表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

恋瓶の魔女

作者: ふにゃこ
掲載日:2026/03/11


「あなたの恋、少しください」

彼女がゆっくりとした足取りで泣いている女性に近づく


「あなたが明日、少しだけ前を向けるように」

感情の乏しい彼女が唯一優しく笑いかける時だ。


この瞬間が僕が一番好きな時であり、また緊張する場面でもある。


僕は昔から、「落ちた恋」が見えた。


といっても見えるだけだ。触ることも拾うこともできない。


道端に落ちている恋が、馬車に轢かれ、恋が見えない人々によって蹴り飛ばされる。


そうして淡く光を放っていた恋が土などで薄汚れていくのを僕は、ただ見ているだけだった。


ある日、親友の男友達が失恋した。


好きな子に告白して振られてしまったのだ。


彼は丘の上にいた。


「なんでこんな時にも夜空は綺麗なんだろうな」


彼は言った。


その足元に「落ちている恋」が土で薄汚れているとも知らずに。


僕は、それが汚れていくのを見てることしかできない。


誰も悪くない、だからこそやるせなかった。


そんな時、彼女の存在を知った。


彼女は数少ない「恋を拾う仕事」をしている「魔女」だった。


「魔女」は落ちた恋を集める役割を持っていて、生まれた時から「落ちた恋」が見えるそうだ。


「落ちた恋」を瓶に詰める。この作業をすると人は少しだけ背負っていたものを預けることができるらしい。


何で「魔女」は拾うことができて、僕にはできないのか。


僕は誰も救えないことに苛立ちと悔しさでいっぱいだった。


そしてほんのちょっと羨ましさもあった。


様々な感情を抱えながら彼女を見ていた。そんな時


「大丈夫?」


魔女が、彼女が無表情でこちらに来て、僕に問いかけてきた。


無表情なのに何故か安心する。


まるで僕の辛さを瓶に詰めたみたいな感じだった。


安心すると同時に涙が出てくる。


彼女が焦っているが関係ない。どうしても安心してしまったのだ。


ひとしきり泣いた後、僕は自分の生まれ持った能力についてと、誰も救えないやるせなさを彼女にぽつぽつと語った。


彼女はあいもかわらず無表情で、それでいて真剣に聞いてくれた。


僕が彼女に語り終えた後、彼女が立ち上がった。


もうお別れか。そう思いながら僕も立ち上がると、不意に彼女が振り向いて、言った。


「一緒にくる?」


「え」


僕は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


「集めた恋を守る人を探してたの」


「君ならピッタリ」


認められた。誰かのためになれるとそう言ってもらえた。


だから僕は彼女についていくことにした。


 一体幾つの街を旅したのだろう。


彼女は「落ちた恋」にも敏感だが、「落ちそうな恋」にも敏感だった。


一度彼女に「恋をしたことはあるのか」と聞いたことがある。


あれは夜の森で焚き火をしていた時の話だった。


彼女は普段無表情な顔を僅かにこわばらせ、そして小さく「ある」とだけ答えた。


その話はそれで終わったかのように思えた。


互いに長い沈黙の後、彼女が「私は、許されないことをしてしまった」と呟いた。


許されないこと?それは一体なんだろうか。


僕は興味本意で聞いてしまった。


「許されないことって?」と。身を彼女の方に乗り出しながら。


彼女は答えた。


「恋を無かったことにした」と。


『恋を無かったことにする』ということ。これは恋を詰めた瓶を割ることを意味する。本来恋を預かる魔女がしてはいけないことだ。


僕が何か言うよりも早く、彼女が珍しく堰を切ったように話し始めた。


 喋ってしまった。誰にも言うつもりもなかったのに。彼に聞かれた時つい正直に「恋を無かったことにした」と答えてしまった。


私は生まれつき魔女だ。元来魔女は他の魔女を探し、世話をしてもらいながら魔女としての考え方や約束、行動などについて教わるのだ。


私が先生と会ったのはそう言う理由だ。


先生は見た目は20代くらいだったが実年齢は知らない。教えてくれなかったからだ。


先生は温和な性格で、何より顔立ちが整っていた。


年頃の女の子だった私は憧れの感情が先行していたとは思うが、次第に先生に惹かれていった。


そんな先生が新たな弟子を取ることになった。


私と同い年くらいの。まあ魔女は長生きだから見た目は同じくらいでも30歳くらい離れていたりするのだけれども。


そんな彼女は私よりも魔女としての生き方を覚えるのが遅かった。だからだとは思う。先生は私に構う時間をだんだんと彼女に当てていった。


そんな私の心に浮かんだのは何か。そう、醜い嫉妬だ。「彼女さえいなければ」何度思ったことだろう。もういっそこの感情ごと消すことができたらいいのに。


その時ふと思いついた。自分の感情を「瓶」に詰めて仕舞えばいいのだと。


そうだ。瓶に詰めよう。そう思い、部屋に向かった時先生が部屋の前に立っていた。


「危険なことはしちゃいけないよ」


優しいけどどこか見透かした目でそう言った。


先生の言葉で私は衝動を抑えた。


しかし日常が変わるわけではない。いつまでこの醜い感情を持っていなければいけないのだろうか。


そう考えていた時、村で流行病が広がった。


皆熱を出し、そして力尽きていった。


先生はそれでも落ちた恋を拾いに街に行っていたから、結局流行病にかかって、そして死んだ。


あっけなかった。魔女の命もただ長いだけで他の人間たちと変わりはないのだと知った。


彼女は先生がいなくなると別の魔女の元へと出かけていった。


私は1人先生と暮らしていた家で、先生の墓の前で「ごめんなさい」と言いながら自分の感情をほとんど「瓶に詰めた」


そしてそれを叩き割った。月のない暗い夜のことだった。


それ以来私は嫉妬や羨望といった「醜い」感情を持たなくなった。



 彼女はいつものように淡々と喋っているつもりだったのだろう。


だが、彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。


「まだ好きなの?」僕は尋ねた。


彼女は俯きがちな目をこちらに向けて、そして首を振った。


「だってもうあの恋は『なくなってしまった』もの」彼女はボソリと言った。


「だったら」また僕が尋ねた。少し声が変になってしまったかもしれない。


でも気にしない


「他の誰かに恋をすることはあるの?」


彼女は考えたこともなかったというような顔をして、こちらを見て、そして言った。


「相手がいれば、たぶん・・・ある、かも?」


「そっか」声に喜びが滲んでしまったかもしれない。


ああ、そうか。ふと気づく。


僕は彼女のことが好きなんだ。きっとあの日から。


 ある街にやってきた。トリスティアの街。通称「悲しみの街」。


ここには大量の恋が落ちているはず・・・だった。


一個もない。恋が。一個も落ちていない。


異常だ。「悲しみの街」で恋が落ちていないことがあるはずないのに。


彼女もこの状況に心なしか目を見開いている。


そして顎に手を当てた。


「もしかして・・・」


パリン。どこかで何かが割れるような音がした。ガラスのようなーーーー


そこまで考えて恋が割られているのでは、そのような考えに至った。


彼女も同じ考えだったようで、2人して早歩きで音のした方へと向かった。


そこでは、白い服を着たまるで聖女のような人がただ無心で瓶を割っていた。


ふつうの落ちた恋は青い光を放っているが、それだけではない。桃色、黄色など明るい恋もふくまれていた。


 聖女である私、アリアは本来恋をしてはならない存在だ。小さい頃からそう教わってきたし、力の暴走があるかもしれないからという理由を聞かされると理解するしかなかった。


それでもアリアは年頃の女の子だ。


やっぱり道端を歩いているカップルには目がいくし、かっこいい男の子を見れば恋をしたいと思ってしまう。


そんなアリアの思いを同僚には伝えることができず、教会の若い庭師に話していた。


庭師は端正な顔立ちとまではいかなくてもなかなか整った顔立ちをしており、周りが女子だらけのアリアにとっては魅力的に見えた。


また、優しく否定することなくアリアの話を聞いてくれる彼の態度もアリアの心を動かした。


そう、アリアは彼に恋をしてしまったのだ。


アリアが彼を避けようとするのを見て、彼は自身の思いを口にしてしまった。


「君が好きだ」と。


アリアは、その言葉を聞き、本来言ってはいけないと分かりながらも「私も好きだ」と答えてしまった。


恋仲となった彼らの日常は大きく変わることはなかった。


アリアは任務をこなし、人々を癒していた。


彼も仕事を一生懸命していた。


アリアの仕事は人を癒すことだ。人を大切に思うことでその力は発生する。


ある日、モンスターが大量に発生する事件が起きた。


アリアはその時前線にいた。目の前にはひどい怪我をした1人の兵士が寝かされていた。


アリアはいつものように祈った。そしてその力は兵士に向かう・・・かと思われたが何故か教会の方へ飛んで行った。


庭師の彼を大切に思うあまり、彼へ加護を飛ばしてしまったのだ。


この失態はすぐに教会内部に伝わった。


アリアが追っ手から逃げて庭へ向かうと、彼が血を流して倒れていた。


彼は消されたのだ。アリアのせいで。


アリアはひどく絶望した。そこに追っ手の聖女がやってきて彼女の恋を瓶に詰めた。


アリアはその瓶を奪い取って、そして粉々になるまで木に打ちつけた。


恋は人を不幸にする。


幸せを与えるべき聖女は恋を抱いた人から恋をなくさなければならない。


それ以来アリアは「恋を割る」ようになった。


恋は人を狂わせる。


選択を誤らせる。


だからーー


 だから彼女は、割る。


無心で。


祈るように。


誰かを思いながら。


パリン。


また一本、光が砕け散る


「やめろ!」


僕の声が、石畳に響いた。

アリアが振り向く。

感情のない、澄みきった目。

「あなたたちは、恋を拾う側?」

静かな声だった。

魔女が一歩前に出る。

「……それは、人から預かったものよ」

「預かる?」

アリアは小さく首を傾げる。

「預けるという行為自体が、逃げよ。恋は抱えれば人を壊す。ならば最初から、なくせばいい」

また一本、持ち上げられる。

その瓶の中には、淡い青色の光が揺れていた。

さっき泣いていた女性の恋だ。

魔女の指が、わずかに震える。

「それは――」

パリン。

割れた。

光は空気に溶け、消えた。

遠くで、女性が涙を止める。

「……あれ? 私、なんで泣いてたんだっけ」

胸が、えぐられる。

僕は初めて、アリアの前に立った。

「僕らが決めるべきじゃない」

アリアが静かに僕を見る。

「恋は、その人の誰かへの思いはその人自身の選択によって決められるべきだ。僕らだって、いらない恋だって否定されたくないよね。だから」

魔女が、息を呑む。

僕は、魔女の持っている瓶を受け取った。

アリアの目が、わずかに揺れる。

「あなたは、守る側でしょう」

「違う」

僕は首を振る。

「僕も、ずっと逃げてた」

見えるだけで、何もできなかった。

拾えない自分を、

魔女の隣に立つことで誤魔化していた。

でも違う。

守ることも、

消すことも、

どちらも“選ぶ自由”を奪っていた。

「だから」

僕は瓶の蓋を回す。

カチ、と小さな音。

魔女が、僕を見る。

止めない。

ただ、まっすぐ。

「返そう」

蓋が外れる。

光が、空へ昇る。

消えない。

消さない。

ただ、持ち主のもとへ。

一本。

また一本。

アリアは立ち尽くしている。

割らない。

見ている。

空が、少しずつ明るくなる。

光が街へ降りていく。

どこかで誰かが、胸を押さえる。

忘れたはずの痛みが戻る。

でもその隣で、微かに笑う。

苦しくても、

それは自分の選択だ。

最後の一本を開けたとき、

朝日が昇った。

瓶は空になる。

静寂。

アリアが、ぽつりと言う。

「……それでも、誰かは傷つくわ」

「うん」

「あなたのせいで」

「うん」

それでも、と僕は頷く。

「きっと僕らが決めるよりいい世界だよね」

僕は困ったように笑いながら振り返った。

アリアは目を閉じる。

彼女の中で、何かが崩れる音がした。

割る音じゃない。

ほどける音だ。

「私は……」

小さく息を吐く。

「恋を恐れていただけかもしれない」

朝日が彼女の横顔を照らす。

魔女が、静かに僕に告げる。

「あなたは、もう私の隣にはいられない」

責めない。

ただ事実。

恋を閉じ込めない世界では、

瓶を持つ魔女はいらない。

そうわかってても隣にいたいと叫ぶ自分がいる。彼女を愛してしまったから。

でも

僕は笑う。

「うん。今までありがとう」

別れの言葉だ。愛を伝えることよりも彼女を見送ることを「選んだ」

魔女の赤い瞳が、初めて柔らかくなる。

「……ありがとう」

それが別れの言葉だった。

彼女は振り向かない。

僕も追わない。

追わないことが、

僕の選択だから。

その瞬間。

世界から色が消えた。

恋が見えない。

落ちる瞬間も、

揺れる光も、

何も。

能力が消えたのだと、すぐにわかった。

でも、不思議と怖くない。

遠くで、笑う声。

若い男女が、ぎこちなく言葉を交わしている。

何も見えない。

でも、わかる。

きっと今、落ちた。

僕は歩き出す。

隣には、誰もいない。

それでも。

前を向いて。

恋が見えなくても、

恋を信じて。

空は、こんなにも明るい。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ