第3章 その5 ユーゴの森・5
進む程に濃くなってきた死臭の元が眼前に現れた。
僅かに変色した地面はぶち撒けられた血の跡であり、所々に転がる白い物は肉食動物に食い散らかされた死体の残りカスである。
無惨といえば無惨だが、これが討ち取られたゴブリンの末路である。
「向こう側に向かって痕跡が続いているな」
ファーレンが左手側に向かって視線を伸ばした。
「この辺りで戦端が開かれて、押し込んでいった形か」
レオンも、その見立てに同意して先に進む。
「左右に予備戦力を何人かずつ展開して本体が押し込む。ゴブリンの拠点まで到達できたら包囲網を狭めて一気に勝負を掛ける。わざと進行方向に退路を空けておけば下手な反撃をもらうことも無いし、逃げ出した奴らの背後から攻撃することも出来るか」
「半包囲による殲滅戦か。魔物の群れを倒すにはお手本のような作戦だ」
わざと倒さずに残したゴブリンを追い立てであろう痕跡を辿りながら二人がパーティーを先導し始めた。
少しばかり進んだ所で風向きが変わり、前方から嫌な匂いを運んできた。まごうことなき死臭である。
地面は言うに及ばず、草むらや立木に黒く変色した染みがこびり着いており、屍肉食動物によって食い散らかされたゴブリンの残骸がそこかしこに散らばっていた。
「ざっと見た所、数は十五程度か」
「ファーレンが言うなら間違いないか」
レオンは焼け落ちた掘っ立て小屋の残骸を調べながら答える。
が、どこか浮かない態度のままである。
「何もなさそうね」
少し離れた場所から、マリーがつまらなそうに呟いた。
「確かに無いな」
レオンもつまらなそうに返事を返した。
「お前たちは何か調べ物をする為にこの森に来たのではないのかっ!」
射殺すかのような視線をレオンに向けたリッテルが苛立ちに塗れた声で叫んだ。
「勘違いするな。在るはずのものが『無い』と言ってるんだ」
レオンは落ち着き払ってエルフの青年に正対する。
「掘っ立て小屋の規模から言うと、このゴブリンの拠点には十五程度は居たはずだ。だが、最初に見つけたモノも含めて倒されたのはおそらく十か十一。残りは何処かに逃げている」
「冒険者共が討ち漏らしただけだろう」
「ほとんど完全な半包囲だったのにか?」
リッテルの吐き捨てた言葉にやんわりとやり返す。
「それに、これだけの拠点ならゴブリンだって多少の生活道具を持ち込んでいるはずだが綺麗さっぱり持ち去られている。此処を討伐した冒険者連中は、エルフの村まで届けてきたか?」
「ぐっ」
図星だったのか、リッテルは答えられない。
「かてて加えて、ゴブリン共の武器は何処へいった?これも冒険者連中は回収なんかしていないよな」
「えーと。つまりどういう事なのよ」
今ひとつ理解が及ばないマリーが傍らのバランに尋ねてみた。
「要するに、状況がチグハグなのですよね」
肩を竦めたバランは視線をレオンに向けて、軽く頷き返されてから説明を引き継いだ。
「一つ、圧倒的有利な状況なのに冒険者達はなぜこの場でゴブリンを全滅させていないのか。おそらく冒険者側は十人に満たない数で此処を襲撃したのでしょうが、十五が二十でも殲滅は容易だったはずです」
その言葉にレオンは黙って頷き返した。
「二つ、この場を逃れたゴブリンは何処へ行ったのか。たとえこの場から一旦逃げることが出来たとしても、冒険者が追撃戦を仕掛けていれば討ち取ることは出来たでしょう。ですが、探してもそんな痕跡は出てこないでしょう」
「この辺りから先、冒険者が追撃戦を仕掛けた形跡は無いぞ」
バランの言葉を受け、ファーレンがいま来た森から先に視線を飛ばした。
「三つ、ゴブリン達の持ち物は何処へ消えたのか。冒険者が打ち壊したりしていないのなら、おそらくは武器も含めて後から舞い戻ったゴブリン達が回収していったのでしょう。増援を引き連れてね」
「生産性の無いゴブリンにとって、武器や生活道具は貴重だからな。壊すなり回収するだけでダメージを与えられるのに、なぜかそれを行った形跡がない」
バランの話を引き継ぎ、レオンが話をまとめに掛かった。
「少なくとも、今回此処を襲った冒険者達は中途半端な攻撃にとどめて逃げたゴブリン共を見逃している。それが此処だけの話なのか、もう何箇所か調べる必要が出てきたな」
リッテルを含めた四人を見回し、そう宣言した。




