第2章 その1 冒険者パーティーの食卓・1
「昨日出された夕飯は旨かったな」
朝食の準備をしながら、ファーレンは隣に立つレオンに話しかけた。
今朝方、下男らしい魔族の男によって朝食の食材が届けられてきた。
黒パンに少し青緑掛った殻の卵。葉っぱが付いた中球の白カブを中心とした根菜類に馬鈴薯らしき芋。肉類としては腸詰と燻製肉の塊だ。
総量は、朝夕二食分として十分で、少なくとも今日一日は『会食』と称して何処かに連れ出すつもりはないらしい。
「確かに、『冒険者風』なんて名前が付けられたシチューはうまかった」
何の卵かわからなかったので、鮮度を確かめる為にひとつだけ小さな器に割落としたレオンは相槌を打つ。
新鮮そうな卵は濃厚そうな色味で、少し火を通すだけで十分食べられそうだ。
「朝食は両面焼きの目玉焼きに、燻製肉を薄く切って焼いたものを付けよう。添え物は、カブの葉っぱでお浸しだな。夕食は、残りの材料でポトフ風に煮込んでみるか」
「了解だ」
台所の竈で火を見ていたファーレンが、備え付けの鍋で湯を沸かしにかかる。
台所の調味料棚には塩や数種類の油に酢が備えられており、種類はわからないが乾燥ハーブも備えられている。ハーブは後で試してみるとして、夕食には手持ちの物を使おうと考える。
「こいつはいい。うまそうなチーズもあるぞ」
別の棚を探していたファーレンは思わぬ獲物を見つけて顔を綻ばせた。
「飲み物は、ハーブティーでいいだろう。隣の棚の上の方にあると思うから、後で俺が出しておく」
下手に家探しをして、料理用の酒類を見つけ出して飲み干される前に釘を射しておく。
お浸し用に井戸水を張ったボールを用意し、酢で合わせる為の二回り小さいボールも用意する。根本付近で切り落としたカブの葉っぱをふ沸騰した湯に放り込み、木製のトングで時々様子を見ながら茹で上げると、いったん水に浸して粗熱を取る。まな板で食べやすい大きさに切り揃えると、手でしぼって水分を切り、小さい方のボールに入れて塩と酢を落として軽く混ぜ合わせて馴染むまでしばらく放置する。
薬缶に湯を沸かす指示をファーレンに出しつつ、今度は燻製肉を包丁で薄く切り出していく。それが終わるとフライパンを火にかけて、温まるのを待つ間に食器棚から人数分の、すこし大きめの皿をテーブルに用意する。
十分に熱せられたフライパンに少量の油を敷き、切り出した一人前分の燻製肉を焼いていく。火が十分に通ったら皿に盛り、うま味が出た油で目玉焼きを焼いていく。都合五回繰り返し、人数分が用意出来たところでカブの葉のおひたしを添えれば朝食の完成だ。
「運んでおくから、みんなを食堂へ呼んでくれ」
昨日使われていたワゴンにカップやポットを並べつつ、ファーレンに仕事を押し付ける。ハーブティーの入った箱を見つけて適当に選び出し、一度匂いを確認してから最後にワゴンへと乗せる。
食堂のテーブルに皿を運び、かごに移した黒パンとカトラリーを用意したところで全員がそろった。
「よし、食事にしよう」
一声かけてからいったん台所に戻り、飲み物を乗せたワゴンを取ってくる。
「相変らず、レオンさんの作る料理はおいしそうですね」
「夕飯はポトフ風の煮込み料理だそうだ。期待していいぞ」
バランとファーレンが軽口をたたき合う。
「こんな料理はもう食べられなくなるかと思うと、少しばかり切なくなります」
しんみりと零すバランの言葉に、マリー以外の視線が集まる。
「あぁ、すみません。忘れて下さい」
「どういうことだ?」
せっかくの落ち着いた朝の空気をぶち壊されたファーレンがドワーフらしい短気さで聞き返す。
「やっぱり言わなきゃダメですかね」
仕方がないとばかりに、肩をすくめてから姿勢を正した。
「魔王領での料理文化というのは素朴と言うか大味というか。狩ってきた獲物の肉に岩塩を振りかけて塊で焼いたもの、採取した芋を茹でたり灰に埋めて蒸し焼きにしたもの、残った骨付き肉を煮込んだ塩味のスープなど、向こう側に比べると何百年も遅れているのが現実でして」
燻製肉にフォークを突き刺し軽く皿の上でかざしてみせる。
「こういった肉の加工品やパンを作ることが出来るのはこの城内の職人に限られます。今代の魔王様のご尽力で何とか芋類や豆類の栽培は領内に広げて領民の口に入るようにはなりはしましたが、普及しているとは言えません」
「だが、昨日喰ったミルクシチューは旨かったぞ」
ファーレンは反問してみせる。
「そこは魔王妃様のご尽力です。御領農園や御領牧場の整備や城内で食用の卵や乳を得る動物の飼育。王城内の料理人や加工職人の育成などなど。ごく限られた範囲にしか口にする事は出来ませんが、向こう側の料理文化の再現に成功なされました」
バランは焼かれた燻製肉を口に運び、かみしめるように咀嚼して嚥下した。
「皆さんにはご想像もできないでしょうが、マリーゴールド様と共に魔王領の外に出てから味わった文化の差というものは、私めにはとんでもない衝撃でしたよ。貧しいものが食べるパン粥や麦粥ですら、大変なご馳走に思えたものですからね」
「そうか。私が普段お城で食べ慣れていた物は、お母様お父様のご尽力の賜物だったのね」
湿っぽい空気の中、マリーはぽつりと零し、それから貪る様な勢いで朝食を食べ始めた。




