第1章 その13 魔王の謁見と家庭事情・3
監視を兼ねた護衛役の兵士に守られ、レオン達は『客間』に案内された。
『客間』は変わった造りをしていた。通路側に通じる入口から入ってすぐの部屋は、広めの応接室になってた。
応接室の左右には扉のない出入り口があり、奥に向かって伸びた廊下と個室となった寝室が各五部屋、応接室と反対側に作られている。
応接室から奥に向かっては、手前から食堂・簡易的な台所・湯殿に湯を供給する為の大きな竈が二つ。そして最奥に、左右の廊下から入れる別室の湯殿が二つ備えられている。
『客間』の中は極力客人が快適に過ごせるようにとの工夫が見られたが、その反面外部との接触は魔王城側で管理できる造りとなっている。
「寝室に付きましては向かって左側の手前からレオン様、ファーレン様、リッテル様、ナーガ様。向かって右側の手前からバラン様、マリー様にご使用頂くとのことですでにお荷物も運ばせていただきました」
予め『客間』の応接室で待機していた猫人族の侍女、グールゼットが手際よく客人たるレオン達一行に部屋の造り等を案内した。
「お部屋の事で人手が必要な場合は、下男を手配いたします。また、御用がお有りの時は、テーブルの上にある鈴か、食堂に有る鐘をお鳴らし下されば廊下にいる者が取次ぎをいたします」
「人手、はいらないよな?」
レオンはこの場にいる他の三人に確認を取る。
「食事についても、会食に呼ばれない限りこちらで作った方がいいだろう。パンと、食材を手配してもらいたい」
「問題なかろう」
ファーレンが交わした視線で取った同意を代表して伝えてくる。
「それじゃあ、俺達はこの後はしばらく休んでいればいいのかな?」
正直、あまりにも想定外すぎる事態の推移について行けなくなっているレオンは、ベッドに体を投げ出して「逃避」という名の惰眠を貪りたい気分だった。
「申し訳ありませんが、私めの主人が面会を求めております。お疲れの事とは思いますが、もうしばらくのご辛抱を」
慇懃にならない丁寧さでグールゼットが頭を下げる。
まるでそれを待っていたかのようなタイミングで通路側の扉がノックされた。
「お見えになられた様です」
グールゼットは扉の横に移動し、深々と頭を垂れた。
「魔王妃様の御成りで御座います」
予想外の展開であった。
決して華美ではないが、地位にふさわしい高級そな布地で仕立てられた薄紅色のドレスを纏った婦人がしずしずと『客間』に進み入る。
「魔王の妻であるリリアナと申します。遠路よりのご来訪、歓迎いたしますわ」
人形の令夫人は美しいカーテシーで挨拶をした。
レオン達の知る、魔王領の外にいる王侯貴族と変わらぬ立ち振舞であった。
「立ち話という訳にもまいりません。どうぞそちらのソファーにお掛けになってお寛ぎ下さい。グールゼット、皆様にお茶の準備を」
優雅な仕草でレオン達を備え付けの応接セットへいざない、魔王妃は三人掛けのソファーを占有する。
対面のソファーは体格の関係でレオンと、その左右をにマリーとリッテルが、斜向かいの一人掛けソファーにファーレンが腰掛ける。
「実のところ、魔王城ではこの様な形でお茶を楽しむ機会がほとんどありませんの。娯楽に飢えた婦人の我儘に少しお付き合い下さい」
全員が腰を落ち着けた所で、奥の台所からワゴンを押したグールゼットが食堂を抜けてティーセットを運んでくる。
さり気なく花柄をあしらった茶器一式は、魔王妃との面会の為に予め持ち込まれていたようだ。
「お口に合うかわかりませんが、紅茶と焼き菓子をご用意いたしました」
洗練された所作で、グールゼットが紅茶をサーブする。
レオン達が普段口にする雑茶とは比較にならない芳香が立ち昇るティーカップが五人の前に置かれると、グールゼットは一礼し壁際まで下がって待機した。
「色々と疑問もお有りでしょうが、先ずは折角のお茶が冷めない内にお召し上がり下さい」
まるで毒見だと言わんばかりに、魔王妃は皿ごと持ち上げたティーカップから一口飲んでみせる。
「では、遠慮なく」
さっきからペースを握られっぱなしのレオンは、半ばやけっぱちで紅茶を口に含む。ビロードの口当たりとでもいうのか、ワインにも似た緋色の液体は十分以上に美味っだった。
「お口に召した用で嬉しいですわ」
レオン達の表情を読み取った魔王妃は、一本取ったとばかりに満面の笑みを浮かべる。
「えぇーと、先ずは基本的な疑問を一つ伺ってもよろしいでしょうか?」
「何なりとどうぞ」
レオンは、およそ格が違うこの女傑に質問をぶつけてみる。
「魔王妃様は何故、自分たちの様な下賤な者と茶会を望まれたのですか?」
恐らくは、パーティー全員が抱いているであろう点を正面から問いただす。
「一つ目は、先程申した通りこの様な茶会を開ける機会を逃したくなかったから。もう一つは、貴方方を我が夫が賓客として迎えると決めた以上、夫のいない間は妻たる私がおもてなしをするのが務めと言うものです」
再び紅茶を口にすると、魔王妃は手にしたティーカップを軽くかかげてみせた。
「他にも理由が無い訳ではありませんが、夫である魔王が話していない事を私が軽々しく口にできません。今はそれで十分ではないでしょうか」
遊ぶような態度ではあるが、その双眸には確固たる意思がみなぎっている。
話して良いことは、先ずは魔王の口から告げられる。そう語っているのだ。
「『謁見の間』では多少問題が起きたようですが、そちらに区切りが着けばおっつけ夫も参りましょう。それまでは、お茶でも飲んで英気を養って下さい」
魔王妃に続いて魔王が此処に来る。
レオンは胃の腑に穴が空く思いになった。




