第1章 その14 魔王の謁見と家庭事情・4
魔王妃であるリリアナは、『差し障りの無い範囲で構わないから』という注釈付きでレオン達の冒険譚を聞きたがった。
今いる四人の中で、その手の昔語りが出来るのはレオンが一番の適任だったので、自然と会話の中心となった。
商人の三男であること。自分を冒険の旅に連れ出した友とその決別。そして旅の中で自然と増えていった新しい仲間のこと。
こと、リリアナはリッテルの故郷であるエルフの森がゴブリンによって襲撃を受けた際の話しがお気に召したようだ。
それは危難するエルフに対してではなく、それまでバラバラだった冒険者パーティーの集団を再組織化してみせたレオンの手腕であり、それまで攻勢一方のゴブリンが完膚無きまでに叩きのめされた姿に対する関心だった。
「弱い者いじめしか能のない低俗な魔物が駆逐されるその様は、私もその場で見てみたかったわ」
コロコロと笑う様を不思議そうに見つめる視線に気が付いた。
リリアナは、姿勢を正して真面目な態度に立ち戻った。
「これは私の口から言うべきことではないかも知れないけれど、一つ大事なことを教えるわ」
魔王妃としての、公式な発言であるらしい。
「あなた達の世界からすれば、魔族も魔物も同一視される存在かも知れないけれど、実のところは根本的に違いがあるの。魔物を底辺にした一つのヒエラルキーがあるのではなく、魔物と魔族という異なるヒエラルキーがあるの。弱い魔族にとっては強い魔物は脅威であり敵である。それは貴方達の世界の人種やエルフ種を含めたヒエラルキーにとって、魔物というヒエラルキーが脅威である事と同じと言っていいのよ」
話の後半には強い憂いが滲んでいた。
「えーと、それは人間が飼育する家畜にとって、姿が似ている狼と犬ではまるで意味が違う存在だと言う事と同じ見方が出来るということですか?」
レオンは頭の中で話の中を咀嚼し、できるだけ簡単な例えで理解しようと試みる。
「ニュアンスとしてのとらえ方はそれが正解に近いわ」
レオンの出した回答は及第点に達しているらしい。
世界に、ひび割が入る音がした。
余りの衝撃で凍りついた空気の中、新たな訪問者の到着が告げられた。
「待たせてしまって悪かった・・・て、この空気どうしたの?」
あまりにもフランクな態度の魔王がこの場の雰囲気に戸惑いを見せる。
「貴方が余りにも遅いので世間話に花が咲いただけですわ。例えば、魔物と魔族は別々のヒエラルキーに属する存在であるとか」
「え?それを今ここで言っちゃったの!?」
ひょうげた態度の魔王は魔王妃の横に座ると、「お茶」と片手を上げて壁際で待機していたグールゼットに指示を出す。
一方の魔王妃は、役目は果たしたとばかりに立ち上がってお辞儀をしようとする。
「お願いだから、話が終わるまでここにいて」
袖口を掴んで離さない魔王を見て、レオン達は彼が恐妻家であることを察した。
侍女のグルーゼットは全員分の茶器を回収し、一旦台所までさがって新たな飲み物を用意した。
「これはコーヒーという、樹の実の種を炒った物を煎じた飲み物だ。
疲れを和らげる効果がある。ただし苦いから、諸君は砂糖と乳を適量加えたものを飲むがいい」
マイペースで、魔王は地獄のように黒い液体をすすってみせた。
魔王以外には、予め砂糖とヤギ乳らしい物を加えられた、不透明にくすんだ琥珀にもにたコーヒーが供された。
「改めて自己紹介だが、魔王のアルベルトだ。今日は部下たちが失礼を働いて悪かったね」
「貴方」
咳払いをした魔王妃がひと睨みしてだらけた態度の魔王に注意をする。
「ここには、態度に気を使わなければいけない配下はいないんだ。少しは昔みたいな喋り方に戻ってもいいじゃないか」
愚痴をこぼした後、残ったコーヒーを一気飲みした魔王は背筋を伸ばして少しだけ態度をシャンとさせた。
「これは余り知られていないが、魔族にとっても、君たちの側にとっても、魔物というのは自然災害みたいに制御できない存在なんだ。この事は、君たちの側では国王とその最側近辺りで情報が伏せられているハズの機密情報だ」
「なぜそんな話を私たちになさるのですか?」
「今この場では、そんなかしこまった物言いはしなくていい」
魔王は、レオンの態度を嗜めた。
「魔王城にまで辿り着いた君達には、共通の認識に基づいた話がしたい」
態度とは裏腹に、魔王の目は真剣だった。
「それは此処まで辿り着いた者の義務であり、権利だと理解してほしい」
それはつまり、この話題は話のほんの入口でしかない事を示していた。




