第1章 その2 魔族の村・2
「何かありましたかね」
「いや、気を使わないでくれ」
すっかりしおれてしまったレオンに対し、バランは当然の疑問をぶつけて来る。
知らぬ存ぜぬを通す三人は別にして、その気遣いこそが今のレオンには痛すぎる。
「交渉は上手くいきました。ただし、村人にとって『向こう側の冒険者』は未知の存在で怯えもあります。絶対に刺激するような態度や行動は謹んで下さい」
「承知した。みんなもそのつもりで」
レオンは回りの三人を睨めつける。
「村人は自宅に隠れています。村の広場に村長と、その護衛が二人います。マリーさんもそこで待っています」
「ずいぶんとすんなりいったものだな」
一騒動を期待していたかのようなナーガの発言に、バランは眉をひそめる。
「マリーさんは、今は半分人質の状態です。それを忘れないで下さいね」
実際に頭痛が走ったのか、こめかみに手をやったバランが釘をさす。
「あまり時間を掛けても不審がられます。焦らずに、回りを刺激しない範囲で急ぎましょう」
本当なら、ナーガに首輪を嵌めたい。そう言いたげな態度でバランは踵を返した。
魔族の村の作りは、自分たちの知る村とほとんど差異が無かった。それはおそらく、魔族の村人が有する技術というものが、自分たちの世界のそれと大差が無いという事だろう。
新鮮な驚きを感じつつ、しかし薄く開かれた木戸の隙間からこちらを伺う視線には居心地の悪さを感じる。
行き着いた村の広場には、胡座をかいて座るマリーと、それと正対して立っている三人の魔族がいた。
狗頭に人間の体を持った初老の、おそらくは男性が村長。そして粗末な槍を持つ牛頭に人間を体を持つ二人が護衛役だろう。
その槍の間合いの外ではあるが、咄嗟には動けない姿勢のマリーがレオンたちに気が付いて片手を振った。
「歓迎はせんぞ。よその世界の冒険者とやら」
高圧的ではないが、心底厄介だという声色で村長らしき人物が吐き捨てた。
「そこの、あぁこの女が墓地に有る祠に用があると言うのでな。祠が使えれば使えたで、使えなければ使えないですぐに立ち去るらしいからな。とっとと用を済ませて立ち去ってくれ」
「えーと、マリーよ。いったいどういった交渉の仕方をしたんだ」
「ありのままを、ありのままに話したわ。彼らが知らない秘密について、わざわざ教える必要もないし」
マリーの耳元で小声で聞くが、帰ってきたのはあまりにもあんまりな返答であった。
「この者が失礼をしたようで。私はこのパーティーの代表するレオンというものです」
「わしは耳も良いでな。余計なことは喋らないほうがいいぞ」
狗頭の人物は、耳の後ろを掻きながら吐き捨てた。
「お前らは、儂らが知らんうちに墓場まで行って、祠を調べて出ていった。それ以上でもそれ以下でもない。物を考えられる頭が有るなら、わしの言いたいことが理解できるな?」
レオンは無言で両手を上げて、頭を前後に振って見せる。
世界共通、降参と了解の意思表示である。
「あー、わしは墓場に用があるでな。付いて来たければ勝手にするがいいぞ」
返答も待たずに、踵を返してすたすたと歩き出す。護衛役の牛頭の二人は、無言のまま槍で付いて行けと指し示す。
マリーと視線を交わしたレオンは、立ち上がる為に手を貸してから慌ててその後をついて行く。
狗頭の村長、レオンたち六人、そして牛頭の護衛二人の順で、つかず離れずの距離で村の中を歩いていく。
村を抜け、少し進んでから進路を北に変えるとやや広めの丘が見える。
「丘の南斜面が墓地でな。逝ってしまった者が、故郷の村をいつでも見られるようになっておる」
誰に語るでもなく、村長は目の前を風景について話し始めた。
「俺達の感覚と同じだな、おい」
ファーレンが独り言ちたが、耳聡く聴きつけた村長が鋭い一瞥で黙らせる。
「あぁー、そうじゃったそうじゃった。墓地と反対の北の斜面に、儂らも祀っていない祠が有ったの。行きたけれな、墓地の中を通らずに行くことだな」
それだけ言うと、村長はさっさと今来た道筋を引き返していく。
護衛役の二人は、監視の為に残されたようだ。
「先を急ぎましょう」
マリーは率先して丘の北斜面を目指した。




