幸田さんと久賀代くん
脳みそを使わないで書きました。
結局どういうことって文章の塊。
煮干しのお出汁をとる下準備をしている間、私は無心になる。
晴天の日のことだ。日曜の昼過ぎだから五月の風が爽やかで心地いい。縁側にお椀とざる、新聞紙を持ち出しながら、よいしょと呟いて縁側に腰掛けた。日差しが温かくてうっかり欠伸が零れた。天気が良いのはいいことだ。お洗濯ものがよく乾くしお布団はふかふかになる。
お椀一杯の煮干しの一つ一つの頭をとって腸をとる。最後に二つに割ってざるへ移動。清水屋さんで取り寄せている長崎の煮干しはどれも大振りでつやつやしていて、頭をとるぱきんという音とともにいい匂いがする。銀色の皮と黒い内臓の欠片がぼろぼろと落ちた。膝の上に広げた新聞紙の上に頭と内臓は捨てて、また次。無心に頭を折る。内臓を掻きだす。割る。次の煮干しに取り掛かる。
―――手元に影が落ちた。
顔を上げるといつの間にか帰ってきていた久賀代くんが不思議そうにこちらを覗き込んでいた。
久賀代くんは今日も完璧だった。黒いジャケットに白いゆったりとしたトップス、その襟元と裾からネイビーの色が覗く。くたびれた深緑のボトムズと大きなごっついスニーカーのネイビー。首にはシルバー。癖の強い鮮やかな金茶髪を後ろでちょこんと結んで、色とりどりの愛らしいヘアピンで前髪を止め。おとこらしく骨太に、そして甘く整った顔立ちの中の垂れた目の左側の泣きぼくろの側に皺が寄った。
昨日学校でバイバイしてから帰ってきていないはずの久賀代くんはふわりと笑う。
「なぁに、してんのー?」
流行やトレンドにはとんと疎い私だけれど、その私から見ても久賀代くんの服の完成された感じは読み取れる。久賀代くんはいつも通りさりげなく縁側に腰掛けて、興味津々といった様子で無意識に動く私の手を眺めた。煮干しの匂いを上回る、お化粧と香水の甘い華やかな女の人の匂いがする。今までこの香水の女の人と一緒にいたのかなぁとまるでドラマのような現実感のなさにどきどきわくわくする。思わず鼻をそよがせてしまった。すっぴん暦17年目の小娘としてはやっぱりこういうクールな「綺麗さ」に憧れるものだ。お化粧なんて七五三の時にさしてもらった紅くらい。
じぃっと久賀代くんからの視線。はっとして意識を質問に戻す。
「これはですね、にぼしの下ごしらえをしてます」
「煮干し? これ煮干しっていうの?」
久賀代くんはきょとんとした表情で煮干しという単語を繰り返す。久賀代くんにとっての初の煮干しとの遭遇であるらしい。おめでたい。私はとっておきに大きくて背中が曲がった煮干しを一つ久賀代くんに差し出した。久賀代くんは目を見張ったまま、掌の煮干しを指先で摘む。10センチはあろうかという煮干しだが、さすがに男の子の手に映ると小さく見えるものだなぁと私は笑ってしまった。久賀代くんは煮干しを日に当ててすかしたりひっくり返したりと大変興味深そうな様子だ。
ふむ。手を止めて久賀代くん観察に移る。久賀代くんの如何にもといった未知との遭遇の具合がちょっと面白かった。煮干し、いたんじゃうかなぁ。多少日に当てていたってきっと大丈夫だろう、大丈夫だといいな。
「煮干しって魚なの? これ食べるの?」
しばらく煮干しをいじり倒した久賀代くんは興味津々と言いたげにこちらを見る。こんなに関心を持ってもらえるなんて煮干しもうれしかろう。私は一つ頷いた。
「かたくちいわしですよ。食べるときもありますが、これはおだしにします」
こんなに大きいと甘露煮とか佃煮とか美味しそう。
「これ食べれるの? どうやって骨とるの?」
大層びっくりした様子で久賀代くんが繰り返す。そして私が返答する前に、首を傾げた。
「おだしってなに?」
あれ、お出汁って結構有名な言葉だと思っていたけれど違うんだなぁ。
「ええっと」
私は指を折って質問を心の内で繰り返す。
「食べられますよ。煎っておやつにしたり、煮ておつまみにしたりします。あと、ほねはとらないと思います。わたしは頭からしっぽまで丸ごといただきます。おだしっていうのは、おみおつけとかおひたしとかの味つけみたいなもので……」
「おみおつけって?」
おおっと少しフライング。
「おみおつけって言いませんか? お味噌汁?」
「ああ、みそしる。へえ、おだしってだし汁のこと?」
久賀代くんが納得されたようでほっと胸をなでおろします。ミッション成功!
相変わらず不思議そうに煮干しを眺めたり、私がばらばらにしていた煮干しの欠片に顔を近づけたり、久賀代くんは興味を失っていないご様子。興味深いと思ってくれたのかなぁと少しうれしくなった。この煮干しでとるお出汁、すごくおいしいんだよー。いつも久賀代くんがお代わりするおみおつけの主演だよー。内心で話しかけると久賀代くんと目が合った。びっくり。
「じゃあほんだしとか出汁の素ってなぁに」
「え?」
久賀代くんはやや眉間にしわを寄せて首を傾げた。私も首を傾げる。
「今までの子たち、お湯に粉のなんかいれてみそしる作ってたけど、煮干しは入ってなかったよ」
私はあまりの情報に思わず煮干しを握りしめてしまいました。
「えええ、おみおつけに粉を入れるんですか! ちなみにわたしのばあいは煮干しは、ええっと、ゆでた?そのゆで汁だけを使うので煮干しは途中でたいじょうします」
「えー、煮干しって途中退場すんの? 食わないの?」
「お友達のおうちでは食べるところもあるらしいです。わたしは一回のどに煮干しが詰まってから遠慮していただいてます」
おおっと、話がずれてしまった。久賀代くんは「へー!」と相変わらずの関心が見受けられる。さっきから煮干しをずっと持っているところを見ると相当関心が深いのかもしれない。
私は初耳の情報に話題を強引に修正した。
「お水に粉をいれるんですか! はじめてききました、それでおみおつけになるんですか」
「なるみたい。粉入れてー具入れてー味噌入れてーみそしる?」
「ふわあ」
未知の世界に煮干しを持つ手にも力が入る。それはぜひとも確かめてみたい。来週はぜひともその魔法の粉を買いに行こう。楽しみが出来てしまい上機嫌で私は忘れかけていた煮干しの分解作業にその情熱をぶつける。ふわりと春の風に香水の匂いが飛ばされて、再びかおる煮干しの匂い。
「ねーねー、どうして煮干し使わないのにみそしるできるのー?」
久賀代くんが見よう見まねで握っていた煮干しを分解し始めた。お洋服に煮干しのかすがついていますがいいんでしょうか。存外器用な指先で何のためらいもなく煮干しを真っ二つにした久賀代くんはお出汁のもとをざるにほうるとさらに一匹取り上げる。
「きっと魔法の粉なんですよ。私も次はその粉でおみおつけをつくります」
ぱきりほろり。ゆっくりゆっくり、私たちは煮干しを分解する。久賀代くんは渡した新聞紙を膝の上に広げて、私は腸の黒と皮の銀が散る新聞紙に視線を置いてぽつりぽつりと言葉を交わす。
日差しがあたたかくて、甘い香水と柔らかな風に時折かおる煮干しの匂い。
さっきまでとは違って無心ではないけれど、こんな下準備もまた心地いい。
「ええー。おれ、幸田さんのみそしるの方が好きなんだけどなー。煮干しで作ってよー」
「あすの朝ごはんはこの煮干しでおみおつけ作ります」
「そうなの? じゃあ俺今日は家にいるー。今日のごはん何ー?」
「グリーンピースごはんとアオリイカのフライとじゃがいもとしいたけのコロッケ、あしたばのあえものとキャベツとおからのサラダでしょう、そらまめの卵焼き、イチゴ」
「へー。ちゃんと決まってるんだー。ってゆうかあしたばって何?」
「葉っぱとくきを食べられるんです。くせがあるけれどおいしいですよ。ちなみに今日のこんだてはあしたのわたしのお弁当になります」
「そっかー幸田さんって弁当も作ってるんだ。俺たぶんあしたば?食べたことないわー。ねえねえ、じゃあ明日のみそしるは?」
「かぶとお揚げの予定です」
「かぶってみそしるになんの?」
「なりますよー」
あっという間に下準備は終わって、ざるには半分になって量が増えたように思える銀色の小山。柔らかな日差しを浴びてきらきらとしていていかにもきれいだと思う。下準備は色々と口を動かしながらもあっという間に終わってしまう単純作業だけれど、いつもささやかな達成感を味わえる。いつもは一人で何も考えずのんびり楽しんで行うけれど、たまにはこんなににぎやかに手を動かすのも素晴らしい。大発見だ。
洋服についたカスを庭に向けて払った後、本日の予定を変更したらしい久賀代くんは大層楽しげにざるを新聞紙の上で振るってくれた。お椀にカスを移し、新聞紙をたたむ私を、ざるをもったまま楽しげに眺める久賀代くん。まさかこの暖かかった縁側から撤退したあと、そのまま台所まで同行し、結局夕食の支度とお出汁づくりに参加し、夕食を平らげ、翌日の朝食の席に着き、お弁当を要求されるとは、まったく予想していなかった。そんな五月のある晴れた日の午後の出来事。
で?っていう。結局なんなのと思われた通りの文章です。
何でもないどうしようもないストーリーすらありません。
テーマもストーリーもぶっとばして書いて結局着地点が見つからずに無様に墜落死したような状況です。見にくいし醜いですね。