飼い猫の王様
カッとび恋愛もどき予定物。
自分の好きテーマを詰め込みました。
気紛れで、怠け者で、人でなし。
誰よりも強くて誰よりも賢くて。
何でも出来て何でも知っている。
誰よりも綺麗で格好いい。
(だいすきな、王様)
ある、雲ひとつない空が印象的な青い日の午後の話だ。
田中有は飴三つに釣られて現在学校中をさ迷っている。口の中にはイチゴの飴、右手には舐めている飴に付いている棒を摘み、左手には包み紙に包まれたブドウとオレンジの飴を棒を握り締めてぶんぶんと元気よく振られる。
授業中の静かな廊下を練り歩く。廊下の幅を左右に贅沢にふらりふらり。静かな誰かの何かの声と、無音と、どこか遠くの教室から聞こえるどっと弾ける小さな笑声。強烈な透明感のある青さを覗かせた廊下の窓からは差し込む柔らかな日差しと温かい風がスカート裾に戯れている。
何をしているのかといわれれば、授業を抜け出して現在、有はお使いの真っ最中である。
調子の外れた機嫌のいい細い鼻歌が廊下に響く。ハミングする本人の顔はあくまでも無表情だ。綺麗な漆黒のおかっぱが首を傾げるたびにさらさら揺れる。
『――――お願い、田中さん』
脳裏を過ぎるのは、泣き腫らした目と蒼白な顔の綺麗な新任教師。清楚な美しさと穏やかな気性を持つ彼女は男子生徒の間で高い人気を誇っていたはずだ。有は鼻歌交じりに小さく真っ赤な唇を吊り上げた。無感情な猫目がゆるりと細められる。
「かわいそう」
抑揚のない高い声は子どものように無邪気だった。制服に包まれた細いからだがくるりと回る。細く華奢な足はステップを踏むように、白い首がこてりこてりと左右に揺れた。鼻歌が途切れて、笑い声。ふわりと短いスカートが浮かぶ。飴を取り出して独白する声は、教室からもれ聞こえる教師の講釈に掻き消えた。
「みおちゃんせんせは、かわいそう」
飴を赤い舌先で一舐め、口の中に戻して無表情になった有はふらりふらりと歩き出す。
託された伝言を反芻する。託された紙切れはスカートのポケットの中で歩みにあわせてかさりと抗議の声を上げる程度だ。
甘い甘い赤い飴。イチゴの味なんてしない、ビー玉のような透明な赤を赤い舌で嘗め回す。
思い返されるのは震える声だ。漢文を読むときの、淀みなく高く澄んだ、硝子細工のような綺麗な声が有は好きだった。だから飴玉三つでお使いを頼まれた。廊下を進みながら有は思う。
(ざんねんだなぁ)
廊下の突き当たりの陰になった空間。
そこには普段教師が厳しく言いつける立ち入り禁止の屋上へと続く薄暗い踊り場がある。
薄暗いそこに躊躇なく潜り込み、有は棒の先にこびりついた飴をかりりと噛み砕いた。赤い破片が口の中で砕ける感触が面白い。かり、かりと破片を粉砕しながら有は階段に足を掛けた。
――――目指すのは王様のいるところ。
王様は変態だ。
青い青い、空の下で響き渡るのは水音と吐息とあられもない嬌声。せわしい気配に有は首を傾げた。――――こんないい天気なのだから、昼寝をしながら日向ぼっこをすればいいのに。なんでいつもいつも、晴れた空の下でぐうたらな王様がおきているのか。
重い扉を足で押し開け、その隙からするりと入り込んだ有は銜えていた飴の棒をポケットから出した包み紙で適当に包んでからポケットに押し込んだ。その間に一際高い嬌声が弾けて、一拍。
聞きなれた、笑みを含んだ王様の声が青い空に響く。
「――――どうしたの、りぃちゃん」
給水等の影から、着崩した制服姿の王様がゆるい笑顔で顔を出す。ふらりと、あっという間に有に近づき体を抱き上げた。有は無表情で抱き上げられるまま、鼻を動かした。王様の香水の匂いと、甘ったるい香水の匂いと、変なにおいがした。高い高いで持ち上げられた有は、下でゆるやかに微笑む王様の整った顔立ちを眺めた。
150センチもない有を、189もある王様はいつも軽々と持ち上げる。だから有は王様の青い目が近くで見られるこの瞬間が好きだ。
黒い髪に、今日の空のような青い目をした王様は学校の誰よりも大きいからだと、テレビの中の人よりも綺麗な顔を持っている。有の顔を見て「ん?」と首を傾げた王様は、ふと何かに気付いたように先ほどの有よろしく鼻をそよがせ顔を有の口元に近づけ……眉を顰める。
「りぃちゃん、あまい匂いがする。なにたべたの」
「あめ」
左手の二つの飴を眼前に翳して見せれば、穏やかだった顔が厳しくなる。
「俺、今日のおやつまだりぃちゃんにあげてないよね?」
王様の厳しい顔に、有は変わらない表情で首肯した。
「ん」
「……誰からもらったの。駄目っていつも言ってるでしょ」
更に不機嫌そうに眉を上げた王様は無造作に口の中に指を突っ込んでこじ開ける。有は逆らわず口を開け指が力を抜いたのを見て……勢いよく閉じた。
「いった!」
悲鳴を上げて王様は唾液が伝った指を引き抜いた。白く綺麗に並んだ有の歯が噛み足りないといわんばかりにがちがち鳴る。有は二、三度歯を鳴らして手を振る王様に重々しく告げた。
「ゆうのあめ」
「あのねぇ。りぃちゃん、舐め終わっちゃった飴は横取りできないの」
「ゆうのあめはみおちゃん先生に貰ったの」
「ん?」
王様の台詞を聞き流して告げた有に自身も大して気分を害した様子もなく、王様はゆるい表情で首を傾げた。ゆうも真似て首を傾げる。王様は少々目を眇め、有の額に額を重ねて甘ったるい声で続ける。
「みおちゃん先生? 誰が、りぃちゃんに何って?」
「ゆうのおつかい。みおちゃん先生がくれた」
胸を張ってみる有にしかし、王様は不可解そうな顔をした。
体格差・保護者と被保護者・常識をステップで踏み外すカップルが好き。
それゆえにストーリー性が後回しになった不親切設計なお話でした。
そんな気持ち悪いほどの自分の嗜好を思う存分に書き散らして、気がつけば収拾つかなくなってしまいました。タイトルはひたすら所有格をどっちにつけるか迷った末に曖昧なグレーに落ち着いた、というどうでもいい裏話もあります。
暴走したため二進も三進も進まなくなりました。精進します。