第3章 その2 ユーゴの森・2
『ユーゴの森』に至る最後の農村で大休止を取ったレオン達一行は、それまでの日に夜を継ぐ強行軍から一転して探索を中心とした移動を開始した。
探索する対象はズバリ「痕跡」っだった。
モルドールのギルドマスターとの交渉で得たのは、一言で言ってしまえば『白紙委任状』の類である。
ゴブリンが跋扈するようになった『ユーゴの森』の一件にはきな臭い、不可解な事象が隠されているとレオンは感じ取った。
となれば、単純な増援として『ユーゴの森』に向かう事に意味はない。
そこでレオンはいくつかの要求をギルドマスターに突き付けた。
1つ目は、レオン達の『裏』の派遣目的を『調査』とすること。
2つ目は、依頼主であるエルフ族との『交渉権』を得ること。
3つ目は、ギルドマスターの黙認の上での『独断先行』の行使を認めること。
渋るギルドマスターを宥め賺し、あるいは有る種の脅しも交えて交渉し、全ての要求を勝ち取った。
レオン達は『表向き』単なる増援された冒険者として『ユーゴの森』に派遣される必要があった。
現地で何が起きているのか分からない以上調査は必要だが、何も馬鹿正直にその事を触れ回ることはない。むしろ、目的を隠す事で『悪意の有る者』の注意を回避する必要性すら想定しなければならないとレオンは判断していた。
エルフ族との『交渉権』は、問題解決の為には必須の条件だった。
何らかの重大な判断が必要な場合、モルドールと『ユーゴの森』との物理的な距離は迅速な決定の妨げになる。往復にかかる日数や意見の擦り合わせを考えれば、冒険者ギルドの副ギルドマスタークラスの人間が直接交渉に乗り出すべきだろうがその場合、こちらの動きが『悪意の有る者』に筒抜けになりかねない。
であれば、次善の策として正体を隠した第三者的立場の冒険者に権限を与え、事態によってはその場で依頼内容の変更も可能なように準備を整えておくべきだろう。
そして最後の件は、レオンはギルドマスター以外には一切伏せて話を詰めていた。
今回の一件でもし本当に『悪意の有る者』が存在した場合、果断に対処する必要がある。最悪の場合、冒険者同士あるいは冒険者の一部とエルフ族の間で流血の事態が発生しかねない。
万が一にそうなったとしても、生じる傷は最小限に留めるべく可能な限り情報は伏せておくべきだろう。
話をまとめたレオンは、可能な限りの迅速さで行動に移った。
万が一の情報漏れや密通を警戒し、『ユーゴの森』の直前までは移動の足を早めた。馬車を仕立てれば速さは確保出来るがそれでは耳目を集めてしまう。
目的地の一つ手前までは限界に近い歩調で距離を稼ぎ、不完全ながらも大休止で疲れを減らしてから『ユーゴの森』へと足を踏み入れた。
レオンが探していたのは、ゴブリンが討たれた『戦闘の痕跡』だった。
ゴブリンの遺体が放置されていても、短期間でより下級の魔物などに喰い付くされるので衛生面でさほど問題にはならない。
だが、ゴブリンの使った得物や装備の残骸はそう簡単に土には帰らない。また、日にちが浅ければ、戦闘時に生じた下草の乱れや樹木に残った刀傷などから戦闘の内容も読み取ることも可能だ。
また、単なる遭遇戦ではなくゴブリンが作った拠点を冒険者が破壊したのなら、破壊されたゴブリンの生活用品が散乱していてもおかしくはない。
探索には、ファーレンの地形を読む能力とバランの魔法探知を頼りであり、レオンとマリーは二人を守る護衛役となる。
最初の三日間は空振りに終わった。
探索は移動速度を鈍らせ、未だに森の浅い部分しか探れていない。『ユーゴの森』には西側から入ってほぼ真っすぐに東に進んでいた。
「明日からは北東方向に進路を取りたいが、どうだ」
日が落ちきる前、夕食後にファーレンから提案があった。
「ここまではおそらく森の外周に過ぎないのでしょ。もう少し奥まで進まないと痕跡は出てこないかも知れません」
バランからも同様の意見が出た。
「俺としては一度北へ大きく進み、そこから探索を再開したいが」
「その判断の根拠は?」
レオンの意見は二人とは若干の差異があった。
「現時点で『ユーゴの森』で討伐に当たっている冒険者に接触したくないのが一つ。もう一つは、森の植生から言ってもう少し北寄りの方がエルフ族のテリトリーとして適しているような気がする。三日間調べたけれども、おそらく今いる位置から南側まではゴブリンが進出していないと判断できそうだ。すこしリスクは大きくなるけれども、北側へ移動してみるべきだと思うんだ」
「つまり、三日間は慎重に行動していたという訳なの?」
マリーはレオンの安全第一主義に多少呆れたようだ。
「この三日間で、全員森での行動に慣れたはずだ。なので、少し大きく動いてみようという判断なのだけれども。みんなはどうしたい」
「北だな」
「そういう事なら、大きく北進するのがいいでしょう」
ファーレンとバランは即座に賛成した。
「こういう性格を『雲を見て軒先を探す』って言うのだっけ?」
マリーはレオンの臆病とも取れる慎重さに多少呆れたようだった。




