『無能とされた結界師、辞めた瞬間に国が滅びかける。~今さら戻れと言われても、隣国の聖女様と幸せなのでもう遅い~』
「――カイル。お前はクビだ。今すぐこのパーティから出ていけ」
王都にある高級宿舎の広間。勇者ゼクスの突き放すような声が響いた。彼の手元にある聖剣が、窓から差し込む夕日に照らされて無駄にキラキラと輝いている。
「クビ、ですか。……急ですね」
「急なものか。ずっと考えていたことだ」
ゼクスは嘲るように鼻で笑い、傍らに座る魔法使いの女と視線を交わした。
「お前の『結界』は地味なんだよ。目に見えない、音もしない。魔物と戦っている時も、お前はただ後ろで突っ立っているだけじゃないか。僕たちが派手な奥義で敵をなぎ倒している間、お前は何をしていた? 応援か?」
「……僕の結界がなければ、今の君の腕は魔生物の毒で腐り落ちているはずですが」
「はっ! そんなの僕の聖騎士としての防御力があればかすり傷だ。お前の地味な魔法のおかげだなんて、うぬぼれるのも大概にしろ」
カイルは静かに溜息をついた。この男は分かっていない。カイルが張っているのは、パーティの防護だけではない。この国の王都全体を覆う『古代の防壁』――その維持のために、カイルは24時間、全魔力の九割を割いてシステムを制御し続けていたのだ。
彼がこの国に滞在しているからこそ、数百年前に失われたはずの防衛機構が、あたかも「自動で」動いているかのように装えていたに過ぎない。
「分かりました。僕の力が不要だというなら、これ以上無理強いはしません。……ただ、僕が去れば、今まで維持していた術式はすべて消えます。いいんですね?」
「ああ、せいせいするよ! さっさと消えろ、この無能が!」
ゼクスはカイルの足元に、数枚の銅貨を投げ捨てた。手切金のつもりらしい。カイルは一言も発さず、その銅貨を拾うことすらせずに背を向けた。
そして、宿舎の重い扉に手をかけた瞬間。
「……解除」
カイルが指先を小さく鳴らす。その瞬間、王都の空を薄く覆っていた、誰にも知られることのなかった「透明な膜」が、音を立ててパリンと割れた。同時に、カイルの体を縛っていた重圧が消える。全魔力の九割が、一気に自分の中へと還ってきた。体の奥底から溢れ出す、かつてないほどの魔力の奔流。
「ふぅ……。さて、これからは自分のために魔法を使おうかな」
背後で、勇者たちが「なんだ? 今、外で変な音がしなかったか?」と首を傾げる声が聞こえたが、カイルは振り返らなかった。門を出て街道を歩き始めてから、わずか一分。
王都の中央にある巨大な監視塔から、今まで一度も鳴ったことのない『赤色の警笛』が、街中に響き渡った。
王都から響く警笛を背に、カイルは街道を歩いていた。
空を仰げば、結界という「蓋」を失った王都へ、周囲の山々に潜んでいた翼を持つ魔物たちが、黒い雲のように押し寄せているのが見える。
「……あんなに警告したのに」
自業自得だ。そう自分に言い聞かせた時、前方から純白の騎馬隊が近づいてきた。中央に並ぶのは、白金の装飾が施された豪奢な馬車。それは隣国・クライン聖王国の紋章を掲げていた。
馬車がカイルの傍で止まり、中から透き通るような銀髪の美少女が姿を現す。
「……失礼ですが、先ほどこの国を数百年守っていた『神域の術式』を解除されたのは、貴方ですね?」
彼女の瞳には驚愕と、それ以上の期待が宿っていた。彼女こそ、隣国の至宝と謳われる聖女セシリアだった。
「どうしてそれを?」
「私はこれでも、魔力の流れを見る目には自信があるのです。貴方が歩くたびに、この大地の魔力が貴方に跪いている。……これほどの逸材を無碍にする国があるなど信じられません」
セシリアはカイルの手をそっと取り、真剣な眼差しで見つめた。
「カイル様。どうか、我が国へ来ていただけませんか? 貴方を『盾』ではなく、一人の魔導師として、そして私の大切なパートナーとしてお迎えしたいのです」
カイルは一瞬驚いたが、彼女の澄んだ瞳の中に嘘がないことを悟り、微笑んでその手を取った。
***
一方、王都は地獄と化していた。今まで結界によって「無力化」されていた魔物の咆哮が、街中に響き渡る。
「おい、どうなってるんだ! なんで魔物が街の中に入ってこれる!?」
勇者ゼクスは聖剣を振り回すが、いつもなら自分を守ってくれるはずの「見えない盾」がどこにもない。 いつもなら「かすり傷」で済んでいた魔物の爪が、ゼクスの肩を深く切り裂いた。
「ぎ、ぎゃああああっ! 痛い、痛いぞ! 魔法使い、早く回復しろ!」
「無理よ! 防御魔法を張り続けなきゃ一瞬で殺されるわ! カイル、あいつどうやってこんな数の攻撃を一人で防いでいたのよ……!?」
王宮からは国王が血相を変えて駆け出してきた。
「勇者よ、カイルを連れ戻せ! あの少年が維持していたのは古の国家防衛システムだったのだ! 彼がいなければ、この国は今日中に地図から消えるぞ!」
「そんな……あんな地味な奴一人のせいで、僕が……この僕が……!」
逃げ惑う民衆、燃える王都。ゼクスは血まみれになりながら、カイルが去った街道を必死に見つめたが、そこにはもう、少年の影すら残っていなかった。
***
数日後。
隣国の王宮テラスで、カイルはセシリアが淹れた紅茶を楽しんでいた。目の前には、かつての王都から届いた「降伏」と「救済要請」の書状が置かれている。
「カイル様、どうされますか? あの勇者様たちは、貴方の足元に跪いて謝罪する準備があるそうですが」
カイルは窓の外に広がる、今度は自分が守るべき穏やかな街並みを眺めた。そして、書状を一度も開くことなく、ティーカップを置く。
「……断ってよ。もう、僕の結界は、僕を信じてくれる人のためにしか使わないって決めたんだ」
遠くで滅びゆく故郷の悲鳴など、もうカイルの耳には届かない。
彼はただ、隣で微笑む聖女と共に、新しく始まる自由な日々に胸を躍らせるのだった。
(完)
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
地味だと蔑まれていたカイルが、自分を正当に評価してくれる聖女様と出会い、幸せを掴む……という王道の「ざまぁ」短編をお届けしました。
自分たちで追い出しておきながら、いざ窮地に陥ると「戻ってきてくれ」と縋り付く勇者たち。でも、カイルの隣にはもう、彼を離さない最高に可愛い聖女様がいます。失ったものの大きさに、勇者ゼクスたちは一生後悔し続けてほしいものですね(笑)(イチャイチャかけなくて悔しいですが)
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それでは、また別の物語でお会いしましょう!




