プロローグ その2 『嘆きの谷』を越えるため
「この谷を、越えよう」
「その根拠は?」
ファーレンがすかさず問い返す。
先に答えを言い、そこに到った過程を後から説明するのがレオンの定番だ。それを心得ている相棒が口火を切った。
「魔境の最深部に行く。これはマリーの発案でバランも支持している。まだ目的までは話してもらっていないけれど」
「目的についてはごめんなさい。目的地に着けば自然に分かることだけれど、今ここで話せるような事じゃないし、その気もないわ」
マリーの言葉に、すみませんとバランは頷いて見せる。
「その事は、今は棚上げでいいだろう。それよりも、心配するべきは今の戦力で魔王軍の斥候部隊とぶつかって素早く片付けられるかという事だろう」
一度言葉を切り、パーティーの全員を見回す。
「俺達の力なら一戦して負けることは無い。そう確信している」
「問題は、やはり一人でも取り逃がして情報を持ち帰られる事か」
リッテルが、一番の核心を突いてくる。
「それともう一つ。斥候部隊を丸ごと一つ消し去っても、結局は部隊が戻らないことで俺達の接近は魔王軍に知られてしまう。そうなれば山狩の為の部隊が送られてきて結局は全滅させられるだろう」
「そいつは確かに厄介だ」
顎髭を扱きながらファーレンが肯定してみせる。
「だが、足場の悪い『嘆きの谷』の場合はどうだろう。魔王軍が斥候部隊を送っているとしても、移動は徒歩に限られるのではないかな」
レオンは一つの仮定を提示して見せる。
「その場合、斥候部隊は何日もかけて谷の中を移動することになる。例え何者かに消されたとしても、谷から戻る予定日までの何日間かは発覚しないのじゃないかな」
「万が一斥候部隊に発見されたとしても、殲滅してしまえば発覚前に谷を越えられるという計算なのね」
マリーは自分と同じ考えだと確認するように聞いてくる。
「それは実際に起こるなら、想定されるうちで最悪の事態だろうね」
「じゃあ、あなたが想定する『実際には起こらない最悪の事態』ってなんなのよ」
「『谷に入って早々に見つかって逃げ帰ってくる』だな。そうなったら、当分の間は警戒されて『嘆きの谷』を侵入ルートとして使えなくなる」
自分たちが全滅するなどつゆとも考えていないレオンの返答に、マリーは開いた口が塞がらなくなる。
「鉱物を求めて色んな場所を歩き回ってきたファーレンの地形を読む力。リッテルの優れた五感による索敵能力。バランによる魔法探知。これが噛み合えば、斥候部隊を避けることは可能だろうし、最短ルートを見つけ出して素早く『嘆きの谷』を突破できる。少なくとも僕はそう信じているよ」
自分たちの力を過信しない。それでも自分たちの能力を最大限信じて結論を導き出す。
今まで幾度となく挑んだ依頼を完遂に導いてきたのが、このレオンという冒険者の思考パターンなのだ。
「それじゃぁ、このまま進むってことでいいんだな」
面倒くさそうに、ナーガが確認を取ってくる。
「いんや、今日は少し戻って野営をする」
レオンはいたずら小僧のような笑みを浮かべながら首を横に振る。
「谷の中で煮炊きをすれば誰かに見つかってしまう。谷を抜けるまでは携行食だけしか食べられなくなるから、今日は温かい食事の喰い納めをする」
用意周到。それはまるでレオンの為にあるかのような言葉だった。




