第2章 その11 帰ってきた放蕩息子・5
ナーガと正対してソファーに座ったレオンは身じろぎ一つしない。
対するナーガは、居心地が悪そうに耐えず小刻みに身体を動かしている。
「レオンよ、あまり苛めてやるな」
二人を左右にして座るファーレンも、圧迫を緩めないレオンに対して苦笑を浮かべつつやんわりと仲裁にはいる。
ナーガの横に陣取ったバランは、まるでいい気味だとばかりに無表情を決め込んでいる。
「苛める?誰が、誰をだ!?」
レオンの反応は素気ない。
「戻ってくるなり美味い飯を食わせろなんて騒ぐヤツの事なんか、知ったことではないのだが?」
台所にまで聞こえてきた騒ぎの原因を口にして、折角の仲裁もピシャリと跳ね除ける。
「故郷の食べ慣れた料理を食べて来たに違いないのだから、今さら俺が作った拙い料理を出す必要なんか無いよな?」
「・・・勘弁してくれよ」
ナーガは思い切りヘコんで俯いてしまう。
視線が下がっているものだから、苦笑を浮かべているバランの視線に気が付きもしない。『憐れみ』というヤツだ。
『向こう側』の食事に慣れてしまったが故に、茹でたり焼いただけという調理法の食事が口に合わなくなってしまっているのだろう。バラン自身そう感じているのだから、実際にそれを口にしたであろうナーガがより美味しい食事を欲するのも無理からぬことと理解できた。
理解は出来るが、それを口にしてレオンを突くような真似はしない。
今のレオンは「怒ったフリ」をして、無軌道に振る舞いがちなナーガを「教育」しているのだから自分から火の粉を被りに行く必要などさらさら無いのだ。
「お話中の所で悪いが、ご注文の『ケーキ』と『お茶』だ」
ワゴンは出払っているので、お盆にケーキを乗せた皿と飲み物が入ったソーサー付きのカップを持ってリッテルが戻ってきた。
お盆を一旦テーブルの上に置き、ケーキとお茶をナーガの前に置いてやる。
「食事時にはまだ少し早いですからね。それでも食べて少し胃袋を落ち着かせて下さい」
ナーガはチラチラとレオンの様子をうかがった、リッテルが再度『どーぞ』と促したので恐る恐るケーキに口を付けた。
「んんんっ!」
ナーガの反応は劇的だった。『向こう側』でも食べたことがない甘味の甘さと美味さが口の中を襲い、二口目からは貪るように平らげていく。
「魔王妃様からの御心使いの品だ。よーっく、味わって食べろよ」
ケーキが半分以上消えた所でレオンがボソリと告げた。
目を白黒させてナーガは半分喉をつまらせそうになり、慌ててお茶で流し込む。
その姿を見て、それまでのポーズをかなぐり捨てて大笑いをした。
「帰ってくるなり飯の話をするから罰だ罰。こっちはお前の事を心配していたのだから、最初は『ごめん』と言うべきだろうが」
ファーレン、バランも交えてナーガを笑い飛ばした。リッテルだけは、一つ肩を竦めるといつも通り部屋の隅に移動して絨毯の上に座って瞑想に移った。
「さて、ナーガ君。みんなに一言いうべきことがあるのじゃないかな」
ひとしきり笑った後で、からかう口調でレオンは問いただした。
「お、おぅ。悪かったよ」
消え入りそうな声だったが、レオンはそれで許した。
「まあ実際、その『ケーキ』という菓子は魔王妃様からの差し入れだ。二度と口には出来ない代物かもしれないからよく味わえよな」
「そっちは本当だったのかよ」
矯めつ眇めつ食べかけの菓子を眺めてからナーガは再びそれを口に運んだ。
「『向こう側』の王侯貴族なら似たような物を口にしているかも知れないが、魔王国領ではおそらく王城の厨房でしか作れないと思う。まぁ、それだけの逸品だということだな」
悪戯が成功したレオンはニヤつきながらそう付け加えた。




