承前。 その6 別れの儀式
「いい酒を飲んでいるなー。オレも一杯だけ同じ酒をもらおうか」
ひょっこりと現れたザックが給仕を捕まえて注文を済ませると、どっかとリーンのテーブルの椅子に座り込む。
いや、ひょっこりとではない。レオンの話が終わったのを狙いすましてやって来たに違いない。
「あのガキ、理詰めで追い込んで来ただろう」
ザックの言うガキも、理詰めというのも全部リーンには丸分かりだ。
「アイツの話は筋が通っている。おおよそ正しい。それが分かっていても、心が追いついていないって面だな」
届いたばかりのジョッキを豪快に傾け、生のブドウ酒を半分近くを飲み干してしまった。
「オレもおんなじように理詰めで承知させられたからな、しばらくお前の面倒を見るってことを。しかもロハでだぞ」
「アイツらし」
沈んでいたリーンの気持ちが少しだけ浮上した。
「まあなんだ。オレの目から見てもお前達はチグハグしていたからな」
腕を組み、目を眇めてザックはリーンを睨めつける。
「お前の冒険者としての稼ぎと、アイツの遍歴商人としての稼ぎ。アイツの方が多いからってんで、実力に見合っていないと気まずい思いをこの所ずっと抱えていんだとよ」
ザックの言葉にリーンはハッと目を見張る。アイツは自分の気持に気が付いていたのに、アイツの悩みをこれっぽっちも分かっていなかったのは自分自身の方ではなかったのか。
「アイツはこうも言っていたな。『もし自分がここで離れたら、お前さんは早死する』ってな。大した仲間思いじゃないか」
言うべきことを伝えると、ザックはジョッキのブドウ酒を飲み干し、給仕を捕まえて「いつもの」と水増しされたブドウ酒を追加でする。
「こっからはオレの愚痴だ。黙って付き合え」
有無を言わせず、いつもの絡み酒の姿勢に切り替わった。
「ファーレンに支払う新しい剣の代金な。アレ、全部アイツが持つんだとよ」
「何で!?」
リーンは思わず立ち上がったが、ザックはまるで取り合わない。
「そんなもん、お前への餞別に決まっているだろうがよ」
本当に何も分かっていないガキだと言うように、手を振りながら安酒を飲み干していく。
「ここで別れたら、二度とは会えないかも知れねぇ『初めての旅の仲間』だぞ。その旅路に幸在れと、出来る限りの精一杯の贈り物だ。まさか、受け取らないと突っぱねる気じゃねぇだろうな?」
この程度の飲酒で酔っ払うとは思わないが、リーンにとって今のザックは肝が冷えるほどに怖い。
「しかも、今持っている蓄えのほとんどを吐き出すらしい。自分のことを二の次にするなんざぁ、オレだったらゴメンだね」
吐き捨てるように言い放つと、早々に三杯目の酒杯を注文を給仕に頼んだ。
「しかもだ。剣を受け取ったら早々に旅立ってくれくれとよ。頭にくるやら感心するやら。ほんっと、出来すぎたガキだよな。アイツはよっ!」
「どうして・・・」
「どうしても何も、これがアイツなりの『別れの形』ってやつなんだろうがよっ!!」
声を荒げるザックに無関心を装う酒場の連中が、今のリーンには恨めしい。
「喧嘩別れでもねぇ、納得づくの別れでもねぇ。生き方、考え方の違いから来る必然の別れだ。すれ違いを抱え込んだまま袂を分かつにはこれしかねぇと、一人の男が思い定めちまったんだ。回りの人間は、否が応でも受け入れるしかねぇーだろう」
散々ガキ呼ばわりしてきたレオンの事を、初めて「男」称したのだ。
その言葉の重みは、今のリーンには到底推し量ることが出来なかった。
「なに、大した事じゃねぇ。何年か先にお前さんが『英雄』と呼ばれるようになったら、風の噂であのクソガキの耳にもお前さんの名前が届くことになる。そうなるよう、精々頑張るこったな」
それで話を切り上げると、ザックはただただ酒杯を重ねていく。
なんとなくその場を離れ損なったリーンは、ゆっくりとだが注文し直したエールで最後までそれに付き合った。




