9.陰謀渦巻く王宮
ギヨームからの質問の後、カンナは頷き、簡潔に先ほどの事のあらましを話し始めた。
訓練のあと侍女に呼ばれて食事室へ移動したこと、フィオナが警備確認で離れたこと、扉が閉まり、刺客が入り、外の警護も倒されていたこと、侍女が内通の疑いで拘束したこと、評議の間へ向かう予定は取りやめ、別経路で移動したこと。
新は黙って聞いていた。
斬られた感触と、フィオナの剣が走った光景がまだ残っている。だが、ここで口を挟む場面ではない。
話を聞き終え、ギヨームは短く言った。
「内部から通した。あるいは見逃した。……どちらにせよ、外からの刺客だけで起きる動きではございませんな」
カンナが頷く。
「私もそう思っています」
「やり口が整いすぎております。刺客の数、扉の鍵、外の警護の排除。殿下を隔離する段取り。……フィオナを遠ざける口実まで用意している」
ギヨームは声を落とす。
「この手口は、現評議会長セレーヌ・ド・ラ・ロシュ、あの男のやり口に似ておりますな」
評議会長。
そう聞いただけで、新の背中が少し硬くなる。枢機卿たちの中心、カンナが嫌がっていた相手の親玉ということだろう。
ギヨームは続けた。
「前の評議会長が、ネクサスの虐殺で命を落としてからですな。あの穴を埋める形で、今の者が頭角を現した。自分は表に立たず、そう動かざるを得ぬ状況だけを先に作って、人を動かす、そういう手合いでございます」
カンナは表情を動かさない。だが、指先の震えが消えていない。
フィオナが一歩前に出る。
「先ほどカンナ殿下がお話しされたように今回の騒動を引き起こした侍女は拘束済みです。今夜のうちに取り調べを行い。……必ず、指示した人間を吐かせましょう」
「急げるだけ急ぐがよい。口封じされる前にな」
「承知しました」
フィオナが頷きつつ、また一歩下がった。
ギヨームは、話を続けた。
「殿下の周りを、いったん絞ります」
カンナが視線を上げる。
「……絞る、とは」
「評議会長の息がかかっている者を、殿下の近くに置かぬということでございます。近づける理由を作らせない。護衛の配置も、出入りの記録も、こちらで握りましょう」
カンナは、確認するように言った。
「私に……近づけないようにする、ということですね」
「左様でございます」
ギヨームは一拍置いてから、話題を切り替えた。
「……もう一つ。殿下の叔母君、ダリア殿の動きも気になる」
カンナの返事は短い。
「……ええ」
新は内心で引っかかった。
(叔母……?)
この城の身内のことは、まだ何も知らない。名前を出されても、顔も立場も浮かばない。
「ダリア殿は、セレーヌに焚きつけられる可能性がありましょう。『殿下を出せ』とな。しかも、それを王の言葉として持ち出してくる形が一番まずい」
王の発言、それを使われたら、正面から否定しづらい。そこまでは分かる。
だが、叔母が殿下を出せと言う理由が分からない。
ギヨームは淡々と続ける。
「ここで押し返せば、殿下が『王命に逆らった』形になる。……ゆえに、今は受けませぬ。受ける理由を作らせない。先に根回しをいたします」
カンナが小さく息を吐く。
「叔母は……自分の子のために動きます」
(自分の子……?)
新の頭に疑問が増える。叔母に子がいる? その子がどうしてカンナを出せに繋がる?
言葉の意味が繋がらない。だが、ここで聞けば場を乱す。
ギヨームは、カンナの言葉を受けて頷く。
「子可愛さ、というやつでございますな。追い詰められれば、自分の家を守る選択をする。そういうものです」
(家を守るために、カンナさんを差し出す?)
新はますます分からなくなる。
だが、二人はそれを分かっている前提で話している。
ギヨームはそこで先へ進めた。
「一か月後に評議会がある。その場で王命を盾にした要求が出てきても、こちらが筋を通して説明できるようにしておく。殿下が旅に出る件も、同じ場で通しましょう」
カンナは息を吸い、ゆっくり吐いた。
「……お願いします、ギヨーム」
「承知いたしました。こちらで手を回しましょう」
ギヨームは言い切ってから、少しだけ言い方を変えた。
「そして、殿下も分かっておられるはずだが、ユリウス王は、もう王としての意思を持てない。人としての判断が残っていない。傀儡になっておいでだ」
新は息を呑みそうになって、飲み込んだ。
王女の父親の話だ。反応していい話ではない。
カンナは視線を伏せない。
「……分かっています」
沈黙が落ちる。
ギヨームはそのまま前へ進めた。
「殿下、確認したい。旅へ出る覚悟を変えるつもりはありませんな?」
カンナは迷いなく答える。
「変えません」
「姉が成したことを、私も成します。聖樹を守りたい。世界を救いたい。……それが、私の役目です」
ギヨームはすぐに頷かない。視線だけで殿下を確かめ、低く言う。
「シオンと同じ道を行く、と。そういう覚悟ですな」
シオン。
(カンナさん、姉がいるのか)
新はそこで止めた。今は聞く場面じゃない。黙って、カンナの横顔を見る。
カンナは目を逸らさずに頷く。
ギヨームは短く言った。
「……そのお言葉、このギヨームがしかと受け取りました」
「一か月後の評議会で、殿下が『旅に出る』と告げられるよう、私が根回しをする。反対派を黙らせる形を作る。聖樹ユグドラインに誓いましょう」
カンナは小さく頷いた。
ギヨームは続ける。
「しばらくは、相手も警戒して動かぬでしょうな。今日の失敗で、こちらが警戒を上げたのは明白でございます。護衛を固めれば、正面からは来にくい。その間に情報を探りましょう。誰が動き、誰が手を回したか。人の流れを洗いましょう」
カンナは頷いた。
「私は、しばらく目立たずに動きます」
「それがよいかと」
ギヨームはそこで初めて、新に視線を向けた。
「アラタ殿」
呼ばれて、新は反射で背筋を正す。
「殿下に付き従うと決めていると聞いた。改めて聞く。覚悟はあるか」
新は言葉に詰まり、正直に答えた。
「……覚悟、って言われると。まだ、できてません」
カンナが黙って聞いている。だから、新は続けた。
「でも……助けたいとは思ってます。カンナさんを。今日みたいなことを、もう二度と起こしたくない」
ギヨームは頷いた。
「今はそれで十分だ」
それから、ギヨームは段取りを決める。
「表向きの扱いも決める。殿下の側に不審な男がいると言われれば、そこから攻められる。……アラタ殿は、フィオナの知人だ。訪ねてきた剣客として通す。王宮内の者にも、そう言おう」
フィオナが短く頷く。
「承知しました」
ギヨームはカンナへ戻る。
「殿下。お部屋へお戻りいただく。いつもより多めに警護を付ける。フィオナと、私の信頼できる者を張り付かせましょう」
カンナが頷く。
「分かりました」
「侵入できる経路がないか、部屋まわりも徹底的に確認させる。窓、換気、隣室の繋がり、廊下の死角。見落としを残さない。出入りは絞る。私が管理しましょう」
「はい」
カンナは短く答えた。
ギヨームが扉の方へ視線を向けると、外の気配がすぐ動いた。
護衛の足音が増える。指示が回っている。
フィオナが新へ目線を向ける。
「アラタ。あなたは客室へ戻ってください。護衛が付きます」
「……分かりました」
新が動き出しかけたところで、フィオナが呼び止めた。言い方は淡々としているが、内容ははっきりしている。
「もう一つ。殿下についていくなら、剣の訓練が必要です」
新は足を止める。
「訓練……」
「はい。今日みたいな状況では、盾になるだけでは足りません。最低限、身の守り方と間合いの取り方は覚えてください」
新が返事を探している間に、フィオナは続けた。
「明日から修練場へ。私の部下に稽古をつけさせます。名はシルヴァン」
新が目を上げる。
「フィオナさんが……教えてくれるのかと」
フィオナは一拍置いて、言い切った。
「明日教えますと伝えていましたが彼、今の状況で、私は殿下のそばを離れられません。今夜からしばらくは特に」
その言い方に、反論の余地がない。新は短く頷いた。
「……分かりました。お願いします」
「では明日。迎えを寄越します。今日は休んでください」
フィオナはそれだけ言って、新を促すように視線を扉へ向けた。
新が部屋を出る。
廊下にはすでに護衛がついていた。新だけにつく護衛だ。
その護衛は何度かフィオナからの命令を受けている姿を見ていた人物だった。
樹人族であろう銀髪で短髪の男は、鎧姿なのに妙に軽い表情をしていた。
目が合うと、目元だけが先に笑って、口の端がすっと上がる。
「アラタ様、ですよね。俺はシルヴァン。フィオナ様の部下です。今夜は俺がつきます。……で、明日から稽古も俺担当っす」
硬い敬礼ではない。だが、立ち方と視線の配り方は隙がない。軽い口調なのに、仕事は抜いていないのが分かる。
「……よろしくお願いします」
「任せてください。迷子にさせたらフィオナさんに殺されますし」
冗談めかして言いながら、シルヴァンは歩き出す前に通路の端と角を一度確認した。先に危ない場所がないかを見る、護衛の動きだ。
「こっちです。なるべく人の少ない方を通ります」
新は頷き、半歩遅れてついていく。
客室の前まで来ると、シルヴァンは扉の周りを一度見回し、取っ手と蝶番のあたりを軽く確かめた。異常がないと判断すると、短く言う。
「……寝る前に、戸締まりをもう一度だけ確認してくださいね」
新は頷いて部屋へ入る。扉を閉め、内側から鍵をかけた。
その直後、廊下でシルヴァンが誰かに小さく合図を送る気配がした。送り届けた報告だろう。
足音はすぐには遠ざからない。扉の外に、立つ気配が残る。
新はベッドの端に腰を下ろし、息を吐いた。
(評議会長……叔母……子……)
分からないことが多すぎる。だが今は、聞けない、聞ける立場でもない。
握った手をほどき、包帯の感触を確かめる。
明日また修練場へ行く。シルヴァンが言った通りなら、朝も迎えに来る。
それだけを頭に置いて、新は目を閉じた。




