の戦況がよく見える位置。
最前線では乱戦が繰り広げられている。
「スレウド、大丈夫かしら」
「あいつは殺しても死なないだろう。リュエの予想どおり、魔法封印は使ってこなかったな」
魔法を戦場で使っている様子はないが、ルフトさんにはわかるようだ。
スレウドさんはどこで戦っているかわからないが、無事でいてほしい。
見渡すと、ミステイル軍の歩兵の壁が厚いことがわかる。
後ろには騎馬兵も控えていた。
星影団は僕たちのいる丘まで少しずつ後退をしてくる。
「さて、後退してきたところで……。みんな、準備を!」
リュエールさんの指示で、大きな岩が台車に載せられて運ばれてくる。
荒く削られた丸い岩。大小さまざまなものがあった。
「指示を出すわ!」
彼女は手のひらに雷を帯びた球体を作り出した。
頭上へ投げると、しばらくして強い光と高い破裂音。
それを合図に星影団が左右へ分かれた。
「今だ! 落石開始!」
ルフトさんが叫ぶと、団員たちが台車を傾けて岩を落としていく。
恐ろしい勢いで岩がミステイル軍へ突っ込んでいった。
密集しているがゆえに、逃げ場を失った敵兵は岩になぎ倒されていく。
「かなり動揺しているな。リュエ、俺は指定位置に移動する」
「えぇ。ルフトに女神アイテイル様のご加護がありますように」
「アイテイル様に頼らなくても、俺は生きて帰ってくる。おまえこそ気をつけろよ」
ルフトさんは剣を抜いて丘を下りていく。それに続いて、台車を押していた団員も戦場へ身を投じる。
リュエールさんは彼の背中を見送ったあと、細身の剣を抜き放ち、僕たちのほうを向く。
「リア。私は作戦のために行くわ。二人とも無茶だけはしないでね。女神アイテイル様のご加護がありますように」
「はい。リュエールさん、ご武運を……」




