第2章 その6 元上司とその元部下 その2
「率直に申し上げて、その手の話は今までマリーゴールド様から相談を受けたことがございません」
知らないことは知らない。事実は事実としてはっきりと伝える。
「この件に関しては、なにか進展があればご報告する。という事でよろしいでしょうか」
暗に出歯亀はしないと釘を刺しておく。
「・・・そうか、そうだな。姫の御心内を詮索するのは臣下としての分を越える。この件に関してはその様に。ただ、魔王妃様はあの青年を娘の婿として迎える事に前向きだ。その事だけは心に留め置いてくれ」
やや放心気味な態度でセリムはこの話題を切り上げた。
「さて、話の本題はこれからだ。魔王陛下はあのレオンという青年にご執心だ。魔王領側に引き込めないかとお考えになっている」
バランも鼻白む、きな臭い話題になった。
「レオン殿を魔王領側に取り込む、ですか」
かつての上司は随分と突飛な事を言う。
いや、これは魔王様の考えであって、セリム将軍の思惑とは外れた事態とみえる。その温度差を見誤ってはいけない。
「彼は以前、エルフの森を襲った魔物討伐で名を上げたと聞いた」
「報告にも上げた通り、今回の同行者であるリッテルというエルフ者の村がゴブリンの集団に襲われた一件です。その村の長が恩義を感じ、息子であるリッテルをレオン殿のパーティーに同行させております」
「その報告は届いておる」
セリムは承知していると首を縦に振った。
「魔王様は、その時発揮したレオンの手腕を評価しておられる」
なるほどと、バランは心の中だけで頷いた。
「冒険者の『金銭に対する欲』というのはあまり理解出来ぬのだが、分け与えられる肉の多寡に置き換えれば分からなくもない。要は、他者の欲を知り、不満を与えずに刺激して最良の結果を出したということだろう」
セリムは、自分なりの解釈を示してみせた。
「我が魔王軍にも腕自慢力自慢は数多おる。だがそれらを配置し、手足の如く操って勝利を得られる者はほんの一握りだ」
老将であり宿将であるセリムの言は重い。バランが魔王領を離れている間にどれだけの新しい将が育っているかは分からないが、大将軍と呼べるのは目の前のバランとライオットしか思い浮かばない。
「そして嘆かわしい事だが、魔王様の政務を補佐できる文官は数においても質においても圧倒的に不足しているのが実情だ。魔王様はこの点を深く憂慮されていると思われる」
「すると魔王様は、レオン殿に文官寄りの才を見出し、故に魔王領に利する立場をお与えになりたいとのお考えなのでしょうか」
「私の見立てでもそうだと感じている」
セリムは苦い種ごと樹の実を噛み潰したような顔をした。
「あの青年を取り込むのに、一番手っ取り早い方法はマリーゴールド様との婚姻だ。魔王様もその可能性については検討されておいでだ」
「しかしそれでは、魔王領内に大きな波風が立ちます」
「わかっている。だから私も苦慮しておるのだ」
セリムはさも忌々しげに吐き捨てた。
「魔王様も、一足飛びにあの青年を我が方に取り込めるとは思っておられぬ。何かしらの実績を重ねさせ、周囲の不平不満を牽制できるだけの材料を揃えた上でとの思し召しだ」
場合によってはレオンを切り捨てる。そう言い切った魔王様の言葉を今はバランに聞かせる必要はない。
「魔王様は、近々何かしらの無理難題を彼らに押し付けるやもしれぬ。そのときは、お前が間に立って上手く事態を誘導せよ」
バランは、どんでもない難題を押し付けられてしまった。




