プロローグ
はじめて、異世界物にチャレンジします。
よろしくお願いします。
人族が治めるシーグラス帝国の城塞は、高台に築かれている。
城壁の上に立てば、遠く水平線まで、海が見渡せた。
眼下に広がるのは、星殻の浜。
白い砂浜のあちこちに、夜ごと淡く緑に光る粒子が散り、月明かりを受けると、まるで地上に星が零れ落ちたかのように見える。
砕けた硝子のようにも見えるその光を、人は海硝子と呼んだ。
この浜の名が、そのまま国の名になった。
シーグラス、星の殻が眠る地。
世界にとっては、ただの海岸だ。
だが、この国に生きる者にとっては、遥か昔から変わらぬ、この国の内と外を隔てる景色だった。
「……静かだね」
城壁にもたれ、レオンが言った。
鎧は着たままだが、口調は砕けている。
軽口の形をしていても、目だけは笑っていない。
「静かすぎる」
ネクサスは短く返した。
その視線は浜ではなく、雲のたなびく水平線の向こうに向けられている。
「世界維持会談、か」
レオンは鼻で笑った。
「今日で何かが変わるって顔じゃないよね、あいつら。みんな守ってるつもりで集まってる」
「変わる」
即答だった。
レオンは、それ以上冗談を重ねなかった。
しばらく沈黙が落ちる。
潮騒だけが、遥か下から微かに届いてくる。
「……シオンがいたら、止めてただろうね」
ぽつりと、レオンが言った。
ネクサスは答えない。
ただ、城壁の縁に置いた手に、わずかに力が入る。
その指先がいったん躊躇うように止まり、次の瞬間、何事もなかったかのように離れた。
やがて、城内から鐘の音が鳴り響いた。
低く、重い音。
世界維持会談の開始を告げる合図だ。
「行くぞ」
「……ああ、分かってる」
二人は並び、城内へと歩き出した。
⸻
円形の広間には、すでに各種族の代表が集っていた。
獣人族。
樹人族。
竜人族。
巨人族。
床には、聖樹を象った古い紋様が刻まれている。
この世界が、何を中心に保たれてきたのかを示す印だ。
各国の王や長の家族は、この場にはいない。
別区画で、丁重にそして厳重に待機させられている。
「これより、世界維持会談を…」
司会役の声が広間に響いた、その瞬間。
床の紋様が、かすかに脈動した。
空気が、裂ける。
見えない刃が走ったように。
最初に倒れたのは、代表の一人だった。
喉元から血が噴き出し、言葉を発することなく崩れ落ちる。
悲鳴。
怒号。
椅子が倒れる音。
巨人族の代表が椅子を蹴倒し、吼えながら立ち上がった。
その声は、刃が届く前に途切れた。
混乱は、一瞬だった。
ネクサスは、静かに立ち上がっていた。
「…..始めろ」
その一言で、広間は地獄と化す。
剣が振るわれ、魔法が炸裂し、命が刈り取られていく。
護衛も、代表も、例外はない。
獣人族の王は、最後まで剣を握っていた。
「ネクサス……なぜだ……!」
その言葉が、広間に残った最後の声だった。
⸻
やがて、広間に立つ者はいなくなった。
残ったのは、血と、倒れ伏した死体だけ。
「…これで、全部かな」
レオンが剣を納めながら言った。
「いや」
ネクサスは、床の紋様を見下ろしていた。
「ここからだ」
ほどなくして、兵が駆け戻ってくる。
「陛下。各国の客人、その家族は確保しました」
「殺すな」
即座に命じる。
「拘束し、監視下に置け。まだ使い道がある」
「はっ」
兵は踵を返した。
レオンはネクサスを見る。
「相変わらず、線引きが分かりづらいな」
「必要なことだけをする」
ネクサスはそう言った。
「世界は、守られてきた」
「だが、その守り方が間違っていた」
遠くで、雷鳴が響く。
城の外。
星殻の浜の上空に、黒い雲が集まり始めている。
世界は終わらない。
ただ、そのあり方が変わるだけだ。
この日、
世界維持という名の秩序は、
音もなく崩れ落ちた。




