承前。 その7 新しい旅の始まり
ファーレンは時々具の無いスープで水分と塩気を補う以外、丸一昼夜を深い眠りの中で過ごした。
だが、翌朝目覚めた直後には深皿に注がれたパン粥を三杯平らげるという健啖家ぶりを示した。ドワーフの回復力、恐るべしである。
「お前よ。わしに何か言うべき事が有るんじゃないのか?」
四杯目のパン粥を、深皿を突き出して要求したが、空になった鍋を見せられて諦めの深いため息を零してからそう聞いてきた。
口外に「全部お見通しだぞ」というニュアンスが有り有りと滲んでいる。
とりあえず、ファーレンから深皿と匙を回収してベッド脇に寄せていたテーブルに置き、代わりに陶器製の水差しから冷ました白湯を木製のコップに入れてゴツい手に握らせてやる。
「ザックさんとリーンは、あの後すぐにここから旅立たれました。行き先も聞いていませんし、伝言も有りません」
感情を交えず、事実だけを伝える。
本当のことは言っていないが、嘘もついていない。物事の表面だけを伝えた。
「そうかい。寂しくなるなぁ」
言葉とは裏腹に、平穏そうな口調だ。
『寂しくなるなぁ』
その言葉は、誰に対するものか。自身か、レオンに対してか。
それについては、レオンは追求するような野暮は犯さなかった。
「ところでザックさん。体調の方はどうですか」
心情を気遣う素振りは見せずに、まずは体の様子を確認する。
「悪くは無いな。飲み食いして五日も有れば普通に動けるようになるし、十日も有れば宿を引き払えるな」
人種なら引いてしまう様な内容だが、さすがはドワーフというべきなのか。痩けた頬こそまだ元には戻っていないが、塩を吹いていた肌にはツヤが戻りつつ有る。
「では、その後のことについてご相談が」
レオンは商人の様な口調で話を切り出す。
「これから旅を続けるにしても、ファーレンさんは今一人でいらっしゃる」
「おう。今までの護衛には逃げられちまったからな」
言葉遣いこそ悪いが、その口調には悪い感情が含まれていない。
「貴重な素材は手に入れたし、大きな仕事でそれなりに懐も膨らんでいるので、今は無理をして危険な事をする必要も無い状態でしょう」
「その『大きな仕事』を押し付けたの何処の何方だったかな?」
悪びれた様子もないレオンに、ゴツい指を突きつけながらファーレンは睨めつける。
「ここに一人、蓄えをほとんど失った上に相棒も居なくなった冒険者が居ます。少し頼りない人物ですが、旅の護衛と人足に雇うという選択肢はありませんかね」
全てを仕組んでみせたレオンは、いけしゃあしゃあと自分自身を推薦してみせた。
「おっ、おま・・・。そこまで計算していたのか」
文字道理、頭を抱えて呪詛のように言葉を漏らす。
「当分の間扱き使うなら、お買い得とは思いませんか?」
ニッコリと、会心の笑みを浮かべてレオンは重ねて自身を売り込んだ。
してやられたファーレンの、完全敗北である。
「本当に扱き使ってやるからな!それでもいいって言うのなら雇ってやらーな!!」
「賃金は相場の一割引。契約金も無しで、とりあえずの期間は半年。それから先は働きぶりを見ての応相談ということでどうですか?」
「分かった分かった。それで雇ってやる。だがその前に、次の昼飯はもう少しマシな物をもってこい。最低でも麦粥に、ベーコンか腸詰めの肉を付けてだな」
「女将に注文しておきますよ」
交渉を成立させたレオンは早々に愚痴を切り捨て、空の鍋と深皿を持って部屋から立ち去った。
そして宣言通り十日で回復してみせたファーレンは、宿を引き払って遍歴鍛冶師の旅を再開した。
それは供となったレオンにとっての、新しい旅の始まりでもあった。




