第1章 その16 魔王の謁見と家庭事情・6
「それでは皆様、そろそろお食事などいかがでしょうか?」
『客間』に残り、供されたコーヒーなる飲み物の器を片づけていたグールゼットが客人たるレオン達に夕食を提案してきた。
「本日の夕食は、魔王妃様のご指示により『ウサギ肉の冒険者風ミルクシチュー』に『黒パンに香草のおひたしを添えて』、お飲みものは『エール』に『ワイン』と『ハーブティー』がご用意されております。すぐにお食事になさるのであれば、食堂へご案内いたしますが?」
「すぐに食事という気分ではないな」
顎鬚をしごきながら、ファーレンは他の三人を見た。
「それよりも、最初に出された紅茶が美味かったな。また出してくれんかね」
「すぐにご用意いたします」
半分以上飲み残された器が大半のコーヒーをテーブルから下げ終えた侍女はカートごと台所へと下がって行った。
「何かこう、色々と衝撃的な話ばかりで疲れちゃいましたね」
魔王夫妻との会談中、聞き手に撤していたリッテルが背もたれに身を預け、真上の天井を見つめてぽつりと零す。
「まぁ、色々と文句を言いたい気分では有るが、何からも文句を言えばいいのか見当もつかんわい」
年の巧も役に立たないとばかりにファーレンも溜息を零す。
「あぁー、うん。それについてはひたすら申し訳ないと思っているわ」
しおらしすぎるマリーも、何から話すべきか迷っているようだ。
天使が通り過ぎて行った後の様な静けさが訪れたが、不意に開けられた通路側の扉から、ぬぅっとばかりに恵体な狼頭の魔族が現れた。
マリーを除く男衆三人が緊張し、反射的に得物を求めて腕を動かす。
「わっ、待ってください!」
両手を突き出して掌を振る狼の魔族は、自分の腕を見て今の姿に思い至り、失敗したなーと頭を掻いた。
「えーと、みなさん。落ちついてください。今から魔法で姿を変えますからね」
右手を掲げて、頭の上で指を鳴らすようなしぐさをすると、そこから光の輪が生じた。その光の輪が下りて行った部分から、魔族だった体は人種のそれへと見た目を転じた。
現われたのは、パーティーメンバーの魔道師・バランであった。
「改めた自己紹介させて下さい。私は魔王軍の将軍であるセリム様の元部下で、堅狼のバランです。魔王城の中では本来の姿の方が動きやすいので、幻惑の魔法を解除していたのです。いや、失敗しちゃったなぁー」
肩口に両手をあげて、全面降伏の体で笑ってごまかしてくる。
「するとなんだぁー。うちのパーティーは、メンバーの半分が魔王領側の人員だった訳か」
ファーレンが、改めて確認を取るようにマリーをにらみつけた。
「皆様、紅茶のご用意が整いました」
悪くなりかけた空気を断ち切るように、グールゼットがワゴンを押して応接間に戻ってきた。
「おぉ、グールゼト。ずいぶんと久しいが変わりはないかね」
バランは両手を軽く広げ、猫人種の侍女に懐かしげに話しかけた。
「私は特に変わりなく。バランさまもお変わりないようで何よりでございます」
「うん。それは何よりだ」
一つ頷いたバランはそうだとばかりにポンと手を叩いて見せてこう言った。
「いい機会だから、彼女のことも含めて少しばかり昔のことを話させてもらおうか」
と。




